「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」はKADOKAWAとコミックシーモアの“協業”で生まれた 宣伝・広告のノウハウや知見を取り入れて行う作品作り (2/2)

3巻の数字がいいから2巻まで無料にしよう

──シーモアさんによる「拝啓」のプロモーション施策の中で、KADOKAWAさんが「これは面白い手法だ」と感じたものは何かありますか?

山川 本当にいろんなことをやっていただいていますが……例えば、最初に「ONGA」という動画を作ってもらったのは印象的でしたね。音楽とマンガを融合させたものなんですが、僕らとしては「まだコミックで何も結果の出ていないタイトルにここまでコストをかけてプロモーションしてもらっていいんだろうか?」と思ってしまうところもあって……。

──楽曲も書き下ろしで、それを歌うのが阿部敦さんと日岡なつみさんという、かなり豪華な布陣でしたもんね。

山川 とてもうちだけでは怖くてできない(笑)。でもそれが、フタを開けてみたらしっかり結果に結びつきまして。ほかにも、毎回の最終ページに入れている次回予告もシーモアさんに提案してもらって始めたものですし、あとは「2巻まで無料(※)」施策の効果が絶大でしたね。

※コミックシーモアでは単話売りの場合、第1話を1巻、第2話を2巻として販売している。

2巻(第2話)の最終ページ。アナルドがバイレッタに賭けを持ちかけるシーンで終了している。

2巻(第2話)の最終ページ。アナルドがバイレッタに賭けを持ちかけるシーンで終了している。

河上 そうですね。うちでは作品ごとのKPI(※)を細かく見ていまして、例えば1巻から2巻への遷移率がどのくらいかといった数字を常にチェックしています。その中で、「拝啓」に関しては3巻の数字がピョコンと上がっていたんです。「3巻が単独でこれだけ読まれているということは、2巻まで無料にして誘導すれば次に必ず3巻を買ってくれるはずだ」ということが数字から予測できた。そこでKADOKAWAさんに「2巻まで無料にしては?」とご提案させていただいて実施したところ、爆発的に数字が伸びました。

※目標到達までの達成度や評価を示す指標。Key Performance Indicatorの略。

──その最初の段階の、「3巻だけ数字がいい」というのがすごく不思議な話に聞こえるんですが……。

河上 不思議ですよね(笑)。でもたぶん、3巻で激アツなシーンが始まるからだと思います。

山川 ユーザーさんがバナーで見るシーンがそこだったんですよね。だから「とりあえずそのシーンを見せろ」というお客さんが多かったのかなと(笑)。

河上 そうですね。3巻の絵をバナーに使っていたので、バナーをクリックした人がまず購入するのが3巻だった。

──そうか、バナーを押してくれるユーザーにはライト層も多いから、「1巻から順に読まねば」という人ばかりではないということなんですね。

河上 そうなんです。紙と違って、電子だとたまにそういう動きをする作品があるんですよ。特にタテ読みに多いんですけど、途中の話数だけ急に数字が上がるみたいな。

──なるほど、めちゃくちゃ興味深いお話です。

2巻(第2話)の次巻予告。

2巻(第2話)の次巻予告。

河上 それに加えて、先ほど山川さんからも少しお話のあった次回予告の効果もあって、3巻の売上を倍増させることができました。「次回予告を入れましょう」というご相談をしたら驚くほど素早く素材をご用意いただけたので、より効果的だったと思います。

山川 初月のヒットから少し数字が落ち着いてきたタイミングでもあったので、私としても「嫌だ嫌だ、もっと売りたいんだ!」という気持ちがありまして(笑)。そのために打てる手はすべて打ちたいと思っていたところにそのお話があったので、それはすぐやりますよ。

河上 KADOKAWAさんは本当に協力的で、そのプロモーション効果を維持するためにシーモア独占の先行配信期間を延ばしてほしいというお願いをさせていただいたときも……。

山川 二つ返事で「わかりました」とお答えしました。

河上 紙の単行本の販売も控えているタイミングだったので、独占期間を延長するのは難しかったはずなんですけどね。

山川 先ほども言ったように、それまでいろいろな施策を実施してきた中で信頼関係が構築できていたので。独占期間延長の影響で紙の販売時期が少し後ろ倒しにはなったんですけども、そのぶん十分なプロモーションをしていただけたおかげで、結果的に紙の部数も伸びたんですよ。なので何も問題はなかったと言いますか、むしろプラスしかなかったですね。

──「拝啓」は海外市場でも好調だそうですが。

河上 そうですね。NTTソルマーレ(コミックシーモアの運営会社)が全米で展開しているMangaPlazaというデジタルマンガストアでも、「拝啓」はトップクラスのヒットを記録しました。

──何か海外向けに特別な施策を打ったりはされているんでしょうか。

河上 施策と言いますか、シーモアが培ってきた広告のノウハウをMangaPlazaにも水平展開できているんですよね。その結果、国内でヒットした作品は海外でもヒットするという傾向が生まれました。「シーモアで売れた作品を海外でも多くの方に届けられる、グローバル展開ができる」というのが我々の強みとして確立してきたと言えるのではないかと思っています。

──国内でウケるものと海外でウケるものには、内容的な違いもなくなってきている?

河上 そもそもないんじゃないかと考えています。言語や文化の違いはあれど、人間としての本能や感情の部分ではそんなに人種による違いはないと思うので、そこを押さえた作品であればどこの国でも同じように喜ばれるのではないかと。

丸ごと1話追加されました

──では今後のお話も伺います。一ノ瀬七喜さんの小説「だって望まれないつがいですから」を再びこの2社の協業でコミカライズされるそうですが、このタイトルが選ばれた理由は?

小説「だって望まれない番ですから」も「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」と同様にメディアワークス文庫から刊行されている。

小説「だって望まれない番ですから」も「拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます」と同様にメディアワークス文庫から刊行されている。

山川 これはもう、私どもの熱い推薦という名のゴリ押しです。もともとこの作品自体はムーンライトノベルズという小説投稿サイトで年間ランキング1位になるような、すごく人気の作品でして。僕はこれ、本当に面白いと思ってるんです。かなり多くの伏線がちりばめられたお話で、一見ちょっと難しい部分もあるんですが、最後まで読んだあとにもう1回頭から読み返してみると「ああ、つまりそういうことだったんだ!」というカタルシスを得られるんですね。これはどうしてもみんなに読んでもらいたい、マンガにすれば「拝啓」に勝るとも劣らないヒット作品になるんじゃないか、と思って提案しました。

河上 山川さんがおっしゃった通り、確かにちょっと難しい作品ではあるんですよ。導入から最初の山場にたどり着くまでがちょっと長くて……ヒロインが最初ずっとかわいそうな状況に置かれていて、我慢して我慢して読み進めていくんですけど、そのまま第1話が終わってしまう。その1話だけを読むとバナーが作りづらい作品かもなという印象がありました。

山川 そこでシーモアさんからのアドバイスもいただきながら、導入のちょっと難しいところを構成から考え直しまして。「拝啓」ではあまり何も言われなかったんですけども、「だって望まれない番ですから」ではけっこういろいろな意見をもらって、結果としていい導入の展開ができたんじゃないかと思っております。これはぜひ見てほしいです。

──シーモアさんとのやり取りの中で、最初のネームから大幅に内容が変わったりしたわけですか?

「だって望まれない番ですから」は、竜族の王子の婚約者に選ばれた人間の娘を描く壮大なシンデレラロマンスだ。

「だって望まれない番ですから」は、竜族の王子の婚約者に選ばれた人間の娘を描く壮大なシンデレラロマンスだ。

山川 はい、導入部分に丸ごと1話追加しました。

河上 そうですね(笑)。

山川 追加したのは後半への伏線をより強めるようなお話なんですが、それを入れたことによって確実にすごくよくなったんです。関係者一同からも異口同音に「読みやすくなった」という話が出ているくらいでして。

──やはり売る側としては、「辛抱して読めば、いつか面白くなるんだけど……」という作品よりも、最初から盛り上がりのある作品のほうが宣伝しやすいですか。

河上 そうですね。面白いシーンを待っている期間に大ヒットまで伸ばすのは難しいです。初回リリースのタイミングである程度の広告成果が出ないと、プロモーション自体を続けられないんですよ。例えば「半年後にめっちゃキャッチーな山場が来ます」と言われても、成果の出ていない広告を半年間打ち続けることはできないので、そこまで持たないんです。なので、できるだけ早く山場や見せ場がある作品のほうが広告を打ちやすいですし、続けられるので、売る側としては大変ありがたいです。

──ただやはり、今の世の中がどうしても即効性のあるコンテンツにばかり偏ってしまっている中で、そうではない魅力のある作品をいかに作るか、いかに売るかというのはやりがいのある仕事でもあるんじゃないでしょうか。

「だって望まれない番ですから」カラーカット

「だって望まれない番ですから」カラーカット

河上 そういう作品はたくさんあって、面白いのに埋もれているものも多いんですよ。その中で、例えば最初の山場までが遠い作品の場合は序盤の話数を大量に無料設定して、山場が来て以降を購入して読んでもらうという取組みもしています。実際にその手法でヒットしたタイトルもけっこうあるんですよ。作品の特性によって適切な売り方や戦略は変わってくるものなので、初回リリースでヒットになりにくい内容の作品であっても、ストーリーが進んでいけば再度プロモーションを行い、ヒットを狙える可能性は十分にあります。

山川 「だって望まれない番ですから」は間違いなく面白い作品だと僕は確信しています。「第1話ですぐに派手な事件が起こる」みたいなものとはちょっと違うかもしれないんですけど、それでも読んでみてもらいたいです。コミカライズを担当する燦々サンゴ先生の作画もとても美しく、読んだら絶対にハマってもらえる作品だと思っていますので。配信は7月5日からを予定しています。楽しみにしていてください。

「だって望まれない番ですから」原作小説はコミックシーモアで配信中!

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プロフィール

山川潔(ヤマカワキヨシ)

大阪府出身。2008年、アスキー・メディアワークス(現KADOKAWA)に新卒入社。ゲーム誌の編集に従事したのち、2016年に現所属のコミックコンテンツ編集部に異動。「異世界でチート能力を手にした俺は、現実世界をも無双する」「リアデイルの大地にて」「悪役令嬢の追放後!」「転生魔女は滅びを告げる」などを立ち上げ、2024年より編集長に就任。

河上美登里(カワカミミドリ)

大阪府出身。2003年、NTTソルマーレに入社。コミック事業部(現 電子書籍事業部)でコミックのコンテンツ制作・担当に従事したのち、2009年にゲーム事業部へ異動。「恋忍者戦国絵巻」などのゲーム制作やプロモーションを担当。2019年に電子書籍事業部へ異動。Webプロモーション・協業作品の監修に従事。