デジナタ連載「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」|「これが観たかった!」フィルムの持つ情報量を豊かに再現、押井守が唸る4K有機ELビエラ

「攻殻機動隊」は観直すたびに脂汗が出る

──「イノセンス」は最初からウェルカムだったわけですね。「攻殻機動隊」のほうは、必ずしもそういうテンションではなかったのでしょうか?

もちろん、提案そのものはうれしかったです。僕は常々、過去の作品を最新技術でリニューアルするという行為自体が、すごく創造的なプロセスだと考えているので。メディアの進化に伴って印象が微妙に変わっていくことも含めて、「映画を観る」という営為だと思うんですよ。ただ正直に言うと、それとはまた別のレベルで不安はありました。

──どういう部分でしょう?

有り体に言うと、4K化したことで作品のアラも拡大されてしまったらどうしようかと。そういうドキドキはありました。何しろ「イノセンス」と違って「攻殻機動隊」は、作業にあてられた時間がすごく短かったので。

──作業に入ってからどれくらいで完成させたんですか?

実質10カ月(笑)。しかも、そのうちの3カ月を僕がレイアウト(画面構成)作業に当てちゃったもんだから、作画期間は正味3カ月なかったと思います。予算面でも決して潤沢ではなかったですし。

押井守監督

──へええ、それは意外でした。

だから、さっきも話したように、セルアニメとしてできる限りの情報量を詰め込んだ作品であると同時に、公開時にはリテイクがけっこう残っていた作品でもあるわけです。ほとんどの人は気付かないかもしれないけれど、監督としては観直すたびに脂汗が出る(笑)。人間の手仕事による精密さが、それこそ「情報量」という形で新たに引き出される分にはいいけれど。

──それが「粗さ」として出てしまうのは不本意だということですね。でも、実際にご覧になったらむしろ手仕事のよさが前に出ていた?

そういうことです。これは自分でも驚きました。もう23年前の作品だけど、いろんなことをやってたんだなと珍しく感慨にふけりました。今回、4Kリマスタリング作業はキュー・テックというポストプロダクションが担当してくれて、僕はただ、テスト版に対して「うん、いいんじゃないでしょうか」って言っただけですけど。

──テスト版はおひとりでご覧になったんですか?

ずっと組んで仕事している江面(久)、齋藤(瑛)というビジュアルエフェクトのコンビと一緒に観ました。最初はまあ、おっかなびっくりという感じでしたけど、想像以上にいい仕上がりで、確か帰りに僕は昼間からビール飲んで帰ったという(笑)。ハッピーなケースですよね。

街中に溢れてる膨大な看板や貼り紙のディテールが潰れていない

──では、4K有機ELビエラ「FZ1000」で、今回の4Kリマスター版の特徴がよく出たシーンをいくつか再生してみたいと思います。まずは前半、運転手がゴーストハックされたゴミ清掃車と草薙素子とトグサを乗せた公安9課の車が街中でチェイスを繰り広げるシーン……。

(有機ELの画面を眺めつつうなずいて)うーん、こりゃすごいわ……。まずなんと言っても、街中に溢れてるこの膨大な看板や貼り紙ですね。

「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」より。

──今こうやって見ると、あらためて圧倒的な量と密度ですね。

これはですね、実際に出力した紙をチョキチョキとちぎって、背景画に貼り込んでるんですよ。

──え、どういうことでしょう?

当時「攻殻機動隊」の基本的な世界観として、ひと昔前の香港を参考にしたんですよ。要は、毛筆体の漢字とアルファベットと数字がごちゃごちゃに混ざった看板が、都市空間に雑然とひしめき合ってるイメージ。ただ、それを背景に直接描き込もうとすると、当然ながら筆先より細かい字は入れられないわけですね。それでまず、コンピュータで大きめのサイズの看板やポスターを作っておいて……。必要に応じて3Dのパースを付けたうえで、思いきり縮小してプリントアウトして、1つひとつ背景に貼り込んでいった。さらにその上からブラシで汚しをかけて、経年劣化の質感を出したりしてね。

──それは……気が遠くなるような手間ですね。

要は情報量を増やすために、筆先の太さをどう克服するか。CGになって以降は全部パソコン上で可能ですけどね。当時はそれ以外に、背景の密度を上げる方法がなかった。もちろん、細かいだけでもダメで……。路地の奥側に行くにしたがって陰影を強めるなど、空気感も変えなきゃいけない。

──4K映像の情報量は、従来のフルハイビジョンに比べて4倍。しかも今回の「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」4Kリマスター版では、オリジナルのマスターポジをまず5Kの解像度でスキャンし、そのデータに細かい画質調整や修復が施されています。

確かに、このテレビで4Kリマスター版を見ると、背景のディテールがほとんど潰れてない。雑踏や、ごちゃごちゃ建て込んだビルの隙間なんかも、それこそ僕が求める「しっとり濡れた暗部表現」って感じで。影が影としての空気感を保ちつつも、そこに込められた情報がしっかり見てとれる。この辺のバランスはかつてのフィルムに近いというか……。おそらく、4Kコンテンツと有機ELの組み合わせならではじゃないかなと。

──情報量に対する監督やスタッフの執念が、最新のテクノロジーで蘇ったということでしょうか。

押井守監督

そうですね。こういうディテールの面白さって、ビデオとかDVDではまず潰れてしまうので。従来は映画館のスクリーンでしか再現性がなかったんですよね。あともう1つ。作り手としてうれしかったのは、節度があること。

──節度、と言いますと?

スペックに溺れてないというか、要はあえて見せすぎてない。たとえば暗部の階調(グラデーション)にしても、入ってる情報をなんでもかんでも引き出して見せるのがいい絵とは限らないんですよ。「見えるか、見えないか」というギリギリの最適値を狙ってるわけです。今回の「攻殻機動隊」4Kリマスター版は、そういう意図を汲んで、実にバランスよく仕上げてもらえました。すごくしっくりきた。

──暗部階調の表現力がより豊かになる一方で、実は作品全体の色彩設計には影響が出ないよう配慮されていると。

それに関してはリマスタリングの技術者が、しっかりと方針を立てて、周到に作業してくれたんだと思いますね。

従来ならある程度は仕方ないかと諦めてた部分も自然に見える

──次は、素子が湾内でダイビングをする有名なシーン。船上で待っていた相棒のバトーと会話するうちに、最初は暮れなずんでいた空が次第に夕闇へと変わっていきます。水や空の色表現についてはいかがですか?

「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」より。

パッと見てまず感じるのは、この有機ELビエラは階調の幅が広いですね。こういう緩やかな色のグラデーションって、実はアニメにとってすごく難易度が高いんですよ。フィルムは階調表現力が豊かなんですが、それをデジタル化しようとすると、ときにバンディングといって縞模様が出ちゃったりする。でもこれは色の移り変わりが非常に滑らかで、自然に見えますよね。

──ああ、確かに。本当ですね。

これも従来のパッケージソフトでは、ある程度は仕方ないかと諦めてた部分かもしれないです。ちなみにこの階調幅というのは、2次元表現から出発したアニメの作り手にとっては昔から死活問題でした。地上波のテレビみたいに元のレンジが狭いと、画面のあちこちにどうしてもフラットな色面ができてしまう。だから背景にしてもキャラクターにしても、やたらと細かく影を付けて、限られた階調の中で、少しでもグラデーション豊かに見せる技術が発展しました。その技は実は、「攻殻機動隊」にも受け継がれていて……例えば、ここもそうです。

──えーと、湾内に浮かぶクルーザーの上。光に溢れたビルの群れを背景に、こちらを向いた素子が真正面から捉えられています。

押井守監督

素子の後ろ側にビルという光源がありながら、鎖骨の内側や首筋、衣服なんかに細かい影が描き込まれていますよね。これこそアニメーターの技で。露出は後ろ側のビルの光に合わせつつ、素子の頭上にもう1つ、架空の照明を置いてるんですよね。それらを合成することでああいうアニメーション的な立体感が生まれる。要は2次元のキャラクターを立体的に把握しつつ、頭の中でライティングを自在に変えていると。

──そういったアニメーターのこだわりも、「攻殻機動隊」の魅力かもしれませんね。今回の「FZ1000」シリーズは、スピーカーシステムの容量を拡大。音声実用最大出力80Wの3ウェイスピーカーを搭載し、全体のチューニングにはオーディオブランド・テクニクスのノウハウが入っているそうです。

そういえばさっきの、船上にいる素子とバトーが「今我ら、鏡もて見るごとく、見るところ朧なり」と言う声を聞くシーン。あれは要するに、2人の頭の中に人形使いの声が侵入してきてるわけだけど、それをエコーがかかった曇った音質で表現しているので、場合によっては少し聞こえづらいんですよ。映画館だと割と効果があったんですけど。やっぱり昔オンエアで見たときは、ほとんど聞こえなかった(笑)。でも、このビエラだとクリアに聞こえますね。

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2018年6月29日更新