サントリー 伊右衛門×モーニング特集 三田紀房×里崎智也 対談|休日の過ごし方からマンガ界・野球界の未来まで

現役時代の里崎さんは何よりフォルムがよかった

──三田先生は、現役時代の里崎さんに対して、どういった印象をお持ちでしたか?

三田紀房

三田 そうですね、里崎さんってまずキャッチャーとしてのフォルムがいいじゃないですか。ピッチャーから見たとき、投げやすいフォルムのキャッチャーと、投げにくいフォルムのキャッチャーっていうのがあると思うんですよ。例えるなら、ベニヤ板とマットレスの違いというか。ベニヤ板って、ボールをぶつけるとバンッと跳ね返ってくるけど、マットレスのほうはボンッと吸収してくれるじゃないですか。キャッチャーって、マットレスのように吸い込んでくれる感じのほうがいいと思うんです。僕の中では、それが里崎さんかなと。

里崎 自分ではよくわかんないですけど、今たまに、パナソニックの社会人チームの臨時コーチへ行っていて、そのときにピッチャーの球を受けてあげたりすると、「ミットに吸い込まれていく感じがします」とは言われます。だから、対面している相手は、そういうところに気付いてくれるのかもしれませんね。あとキャッチャーで大事なのは、ピッチャーを包み込むように洗脳していくことですよ。「絶対大丈夫だぞ」って。

三田 洗脳ですか(笑)。

里崎 そうです。もちろん、こちらも結果を示す必要がありますけど、信頼関係ができあがれば、最後は同じサインを出してもピッチャーの反応が違ってきます。別のキャッチャーが出したら首を振るのに、僕が出すと首を振らなくなるんですよ。信頼関係を築くコツの第一条件は、相手のすべてを認めてあげることですね。人って見てくれていることに一番、安心感を覚えると思うんですよ。常に見ていてあげて、いきなり何か聞かれたときでも、自分の意見を答えてあげられるようにしておくことが重要ですね。

三田 ピッチャーが能力を発揮できるかは、やっぱりキャッチャーで決まりますからね。どんな優秀なピッチャーでも、キャッチャーがヘボだとよくなりませんから。でも、どういうキャッチャーがチームにいるのかっていうのは、運みたいなところがあるでしょう。

里崎智也

里崎 世の中に、キャッチャーの技術を教えられる人の絶対数が圧倒的に少ないんですよ。そこにキャッチャーを育てる難しさがありますよね。普通のグラブで1年間、野球をやったことのある人はたくさんいても、キャッチャーミットだけで1年間過ごす人は本当に少ないですから。僕は少年野球でポジションを固定するなんて、やめたほうがいいと思っているんですよ。全員が全部のポジションをやればいい。将来どうなるかわからないのに、チームの事情だけでポジションが固定されるなんてナンセンスですよ。

三田 これは、とある球団のスカウトから聞いたんですけど、例えばAという内野手とBという外野手、どちらをドラフトで指名するかとなったときに、キャッチャー経験のあるほうを獲ると言っていました。理由を聞いたら「まずルールをよく知っているから」って。外野手なんて、ルールを知らない選手がいっぱいいるらしいですよ(笑)。

里崎 うまいヘタはありますけど、キャッチャーをやっていた選手なら、どのポジションでもやろうと思えばできるはずです。

時代に合った環境が、業界の未来につながる

三田 僕が里崎さんに一番興味があるのは、いつ頃、ユニフォームを再び着てグラウンドに立ってくれるのかな、という点です。

左から三田紀房、里崎智也。

里崎 現状ですね、まったく関心ないんですよ(笑)。やってあげてもいいよ、というスタンス。なぜかと言うと、プロ野球界は需要と供給のバランスが完全に崩れてしまっているから。供給過多で、監督でもコーチでも裏方さんでも、なりたい人のほうが多いという。この状態だと、待遇がまったく改善されないんですよ。年俸は固定されちゃって、がんばっても成果報酬がまったくない。ダメだったらクビになる。それでやっていて「本当に面白いの?」と。

三田 その体質をまず改善したい?

里崎 はい。成功報酬をどんどんと取り入れて、コーチでも1億円を稼げるようにしようよと。もっと言えば、僕はもうユニフォーム最強説みたいな固定概念を崩したいんですよ。今、プロ野球界のマウンティングは、ユニフォームを着ている人が最上位みたいになってますけど、それをありとあらゆる取り組みで変えていきたい。普通に考えて、子供に一番お金がかかりそうな40~50代になって、クビと隣り合わせの1年契約とか、リスクが大き過ぎると思うんです。だったら、大変かもしれないけど、もっと若いうちに野球界の外に出たほうがいいと。

三田 これからの新しい時代に、業界の環境をどうやって対応させていくのか、という点については、マンガ界も一緒ですよ。マンガ界が盛り上がるためには、若い人がどんどんと入ってきて、新陳代謝を増やしていかなければならない。そうじゃないと作品の活性化が起きず、業界全体が地盤沈下してしまう。でも現状、若い人たちにとってマンガ界はリスクの高い業界になってしまっている。「もうマンガでは食べられないんでしょう」と、業界に入ること自体をやめてしまう場合も多い。そのとき、業界全体の魅力度をどうやって上げるかと言えば、やっぱりお金なんですよ。

里崎 それは、そうでしょうね。

三田 だから、どうやって収益を上げるか。紙のマンガ以外で、いかにお金を稼ぐシステムを我々、上の世代が作り、次世代に渡していくかがすごく大事なことだと思っているんです。幸い電子書籍という新たな稼ぐ力が出てきたので、そこになんとかみんなで期待して、より多くの収益につながるという部分をもっとアナウンスできるようになっていければいいかなと思います。

──最後に三田先生へ質問です。今後の創作活動に関して、抱負があれば教えてください。

三田 今日、里崎さんともお話して「なるほどな」と実感しましたけど、人間はみんな、時代を無視して生きていくことは絶対に無理。自分が生きている時代にどうフレキシブルに対応して、一緒に歩んでいくかが長い間、第一線で活躍する秘訣だと思っています。ただ同時に、普遍性も忘れてはいけない。努力は尊いものである、とかね。時代性と普遍性の両方を兼ね備えることができれば、作品として成功すると思うので、今後も1作ずつベストを尽くしていきたいと思います。とにかく野球選手と同じように、目の前にある1打席に集中するだけですよ。

左から三田紀房、里崎智也。