劇場版「『Fate/stay night [Heaven's Feel]』II.lost butterfly」下屋則子(間桐桜役)×神谷浩史(間桐慎二役)|歪んでしまった、哀れな兄妹 桜と慎二の“正しい音”を出すために

ついに封切られた、劇場版「『Fate/stay night [Heaven's Feel]』II.lost butterfly」。ビジュアルノベルゲーム「Fate/stay night」の最終ルート「Heaven's feel」(通称・桜ルート)を、全三章で劇場アニメ化するこのプロジェクトの第二章にあたる「II.lost butterfly」は、もう戻れない“分岐点”を描く本シリーズの最重要エピソードだ。

コミックナタリーでは、本作のヒロイン・間桐桜役の下屋則子と、桜の兄・間桐慎二役の神谷浩史の対談をセッティング。10年以上演じてきた桜と慎二について、2人に改めて語ってもらった。神谷が「Heaven's feel」を「爽快感もないし、嫌な気持ちになる話」、下屋も「なんてつらい話なんだろう」と言いつつ、「やりがいがある」と目力を強める真意とは。

取材・文 / 青柳美帆子 撮影 / 高原マサキ

劇場版ならではの「Heaven's Feel」

──2017年10月に公開された第一章「I.presage flower」は、興行収入約15億円、動員数が約98万人を記録するヒット作となりました。

下屋則子と神谷浩史。

下屋 数字を聞くと、ファンの方にたくさん観ていただけたんだなと改めて思います。いろいろなお仕事の現場で「第一章、見ましたよ」と声をかけていただくことも多くて、「Fate」という作品の大きさを感じました。

神谷 僕は下屋さんのように現場で誰かに言われたことはないな……(笑)。ただ、本当にすごい数字だと思います。しかも数字だけではなく、「間桐家舞台挨拶」(2017年11月に、下屋則子、神谷浩史、浅川悠が登壇して行われたイベント)のような機会を追加で組んでいただけるような反響もあった。そういう需要が生まれるっていうのは……日本って病んでますね!

下屋 え!?(笑)

神谷 爽快感もないし、嫌な気持ちになる話じゃないですか。こんな話をこれだけ観ていただけるということは……。

下屋 日本は病んでいると……?(笑)

劇場版「『Fate/stay night [Heaven's Feel]』II.lost butterfly」より、遠坂凛。2014年から2015年にかけて、凛ルートを描いたTVアニメ「Fate/stay night [Unlimited Blade Works]」が放送された。

神谷 そう。でも、全三章の滑り出しとして成功したのでホッとしました。「Fate/stay night」のうち、いわゆるセイバールートと凛ルートと呼ばれるルートは、すでにTVシリーズになっています。そこで桜ルートへの期待も高かったのではないかと思うのですが、完成したものを観て「すごく豪華に作ってもらっているのだなあ」と感じました。映像も内容の表現も「劇場版だからこそできること」をやっている。

下屋 そうですね。桜ルートは分量の多さや陰鬱な内容ということもあって、長らくファンの方から「映像化は難しいだろう」と言われていたルートでした。3部作での劇場版が発表されたあとも、「尺に収められないのでは?」と心配していた人も多かったのではないかと。けれどいざ公開となったら、劇場版ならではの圧倒的なクオリティーの高さで、原作が好きな人も納得がいくような内容だったのではないでしょうか。

──「劇場版ならでは」というのは、どういうことでしょうか?

神谷 今のアニメの現場は、TVシリーズと劇場版の違いがなくなってきていると思うんです。でも、映画館のスクリーンいっぱいを埋め尽くしてくれるスケール感という意味では、劇場版はまだまだ特別。

下屋 それに、劇場作品というのは映画館に足を運んでいただかないといけないですもんね。この作品のために、これだけ多くの方が予定を空けてくださったと考えると、すごいことだなと思います。

神谷 劇場は作品に集中させてくれる“強制力”がありますよね。だからある意味では、「Heaven's Feel」は劇場に向いているのかもしれませんね。テレビでやっていたら、もしかしたら緊張感が解けてしまうかもしれない。劇場版であれば強制的に見なきゃいけないじゃないですか、この陰惨な話を(笑)。

下屋則子から見た「間桐桜」

──下屋さんはこれまでのアニメシリーズでも桜を演じてきています。劇場版で、桜の演じ方や表現の方法に変化はあるのでしょうか?

下屋則子

下屋 「Heaven's Feel」のルート以外では、桜は日常のシーンがメインで、表向きには聖杯戦争に関わってはきません。ただ、どのルートの桜でも、土台となる部分は一緒です。明かされてはいないだけで、生い立ちや間桐家で抱えていることはもちろん同じですし、聖杯戦争における行動も同じ。彼女の“底”の話は描かれていませんが、どのルートの桜も同じ人生を歩んできています。ただ、「Heaven's Feel」では、間桐家の話や兄との関係にスポットが当たるので、ほかの物語では踏み込むことがなかった部分が描かれているという違いはあると思います。

神谷 そう聞くと、改めて桜は不気味だなと思いますね。慎二はどのルートであろうがブレていないんです。聖杯戦争にいっちょ噛みしていて、何も知らないまま途中で脱落する。一方桜は、ほかのルートでは“日常を司るようなヒロイン”なのに、本当はどのルートでも間桐家に渦巻く闇の中にいるわけですよね。……ほかのルートの桜は、慎二の敗退や死をどう考えていたんだろう? そういう描写ってありましたか?

間桐桜。衛宮邸に通い、家事を担当している少女。間桐慎二の妹。「聖杯戦争」に巻き込まれて傷つく士郎を心から案じている。

下屋 桜が本当にどう感じていたかは、ほかのルートではたぶん描かれていないと思います。おじいさま(間桐家の当主・間桐臓硯)の存在も出てこないですし。

神谷 下屋さんが言うように、どのルートであろうが桜は同じ人生を歩んでいて、同じ闇の中にある。でもおくびにも出さずに「日常のヒロイン」のような顔をして、慎二の前では従順な妹として振る舞っている……。その計り知れなさが怖いですね。桜は「かわいくて従順でスタイルがよくて料理がうまい」という“絵に描いたようなヒロイン”なわけですが、「Heaven's Feel」で初めて彼女を裏付けている面が描かれる。

下屋 「Heaven's Feel」ルートを知ったうえで映画を観た方も多いとは思うのですが、ほかのルートやスピンオフ作品などの「見た目通りの桜ちゃんが好き」と思っている方が第二章を見たら、相当衝撃を受けるかもしれません。

神谷 そういうキャラクターを演じるのって、役者としてはたまらない部分だよね。でもそもそも、桜の強さとアンバランスさは、どのルートの桜であっても絶妙に声に乗っていると思うんですよ。だからなんだか無視できない存在として印象に残る。

下屋 ありがとうございます! そう言っていただけてうれしいです。そういえば桜を演じるときは、明るいシーンでも振り切って演じたことがないんです。彼女にはどこかに「なんか引っ掛かるな」「なんか放っておけないな」と思わせる部分がある。その香りを感じて「かわいいな」と思う人もいれば、「気味が悪いな」と思う人もいる。そういう意味では、すごく演じがいのあるキャラですね。

──桜の“放っておけなさ”といえば、第一章の「雪の中で士郎を待っているシーン」が印象的でした。雪がちらつく中、家の外で士郎の帰りを待ち続けている。しかもサンダルで……。

本作の主人公・衛宮士郎。魔術師見習いの少年。養父・衛宮切嗣の影響で正義の味方を目指す。「聖杯戦争」に参加するも、召喚したセイバーを失ってしまう。

下屋 あのシーンは、私の周りの女性と男性とですごく意見が分かれたんですよ(笑)。男性は「すごくかわいい」と言っている一方で、女性は「怖い!」と言っていました。

神谷 いや、あれは怖いですよ!

下屋 神谷さんは「怖い派」でしたか(笑)。でもこれだけはっきり両極端な感想があるのが面白いですよね。桜のセリフは必ずしも文面通りの言葉ではなくて、奥に秘めたものがある。それを声で表現するためには、「Heaven's Feel」という世界を把握していないといけません。第一章のアフレコの前にもプレイしたんですが、第二章を演じるにあたっても、原作ゲームをプレイし直してみたんですよ。「桜のこの言葉の裏には、こういう気持ちがあったんだな」と汲み取って確認しながら演じました。

間桐桜

──モノローグがなくても、声と絵の力で、凛やセイバーに対する複雑な感情や、士郎への思いの強さといった桜の本心が伝わってきたように思います。

下屋 言葉ではなく、描写で気持ちが描かれているシーンがありましたよね。例えば「桜がリボンを触る」という仕草は、ある人の話をしているときにだけするものだったり。そういう彼女の無意識の描き方はとても好きだなと思います。

劇場版「『Fate/stay night [Heaven's Feel]』II.lost butterfly」
2019年1月12日(土)全国公開
劇場版「『Fate/stay night [Heaven's Feel]』II.lost butterfly」
スタッフ

原作:奈須きのこ / TYPE-MOON

キャラクター原案:武内崇

監督:須藤友徳

キャラクターデザイン:須藤友徳・碇谷敦・田畑壽之

脚本:桧山彬(ufotable)

美術監督:衛藤功二

撮影監督:寺尾優一

3D監督:西脇一樹

色彩設計:松岡美佳

編集:神野学

音楽:梶浦由記

主題歌:Aimer

制作プロデューサー:近藤光

アニメーション制作:ufotable

配給:アニプレックス

衛宮士郎:杉山紀彰

間桐桜:下屋則子

間桐慎二:神谷浩史

セイバーオルタ:川澄綾子

遠坂凛:植田佳奈

イリヤスフィール・フォン・アインツべルン:門脇舞以

藤村大河:伊藤美紀

言峰綺礼:中田譲治

間桐臓硯:津嘉山正種

ギルガメッシュ:関智一

ライダー:浅川悠

アーチャー:諏訪部順一

真アサシン:稲田徹

下屋則子(シタヤノリコ)
4月22日生まれ。千葉県出身。81プロデュース所属。「Fate」シリーズで間桐桜役を務める。ほか出演作に「マケン姫っ!」(天谷春恋)、「神無月の巫女」(来栖川姫子)など。
神谷浩史(カミヤヒロシ)
1月28日生まれ。千葉県出身。主な出演作に「夏目友人帳」シリーズ(夏目貴志役)、「進撃の巨人」(リヴァイ役)、「斉木楠雄のΨ難」(斉木楠雄役)、「イナズマイレブン オリオンの刻印」(灰崎凌兵役)など。

2019年1月29日更新