「劇場版『Fate/stay night [Heaven's Feel]』II.lost butterfly」下屋則子(間桐桜役)×神谷浩史(間桐慎二役)|歪んでしまった、哀れな兄妹 桜と慎二の“正しい音”を出すために

神谷浩史から見た「間桐慎二」

神谷浩史

神谷 慎二は桜の気持ち悪さに気付けない人なので、哀れだと思いますね。聖杯戦争についても、「俺のサーヴァントは超強いんだぞ!」というレベルでしか捉えていない。演じる僕は「Fate」に対する知識を慎二を通してしか知らないので、ゲーム以外にもスタジオディーン版、(「Heaven's Feel」と同じくufotable 制作の)「Unlimited Blade Works」と「Fate」本編に参加していますが、いまだに全貌がわかっていません(笑)。

──第一章での慎二は、ファンから大きな反響があったのではないでしょうか。慎二が抱えている桜や士郎に対しての鬱屈や複雑な感情がひしひしと伝わってきました。劇場版に出演されるにあたって、神谷さんの中で慎二像が変化したことはあったんでしょうか?

神谷 僕の中で変わったことはそんなにありません。間桐家の人間はみんなどこかおかしくて、表面的に歪んだのが慎二で、内面で歪んだのが桜。劇場版ではそこに丁寧にスポットを当てていただいたな、と思っています。

下屋 それ、すごくよくわかります……。2人とも、間桐家の中で歪んでしまった“犠牲者”。間桐家以外の場所で生きていたら、桜も慎二もこうはなっていなかったはずですよね。

神谷 ただ、“これまで求められてきた慎二”は、かませ犬で負け犬で嫌な奴で、いつの間にかいなくなっている、はたから見ていると滑稽な道化を演じることだと思っていました。でも彼がなぜそう行動するかの裏付けがわからなくて、「実はそうじゃないんじゃないかな」とも思っていた。

──これまでのルートとは違い、「Heaven's Feel」では慎二にスポットが当たっていて、その行動に裏付けができたと。

間桐慎二。魔術師の家系・間桐家の長男。衛宮士郎の友人、桜の兄。魔術師としての素養を持っていないが、「聖杯戦争」に参戦する。

神谷 ええ。僕は「作品は監督のもの」だと思っているので、作品の中に描かれている“キャラクター像の答え”を自分なりに考えて、「こういう方向性で合っていますか?」と監督陣に聞く、というやり方で演じています。今回の「Heaven's Feel」の慎二は僕が解釈して作ったわけではなく、全部作品の中に「どう演じればいいか」が用意されていたんです。「Heaven's Feel」の台本を初めて読んだときに、「この作品の慎二はこういう人間で、だからこんな言動をするんだ」とスッと伝わってきました。監督にも確認したら「はい、そうです。そういうふうにしたかったんです!」と即答していただいて。キャラクターのセリフや行動から心情が読み取れるので、そこをきちんと受け取って演じれば、慎二というキャラが成立する……というのが「Heaven’s Feel」という作品でした。

──神谷さんが慎二をどう捉えているのか、改めて伺いたいです。

下屋則子と神谷浩史。

神谷 慎二はエリート。クラスメイトの評価は「ちょっと変わってるけど、スポーツもできるし、頭がいいし、カッコいいし、人望がある人」。日常生活を送っていくうえでは、クラスの中心人物なんです。

下屋 確かにそうですよね。第一章では、慎二と士郎の中学生時代の写真が映るカットがあって、「慎二と士郎にもこんな時代があったんだ」と印象に残っています。

神谷 でも、士郎が慎二のことをどう思っているのかって全然わからないよね。士郎が誰かに何かの感情を示しているところが想像つかない。桜に対しても「好き」なんて言ってるけど、「本当なの?」と思いますよ。

下屋 そんなー(笑)。

神谷 慎二はわかりやすいんです。桜に対しては、エリート意識ゆえに優位性を誇示したいからああいう態度に出る。士郎に対しては「友達にしてやるよ」と思っているから時々「遊びに行こうぜ」と誘うんだけど、「やることあるから」とあっさり断ってくるので、「は?……まあいいけど」と思っている。個々の関係はわかりやすいですが、3人になると複雑なものになってくる。“人気者の慎二”に対して一切なびかない士郎が、見下していい存在のはずの桜のことは優先する。そりゃあ「なんなのオマエ?」ってなりますよ。

──その「なんなのオマエ」が、士郎に対する嫌味として噴出したり、桜に当たる行動として出たりしているわけですね。

神谷 第二章は、より慎二の目線に感情移入できるような物語になっているのではないかと思います。慎二は魔術書を読み込んで魔具を作ったりもできる努力の天才です。でも魔術師としての才能がないから、彼の努力は一切報われない。慎二は聖杯戦争では“何もできない、何もわかっていない人”で、物語が進むにつれて1人だけが蚊帳の外になっていく……。士郎は慎二より桜を優先して、桜は反抗的になっていって、凛は慎二のことなんて眼中にもない。慎二の持っている自信をすべて裏切ってくるのが、士郎であり、桜であり、聖杯戦争。慎二が歪むのも当たり前ですよ。

10年の重み

下屋 間桐家舞台挨拶のときも感じたことですが、神谷さんがどういうことを考えながらお芝居をしているのかを聞けてうれしいです。10年以上も兄妹をやっていても、作中で兄妹が会話することはなかなかないですし、そもそも声優同士で「こうやって演じている」と話すことは意外にありませんよね。

──お話を伺っていると、神谷さんは非常に論理的に演じていらっしゃるんだなと感じました。

下屋 演じているキャラクターへの理解が深いですよね。

神谷浩史

神谷 最初のアニメシリーズ「Fate/stay night」(スタジオディーン版)で初めて慎二を演じたときに、音響監督だった辻谷耕史さんが「(慎二より)士郎のほうがおかしいからね」と言ってくれた演出が、いまだに僕の中に芯として残っています。……辻谷さんにはいつか会ったら、「辻さんが決めてくれた役を、10年経ってもやっているよ」と伝えたかった。その機会を永遠に失ってしまったのはさみしいです(辻谷耕史は2018年10月に永眠)。

下屋 当時の現場には、「Fate」の世界観がわからない人も多かったので、辻谷さんがすごく分厚い資料を作ってくださっていたのを今でも覚えています。「桜は『Heaven's Feel』のルートに行くとこういう子なんだよ」「でも、それを匂わせるような芝居はしなくていい」と教えてもらっていました。当初は知らないことばかりで作品も難しくて、ついていくのが精いっぱい。無我夢中でしたね。

神谷 わからないことばかりでも、十何年前はできたんだよね。若いときは感性が優れているから、考えずに一足飛びで答えに辿り着けていた。でも今の僕の……43歳の感性で10代のキャラの心情や行動を考えると齟齬が生まれてきて、だんだんアプローチできなくなっていく。だから理論武装して、「こういう心情のとき、慎二はこういう声が出るだろう」と埋めていくしかないんですよ。

間桐桜

下屋 そう考えると、昔の桜の表現は今より少しライトなのかもしれないですね。「こうやって変えよう」と意識しているわけではないですが、そのときそのとき、十数年いろいろなタイトルで桜を演じる中で、より理解が増した部分はあると思います。今は、彼女のバックボーンを考えたうえで自然に重さが出ているかもしれません。

──ちなみに神谷さんは、初めに士郎役のオーディションを受けていたんですよね。「もしも」の話ですが、士郎を演じていたらどんな“理論武装”になっていたと思いますか?

神谷 士郎は相変わらずエゴが多くて主体性がなくて、共感がまったくできない。彼に対しては疑問が渦巻いていて、もし自分が演じていたら声にならないかもしれない。杉山(紀彰)くんはいつもすごいなと思って見ています(笑)。

2人にとっての第二章

──第二章についても伺います。ますます「Heaven's Feel」の聖杯戦争が本格的になり、士郎と桜の関係も歪なものになっていきます。

下屋 士郎は桜にとって、暗い人生の中で明かりを灯してくれた儚い存在。自分と同じく養子として育ったはずなのに、桜とは違って「きれいに」生きていて、だからこそ桜は士郎に惹かれるわけですが、同時に「自分は士郎とは釣り合わない」とも思っている。でも「Heaven's Feel」では、士郎が桜の思いを受け止めたことで、少しずつ「私だけのものにしたい」と独占欲を抱くようになってしまいます。桜が士郎に対して抱いている思いは、年頃の女の子のように「好きです、付き合ってください」で終わらないものなんですよね。士郎も、他ルートで貫いてきた「正義の味方」という信念への選択を迫られる。「Heaven's Feel」は、“好きなだけではダメ”という物語。なんてつらい話なんだろうと思います。

──演じていて印象的だったシーンはありますか?

慎二と桜。

下屋 兄妹のシーンでいえば、第二章では「やっと兄妹の会話ができた」と思った瞬間、「歪んだ間桐家」を突きつけられるところが切なかったです。

神谷 「衛宮さんちの今日のごはん」では桜が慎二にたけのこグラタンを作ってくれてたから、落差がすごい(笑)。

下屋 そうですね(笑)。あ、ぜひ事前知識なしに見ていただきたいのは、終盤の「桜の夢のシーン」。絵コンテを拝見したときに、「須藤監督の理解力はすごいし、天才だな……!」と。

──では、演じていて難しいシーンはあったでしょうか。

下屋 難しい……というわけではないのですが、改めて桜の心情を深く考えるシーンはありました。須藤監督がPC版の「Heaven's Feel」を初めてプレイしたときの印象をすごく大切に作っているので、映像化にあたって、PC版は“なくてはならないもの”と捉えておりあえて入れているセリフもあります。

──第二章の中盤から終盤にかけては、PC版をプレイしていないファンにとっては衝撃かもしれないセリフやキャラクターの関係性の示唆がいくつもありました。

下屋則子

下屋 PC版のセリフは、私もこれまでのシリーズで演じたことがありません。だから第二章で改めて桜の心情を考えて、そのセリフを言うところまで自分の気持ちを持っていかなければいけない。特に中盤に桜が士郎に対して告げる“あるセリフ”は、「なぜ桜がこれを言わなければいけなかったのか」をすごく考えましたし、監督や収録に来てくださっていた奈須きのこさんと話をしながら気持ちを組み立てていきました。

神谷 僕らが大切にするのはキャラクターの心情なんだよね。「なぜこのキャラはこの言葉を言うのか」がわかれば、自然に“正しい”音が出る。逆にその疑問が解決されない状態で演じると、整理をつけるために時間が必要になる。

下屋 すごく共感します。台本だけでは書かれていないところにキャラの気持ちは広がっている。そこを知ったうえで演じたいですね。

──おふたりをはじめとする声優の皆さんが、キャラの歩んできた人生や気持ちの流れを踏まえて表現してくれるからこそ、原作ゲームの知識がなかったとしても、キャラの心情やバックボーンが痛切に理解できるのだなと改めて思いました。

劇場版「『Fate/stay night [Heaven's Feel]』II.lost butterfly」第1弾キービジュアル

神谷 本作は、「キャラクターがどういう世界で生きて、どういう思いのもとに行動し、どんな結末に辿り着くのか」ということを丁寧に描いている作品だと思います。

下屋 でも、始めに神谷さんがおっしゃってましたが、どんどん爽快感なく、ドロドロとした話になっていくわけで……。もしかしたら、第二章で脱落者が出るんじゃないかな?とも心配しています(笑)。

神谷 ドロドロした陰鬱な話にもなりますよ! 劇場版「Heaven's Feel」は、桜という人間が持っている二面性を、劇場版全三章……つまり6時間近くもかけて説得力のある形で見せようとしている。これはすごいことですよ。例えば、ツンデレに代表されるようなギャップがあるキャラクターはこれまで相当な数作られてきましたけど、僕たちはそれらのキャラをステレオタイプとして認識して、「人間誰しも二面性があるよね」くらいの気持ちで、作中で二面性の理由が説明されなくても納得してきたと思います。でも本来、1人の人間の表の顔と裏の顔のギャップを埋めるためには、「Heaven's Feel」でやっているくらいの理由と説明がないと成立しないはずです。

──神谷さんにとっての「Heaven's Feel」は、桜というギャップがあるキャラクターを納得いく形で描き出す3部作なんですね。

神谷 3部作を6時間目まである授業に例えたら、第二章はその4時間目。まだ先は長い! ギャップがあるキャラクターが人気になりやすい現状に対して一石を投じるような作品なので、人によってはもしかすると桜に対して「幻滅した」「こんな子だったのか」と思うかもしれません。でも桜というキャラクターの「理由」と「意味」を描くことを評価していただけるのであれば、映像に関わっている人間にとってはすごくやりがいがありますし、キャラクターの心情を深く描く作品が増えていくきっかけになればいいと思いますね。

※記事初出時、キャスト名に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

劇場版「『Fate/stay night [Heaven's Feel]』II.lost butterfly」
2019年1月12日(土)全国公開
劇場版「『Fate/stay night [Heaven's Feel]』II.lost butterfly」
スタッフ

原作:奈須きのこ / TYPE-MOON

キャラクター原案:武内崇

監督:須藤友徳

キャラクターデザイン:須藤友徳・碇谷敦・田畑壽之

脚本:桧山彬(ufotable)

美術監督:衛藤功二

撮影監督:寺尾優一

3D監督:西脇一樹

色彩設計:松岡美佳

編集:神野学

音楽:梶浦由記

主題歌:Aimer

制作プロデューサー:近藤光

アニメーション制作:ufotable

配給:アニプレックス

衛宮士郎:杉山紀彰

間桐桜:下屋則子

間桐慎二:神谷浩史

セイバーオルタ:川澄綾子

遠坂凛:植田佳奈

イリヤスフィール・フォン・アインツべルン:門脇舞以

藤村大河:伊藤美紀

言峰綺礼:中田譲治

間桐臓硯:津嘉山正種

ギルガメッシュ:関智一

ライダー:浅川悠

アーチャー:諏訪部順一

真アサシン:稲田徹

下屋則子(シタヤノリコ)
4月22日生まれ。千葉県出身。81プロデュース所属。「Fate」シリーズで間桐桜役を務める。ほか出演作に「マケン姫っ!」(天谷春恋)、「神無月の巫女」(来栖川姫子)など。
神谷浩史(カミヤヒロシ)
1月28日生まれ。千葉県出身。主な出演作に「夏目友人帳」シリーズ(夏目貴志役)、「進撃の巨人」(リヴァイ役)、「斉木楠雄のΨ難」(斉木楠雄役)、「イナズマイレブン オリオンの刻印」(灰崎凌兵役)など。

2019年1月29日更新