「片田舎のおっさん」が秋田書店に異世界もののイメージを付けてくれた
──さて、実際にコミックシーモアで今年売れたチャンピオンレーベルの作品トップ10を見ていきましょうか。まずは「片田舎のおっさん、剣聖になる~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~」ですね。
ヤンチャン S.T 今日は担当がいませんが、この作品があるからうちの編集部は胸を張って仕事ができてます(笑)。
別チャン・RED 小口 「片田舎」って今何万部?
ヤンチャン S.T 8巻は12月25日に発売されたんですが、今の時点でシリーズ累計900万部突破してますね。
週チャン ダーニャ 秋田書店の歴史の中でもなかなかない売れ方ですよね。
別チャン・RED 小口 「片田舎」がなかったら秋田書店潰れてるよ(笑)。
ヤンチャン S.T 秋田書店ってあまり異世界もの、転生ものとかのイメージがなかったと思うんです。ちょこちょことヒットした作品はあったけど、イメージがつくほどの作品はなかなかなくて。この作品が大ヒットになったおかげで、秋田書店も異世界ものとかファンタジーをやってるよっていうことを知ってもらうきっかけになった。電子書店さんのおかげですね。こういう作品がいきなり紙から売れることは基本的にないので。
別チャン・RED 小口 にしても、よくこの原作を見つけてきたよね。原作小説の発売前だったんでしょ?
ヤンチャン S.T まだ書籍化されてないときに声をかけたら、実は書籍化の話が進んでいて……というタイミングだったそうです。担当編集者がそういう作品を見つけるのがうまい人なんです。面白い原作を見つけて、実力のあるマンガ家さんを掛け合わせて。
別チャン・RED 小口 マンガうまいよね。構図だったり、テンポだったりがめっちゃめちゃよくて。
ヤンチャン S.T 秋田書店の地の力ってアクションと人間の体をちゃんと描けることだと思ってるんです。やっぱり老舗のマンガ力みたいなのが、異世界ものでも発揮されたのかなって勝手に思ってます。あと、おじさんブームみたいなものを作った作品なのかなって。ジャンルを作るような作品ってなかなか生まれないので、それがヤンチャンから出たっていうのはすごくうれしいです。
──「魔入りました!入間くん」もトップ10に入ってます。
週チャン ダーニャ これも今日は担当者がいませんが、週チャンの大事な作品です。
週チャン K平 もう連載も8年ですかね。
週チャン ダーニャ NHKでアニメが始まったのはやっぱり大きかった気がします。
ヤンチャン S.T うち、小学生の子供がいるんですけど、めっちゃ「入間くん」観てます。今夕方にやっているアニメって少ないじゃないですか。そういう中で「入間くん」は夕方に放送されていて、それを観た小学生が面白いって言ってる。
週チャン K平 シーモアさんは女性、主婦層のユーザーさんも多いことを考えると、お母さんがお子さんにも読ませてるのかなって考えちゃいますね。
別チャン サイトウ 安心して読ませられますもんね。
──実際シーモアさんでの「入間くん」読者の男女比はどうなんですか?
シーモア ひろ 女性の割合のほうが多いですね。「入間くん」のすごいところは、巻が進んでいっても新刊が出るたびに毎回ランキングでものすごく上位に入り続けるところだと思います。勢いのある作品でも、どこかのタイミングでどうしてもその勢いが落ちるものなんですが、「入間くん」は落ちませんね。
週チャン ダーニャ 長期連載作品でも間口を広くしていただいたり、「何巻無料」みたいなことをシーモアさんにやっていただいたりすることで新しい読者さんも生まれているんじゃないかと思います。
別チャン サイトウ いろんな施策を打ってもらってるじゃないですか。僕らも施策を通じて作品の新たな切り口を教えていただいている感じですよね。
おじさんの仕事は、若いやつがマンガ家と新しいものをつくるのを支えること
──「桃源暗鬼」も入っています。
別チャン・RED 小口 ダーニャくんの担当作! よ!
一同 (拍手)
週チャン ダーニャ ありがとうございます!(笑)
別チャン・RED 小口 制作秘話とか聞かせてよ。
週チャン ダーニャ 漆原侑来先生には最初申し訳ない対応だったんですよね。担当するきっかけになったのは持ち込みの電話でした。電話を受けた人間が対応するというのが持ち込みのルールなので、僕が担当することになったんです。ただ、最初に電話をいただいたとき「ネームを持ち込みたい」って言われたんです。当時の週チャンは「持ち込みは原稿の形で」という方針だったので、僕としても「ネームですか……」という対応になってしまったんですね。ただ、話を聞いてみると最近まで別の雑誌で企画を出していたんだけど、そこでなかなかうまくいかなかった、と。それで、見てほしいということだったので、引き受けたんです。で、飯田橋のカウベルって喫茶店で待ち合わせて。
別チャン・RED 小口 名店だね。
週チャン ダーニャ そしたら、見せていただいたネームが「桃源暗鬼」の原型だったんですけど、それがめちゃくちゃ面白くて。そのときのネームは今の「桃源暗鬼」とはだいぶ違うものだったんですが、見せ場の見せ方や盛り上がりの作り方、見開きの使い方なんかは今とまったく同じで、これは何か持っている人でなければ絶対に描けないと思ったんです。もう興奮しちゃって、「本当に面白い」「ここがすごい」「なんとか形にしたい」というようなことをまくし立てて。その場で打ち合わせをし始めて、時間がきてしまったんですがまだ話し足りないなと。「一旦会社に戻って18時までに仕事を片付けてくるから飲みに行きませんか」って誘ったら、漆原先生も「わかりました。今言われた部分をネーム修正しながら待ってます」って言ってくれて。その後は、先生も「覚えてないです」って言うくらい飲みました(笑)。
別チャン・RED 小口 そのときダーニャくんは入社何年目?
週チャン ダーニャ 2年目です。
ヤンチャン S.T すごい! よく形にしましたね。
週チャン ダーニャ 作家さんがそれだけのものを持っていたので。
別チャン・RED 小口 本当に奇跡だったよね。電話取ったのがダーニャくんじゃなかったら飲みにまでは行ってないだろうし。
週チャン ダーニャ でも、実はオチがあって、その日夕方までに仕事を終わらせるつもりだったんですけど、全然終わらなくて。次号予告を当時の副編集長に全部代わってもらったんです(笑)。
別チャン・RED 小口 でも、当時の副編集長は満面の笑みで「それが俺の仕事だ」って言ってたよ。「若いやつがマンガ家と新しいものを作って、それを支えるのがおじさんの仕事だ」って。
週チャン K平 仕事を忘れるくらい作家さんのネームに夢中になったっていうのがいい話だよね。
別チャン・RED 小口 それが実って、特に今年はかなり伸びたよね。
別チャン サイトウ ポスターで渋谷ジャックとかもやりましたしね。
週チャン ダーニャ 「桃源暗鬼」って女性人気もある作品なんですが、女性を意識しているというよりも、漆原先生はとにかく「カッコいい」というのをすごく意識している作家さんなんです。自分が心底カッコいいと思ったものを投影して描いていて、それが結果的に女性にも響いたんだと思います。
シーモア ひろ 実際私も、どんな女性ユーザーさんが読んでも自分の好きなキャラクターが絶対に見つかるマンガだなって思いました。
週チャン ダーニャ 男女という性別を超えてカッコいいものになってると思います。
ヤンチャン S.T 服や髪型もめちゃめちゃおしゃれですよね。
週チャン ダーニャ 漆原先生は美容師さんだったので。ファッションやご本人の美意識が反映されているんだと思います。
シーモア ひろ いろんな経験が活きた作品なんですね!
リアル書店度外視でつくった「サイコ×パスト」
──別チャンの「サイコ×パスト 猟奇殺人潜入捜査」も入ってます。
別チャン サイトウ 女性人気が高そうな作品が多い中で、この作品も入ってきてるんですね。
別チャン・RED 小口 「サイコ×パスト」は電子強いからね。というか、この作品に関してはリアル書店さんで売れることを最初から考えてなかった。
──内容的にも猟奇殺人をテーマにしたサスペンスと、かなり過激ですもんね。
別チャン・RED 小口 そう、1巻を出すときにも販売部から「こんな過激なカバーは今の時代書店さんに置けないよ」って言われたんです。特にファミリー層の多い書店さんだと苦情が入っちゃうと。だったら、割りきってリアル書店で売れなくてもいいから、電子でしっかり売ろう、と。そこは本田先生も同じ意見でした。
週チャン ダーニャ 作品の強みを活かすためにその戦略をとったわけですね。
別チャン・RED 小口 うん。リアル書店さんはもちろん大事なんです。でも、この作品に関しては絶対に電子のほうが合うから、そっちに舵を切った。だからカバーも電子を意識して作っていてね。肌の色がなるべく多いカットを描いてもらうようにしてるんです。リアル書店さんは売れている作品ほど物理的にたくさん置かれるし、占有する面積も広くなる。だから目立つわけです。でも、電子の場合は大ヒット作もこれからの作品も基本的にサムネイルは同じサイズでしょ? イーブンなんですよ。そんでもって同じサイズなら、パッと目を引けるものが目立つ。肌の色が多いものは目立つんです。
週チャン ダーニャ めちゃくちゃ実践的な話じゃないですか。
シーモア ひろ 狙い通りの動きになってます。
別チャン・RED 小口 あとコマもね。本田先生はいろんな電子書店でマンガを読まれてる“電子ガチ勢”なんで、描くうえでのポイントもちゃんとわかってらっしゃるんですが、若い作家さんにはよく「コマを大きくしよう」って伝えてます。電子の時代で、みんなスマホでマンガを読んでいるわけです。そういうときに小さなコマに小さな文字じゃ、読めないですから。スッスッと読み進める途中に、ピンチアウト(拡大)の瞬間を挟ませちゃダメなんです。1ページに多くても5コマ。5コマでも多いくらいです。フキダシもなるべく大きく。
──紙とはだいぶ感覚が違いますよね。
別チャン・RED 小口 そうですね。本田先生は作品作りに関する部分だけでなく、各電子書店さんの施策とかも細かく設定されるんです。例えば一部無料公開なんてときも、ここまで見せると(売れ行きにとって)マイナスになるからここまでにしてください、とか。
──本当に電子のプロですね。ただ、この作品って内容もインパクト抜群ですが、その分広告にしづらい作品でもありますよね。殺人というテーマだし、最初の犯人なんて姿からしてバナーにしたらいろいろ引っかかりそうだし。そういう部分をうまく避けながらバナーを作った最初の電子書店さんがシーモアさんと伺ってます。
シーモア ひろ 作品を読ませていただいて、内容的にもっと広い層に受け入れられるだろうと思った作品に関しては、さまざまな切り口でバナーを制作させていただき、より多くの人に魅力が伝わる形を考えるということはあります。「サイコ×パスト」もそうだったんだろうと。
別チャン・RED 小口 バナー職人さんっていうんですかね。すごくうまくやってくれている。
ヤンチャン S.T すごい読んでくれてるのがわかる。
シーモア ひろ そういっていただくと制作チームはすごく喜ぶと思うので、すぐ伝えます(笑)。実際ものすごく読んでいますから。メンバーにバナー作りの秘訣を聞いたら「とりあえず読むこと」と言っていました。
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