「グッド・ナイト・ワールド」岡部閏×菊池カツヤ×Nornisが語る、心揺さぶる物語と終わりを彩る救いの曲 (2/2)

「兄SUN」の表現、ピコに関するアニオリ展開──その裏話

──今回、Netflixで全話一挙配信ということもあり、ここからはネタバレも交えてアニメについて少し踏み込んだお話をお伺いできればと思います。取材にあたってアニメを全話視聴させていただいたのですが、冒頭に差し込まれた物語後半につながる重要なシーンをはじめ、構成や細かなセリフの変化がよりのちの展開の衝撃を引き立たせているように感じました。菊池監督はアニメにするにあたって一番大事にした部分をお聞かせください。

菊池 一番大事にしたのは原作の重さを損なわないようにしつつ、少しライトにしていろいろな方に観ていただけるようにバランスを取ることですね。制作を始める際にプロデューサーの須田(泰雄)さんとお話をして、家族愛と太一郎の成長を物語の軸にしようとまず決めました。そこにストンと最終的に落ち着くように物語を整理していった感じです。

──バランスというお話も出ましたが、第6話のAパートを丸々使ったピコに関するオリジナル展開だったり、原作の中盤に描かれているシーンをあえて終盤に持ってきたり、大きな変更が加えられている箇所もあります。岡部先生は制作にどの程度関わっていたのでしょう?

第3話より、海賊団を率いるピコ(中央)。

第3話より、海賊団を率いるピコ(中央)。

岡部 初めは「脚本の会議にも参加して密にやり取りをしませんか?」というお話もいただきました。でも僕自身、連載から時間が経っていたのもあって「グッド・ナイト・ワールド」に関してあまり感度がよくなく……。質問を投げかけられてもスッと答えられない部分もあったんです。原作者ってやっぱり存在感があるじゃないですか。なので、中途半端に関わるよりは、今アニメを制作している感度のよい人たちに任せたほうがいいなと。それでも大きな変更については丁寧に確認してくださいましたし、原作をよりよい方向に昇華してもらったと思っています。

菊池 原作の最後のシーンの解釈については、一番初めにプロデューサーの須田さんと岡部先生と3人でお話ししたときにお伺いさせていただきましたよね。野暮なのでここでは内容に触れませんが(笑)。制作に関しては、岡部先生が現場をすごくリスペクトしていただいて、作品をお預けしてくださったので、すごくやりやすかったです。

──戌亥さんと町田さんは、アニメはまだ観られていないということで、この後すごくネタバレしてしまう気がするんですが……。その前にアニメで観たいシーンをお聞きしておいてもいいですか?

戌亥 ここまでのお話を聞いていて、要所要所に差し込まれるであろう、シリアスの中に紛れ込むちょっとしたシュールさも楽しみになりました。あとは黒い鳥の怖さがどう表現されるのかも興味があります。

町田 キャラクターとしてピコがすごく好きなので、ピコの正体に迫っていくエピソードはすごく楽しみです。さっきそれがあるということを聞いてしまったので(笑)、第6話が早く観たくなりました!

──ちょうど町田さんからも挙がったピコについてですが、第6話のアニメオリジナルの展開では、原作では士郎の説明でしか明かされなかった家族が登場したり、ピコのリアルでの姿とされていた桜井雛子の日常が描かれたりと、よりその後の“ピコがAIである”という展開を際立たせる演出がされているように感じました。

岡部 あの落差はすごかったですね(笑)。

第6話より。ピコの“現実世界”の姿、桜井雛子の生活が描かれる。

第6話より。ピコの“現実世界”の姿、桜井雛子の生活が描かれる。

菊池 第6話のオリジナルエピソードは、ピコというキャラクターがすごく魅力的だったので入れさせていただきました。今回アニメを起承転結の4部構成として作っていて、3話おきに話が展開していくんですね。この第6話は起承の最後の盛り上げどころで、ピコの死で太一郎の感情が動くところを表現したいという思いもありました。

──岡部先生はこの追加要素を聞いていかがでしたか?

岡部 ピコというキャラクターを監督が大切に思われたうえでできた肉付けだったので、相談されたときも僕からは何も言うことはありませんでした。ピコの家族もアニメのために新たに描いていただいて、この展開がいいなと素直に思えました。

──この第6話のピコの死は、後々、仮想空間に残された太一郎のコピーAIとピコとの再会という感動のシーンにつながってきます。アニメではこの再会のシーンを最終話に持ってきているのも、監督のピコへの思い入れが伺えますよね。

菊池 やっぱり最後まで観ていただいた方を救いたいなということで、このシーンを終わりのほうに持ってきました。途中に再会のシーンがあると、そこで問題が1つ解決してしまって、太一郎の感情の起伏がその後につながりにくくなるという側面もあります。視聴者にも感情をぐちゃぐちゃにしたまま最後まで観ていただきたかったですし(笑)。

──戌亥さんが触れられていた黒い鳥関連の演出もパワーアップしているように感じました。

第7話より、黒い鳥。

第7話より、黒い鳥。

菊池 第6話までは太一郎とピコのお話で、第7話からを“黒い鳥篇”と位置づけています。それもあって話が大きく動く第7話は大事にしていました。黒い鳥が初登場してだんだん現実世界に侵食していく。原作でもこの展開が衝撃だったので、アニメでは黒い鳥の登場シーンにはホラー映画的な要素を入れて、音楽、さらに芝居で原作のよさを引き出すことに注力しました。戌亥さんにも楽しみにしていただきたいです。

戌亥 楽しみにしています!

菊池 戌亥さんと町田さん、オープニングテーマを歌ってくださった葛葉さんには声優としてアニメにも出演いただいているんです。バーチャルの世界に住む3人に普段から触れているファンの方々には、「グッド・ナイト・ワールド」はよりリアルに感じていただけると思うので、ぜひ3人の演技を本編と併せて楽しんでもらいたいです。

──岡部先生からアニメでここは観てほしいというシーンはありますか?

岡部 全部パワーアップしてるのでもちろん全部なんですが、あえて挙げるなら病院で明日真が兄への思いを解放するシーンですね。「グッド・ナイト・ワールド」の名前を出すと「『兄SUN』のシーンね」って言われるくらい印象に残っている人も多いシーンだと思うんですが、映像でもすごくよいので、1つ選ぶのは難しいんですがここは観ていただきたいです。

「グッド・ナイト・ワールド」3巻より。
「グッド・ナイト・ワールド」3巻より。

「グッド・ナイト・ワールド」3巻より。

菊池 あのシーンは原作を読まれている方ならみんな印象に残っていますよね。アニメでは原作の「兄SUN」という文字の演出を、映像にするにあたってどうしようか最後まで悩んだシーンでもありました。ただセリフとして言うだけでは伝わらないので、今回はテロップとしても出しましたが、皆さんが好きなシーンで盛り上げどころでもあったので、すごく試行錯誤しました。第1話から観ていただくとわかるんですが、人と会話するときに目を見てしゃべっていなかった太一郎が、あのシーンの後から初めて明日真と向き合えるようになって、明日真の目を見てしゃべっているんです。初めから太一郎の感情をあのシーンにつなげないといけないなと思っていたので、すごく大事にしたシーンでした。

イチも登場、新作「グッドナイト・ワールドエンド」での挑戦

──岡部先生は現在、前日譚である「グッドナイト・ワールドエンド」をマンガワンで連載中です。8月に連載がスタートしたばかりですが、どんな物語になっていくのか少しお聞かせください。

岡部 前日譚とはっきり言えるかは難しいんですが、「グッド・ナイト・ワールド」のキャラクターが出てきて、面白い立ち回り方をするのでそこは楽しみにしていてもらいたいです。これを読んだ人が配信しているからアニメを観よう、6年前の作品だけど元のマンガも読んでみよう、と思えるような作りになっているので合わせて楽しんでもらいたいですね。

「グッドナイト・ワールドエンド」ビジュアル

「グッドナイト・ワールドエンド」ビジュアル

──冒頭でもお話ししましたが私たちを取り巻くテクノロジーも進化して、また描けるものが増えていますよね。

「グッド・ナイト・ワールド」を連載していた6年前は、メタバースとかGPT的なアイデアは新しかったと思うんですが、「エンド」のほうではそういったアイデアを誰も考えていないだろうなってところまでさらに踏み込みこんで描きたいと思っています。編集部からは難しいんじゃないかと言われているんですけど(笑)。でも完成したら読む側にはすごく面白いはずなので。6年前にアイデアに驚いてくださった読者の方が、「グッドナイト・ワールドエンド」を読んでもまた同じ驚きを感じてもらえると思っています。

ネットと現実を区別しない時代に、視聴者はどんな感想を抱くのか

──作中には「心の拠りどころ」「現実を楽しむため」など、さまざまなネットとの付き合い方が登場しますよね。皆さんは考え方に共感するキャラクターはいましたか?

戌亥 我々VTuberはそもそもネットに生息する生き物なので、皆さんからするとこちらの存在がプラネットの中のキャラクターに近い気がしますよね。逆にバーチャルの生き物である我々が、3次元の世界の皆さんと話している今の状態が皆さんで言う“ネットの人と会話している”みたいな。世界があべこべで、境界もあやふやというか、面白い質問ですね。どちらにしても、触れ合う先には誰かの気持ちや感情みたいなものが確実に存在していて、そこはネットもリアルも共通してると思います。

町田 うーん……、答え方がわからない(笑)。自分の付き合い方ではないのですが、動画を観てくださっている方から、精神の病にかかってしまったけど、町田の歌を聴いてがんばろうと思えたとうれしいお言葉をいただいたり、コロナ禍で外に出れないストレスを歌で発散できたと言ってくださったり、町田が歌を届けることが誰かの心の拠りどころになっているのかなと感じることはあります。

岡部 難しい質問ですよね(笑)。僕も5、6年前だったらスッと答えられていたと思うんですけど、今となってはあえてそんなこと話題にしないくらいネットが当たり前になってますよね。ネットと現実を分けるような考え方もほぼないですし。そういう時代になっている中で「グッド・ナイト・ワールド」は、寺沢武一先生の「ゴクウ」をはじめ、「.hack」「ソードアート・オンライン」など連綿と続いてきた、ネットと現実という独立した2つの舞台で問題を解決する作品では、もう末期の作品にあたると思うんです。ネットと現実を区別しないそういう時代にアニメが配信されて、観た人がどう反応するのか、不安もありつつ、配信後に視聴者の感想を見るのが今は楽しみですね。

プロフィール

岡部閏(オカベウル)

1991年生まれ。2011年、Webマンガサイト・新都社で発表していた「世界鬼」が、小学館・裏サンデーの編集者の目に留まり、そのリメイク作で2012年に連載デビュー。同じく裏サンデーにて、2016年からは「グッド・ナイト・ワールド」、2018年からは「夜人」を発表した。2023年8月から新作「グッドナイト・ワールドエンド」を連載している。

菊池カツヤ(キクチカツヤ)

アニメーション監督、演出家、アニメーター。Production I.Gを経て、現在はフリーランスで活躍している。監督を務めた作品に「王室教師ハイネ」、「戦刻ナイトブラッド」、「とーとつにエジプト神」など。映画「子供はわかってあげない」では劇中アニメ「魔法左官少女バッファローKOTEKO」を監督した。

Nornis(ノルニス)

VTuberグループ「にじさんじ」に所属する戌亥とこ、町田ちまからなる、女性2人組のボーカルユニット。ミドル&ローが豊かな戌亥とこ、高音ハイトーンボイスの町田ちまのハーモニーを届ける。現在、YouTubeチャンネルを中心に精⼒的に活動中。

葛葉インタビュー
葛葉

オープニング主題歌「Black Crack」を歌う葛葉からもコメントが到着!「グッド・ナイト・ワールド」や楽曲について語ってもらった。


──原作マンガおよびアニメ「グッド・ナイト・ワールド」に対しての印象や、推せるポイントを教えてください。

人間関係とか心の有様みたいなものが、生きてたら絶対誰もが通る部分なので各々が感情移入できる部分が絶対どこかにあると思います。

──主題歌に決まったときはどのような気持ちでしたか?

嬉しかったですね。アニメのOP任せてもらえるくらい期待してもらえてるって嬉しさとちょっとだけ「まじすか?」って気持ちがありました。

──楽曲のアピールポイントを教えてください。

作品の世界観というか要素がすごく入ってて、かつスピード感がある曲なのでめっちゃかっこいんですよ。やっぱりアニメのために作られた曲なので、ぜひ映像と合わせて聞いてほしいですね。

──レコーディング時に特にこだわった点や、込めた思いなどをお聞かせください。

曲自体がめちゃくちゃかっこよかったんで、自我を出すというよりは「この曲のかっこよさを邪魔しないように」とは思ってました。アニメのOPって、原作ファンからしたらめちゃくちゃ重要じゃないですか。だから原作、アニメ、楽曲全部の良さが伝わったらいいなと思って歌いました。

──原作の岡部閏先生から質問です。「葛葉さんが好きなゲームの中で最もマイナーなタイトルを教えてください!」。

ブラサバ(Black Survival)かATLASですかね。
ブラサバはゲーム性、アトラスは海賊のゲームなんですけどなんでもできたんですよ。
配信でリスナーとやってて初めてウミに出たときとか楽しかったです。

──反対に、葛葉さんから岡部先生に聞いてみたいことはありますか?

ゲーム配信とか見ますか? 好きな配信者を教えてください。

岡部閏からの回答

原稿しながら葛葉さんの実況観ますよ。最近だとエルデンリングとか……。

──楽しみにしているファンへのメッセージをお願いいたします。

とにかくアニメを見てください!

プロフィール

葛葉(クズハ)

「にじさんじ」に所属するバーチャルライバー。“親の甘い蜜を吸い続けるニートのゲーマー吸血鬼”。ゲーム、歌などさまざまな活動をしており、チャンネル登録者数は156万人を超えている。アーティストとしては2022年3月9日に1st MINI ALBUM「Sweet Bite」をリリース。同年、「第37回日本ゴールドディスク大賞」において、邦楽部門の「ベスト5ニュー・アーティスト」に選出された。