「シネマこんぷれっくす!」特集 ビリー×とよ田みのる対談|──映画を観て「つまらなかった」って話をちゃんと人とする、それも本当は面白いことなんだよ

映画愛をこじらせた若者たちによる侃々諤々の舌戦を描いた「シネマこんぷれっくす!」。映画マンガと聞くと「知識がないと楽しめないのでは……」と敬遠する人も少なくないと思うが、本作の真髄は映画“議論”コメディというジャンルにある。字幕派と吹き替え派の争い、B級映画好きの言い分など、共通の話題を通して意見を交わすことそのものの魅力を描いた内容は、映画を知らなくとも楽しめること請け合い。

コミックナタリーでは最新3巻の発売に合わせて、作者・ビリーと「ラブロマ」「金剛寺さんは面倒臭い」などで知られるとよ田みのるの対談を実施。マンガ家としてはとよ田が大先輩に当たるが、映画好きという土俵の上では2人の立場に差はなく、シネフィル同士が顔を突き合わせれば、議論が巻き起こらないわけは……?

取材・文 / 小林聖

「シネマこんぷれっくす!」

「シネマこんぷれっくす!」とは

シネマ部をもじって「死ね部」と陰口を叩かれている映画研究部。学校のやっかい者感が溢れるその部活に入ってしまった新入生・熱川鰐人の運命やいかに……。遠目に見たら楽しそうだけど、あまり関わり合いにはなりたくない系ドタバタ映画議論コメディ!

熱川鰐人
熱川鰐人(あたがわがくと)
主人公。映画は好きだが知識が浅く、マウントを取られがち。
黒澤天喜
黒澤天喜(くろさわあき)
黒澤マニア。グラサンを取ると美人。
花村瑞月
花村瑞月(はなむらみつき)
ジャッキー好きのカンフーかぶれ。巨乳。
宮川一子
宮川一子(みやかわいちこ)
B級映画好き。クソ映画ハンター。

ビリー×とよ田みのる対談

映画マンガの描き方がわからなかったから「FLIP-FLAP」は生まれた

──Twitterでとよ田先生が「シネマこんぷれっくす!」を絶賛されていたことから、この対談をセッティングさせていただいたわけですが。そもそも作品を知ったきっかけは何だったのでしょうか?

「シネマこんぷれっくす!」3巻

とよ田みのる それもTwitterだったと思います。ビリーさん自身の宣伝ツイートが自分のタイムラインに回ってきて、興味を持ったんですよね。俺が好きな映画ネタで、絵柄もかわいかったし。あと、ちょっとだけ本編の画像がアップされてたんですが、その雰囲気がすごく楽しそうで。それで買ってみたら勘が当たっていた。すごく楽しいマンガでした。

ビリー ありがとうございます。僕もとよ田先生の作品は昔から大好きで。10代の頃「FLIP-FLAP」を読んでハマって、それから「ラブロマ」とか過去の作品に遡って、今は新作が始まるたびずっと追いかけています。

とよ田 実は「FLIP-FLAP」を描く前に、題材の候補に映画があったんですよ。デビュー作の「ラブロマ」がラブコメだったんで、それ以外のジャンルで自分の好きなものを描きたくて。で、考えたのはクリエイターでなく消費者を主人公にしようということ。創ることだけでなく、マンガを読んだり映画を観たりすることでも心は動くし、そこにもドラマはあるはずだって思って。

──受け手としての自分の気持ちをマンガにしたかったと。

とよ田 それで、自分が好きなマンガかゲームか映画の消費者を主人公にしよう、と思ったんです。けど、映画はどうやってマンガにすればいいかわからなかったから、ゲームをプレイする人を題材にして生まれたのが「FLIP-FLAP」。そういう経緯もあって、映画ネタのマンガを見かけると読んじゃうんですよね。「シネマこんぷれっくす!」も「こういう切り口があったのか!」って驚きましたね。

「金剛寺さんは面倒臭い」より、キスをした2人が駆け出し「雨粒は全てを輝かせッ!! 世界を宝石に変えたッ!!」というナレーションが入るシーン。

ビリー めちゃくちゃうれしいです。自分は、とよ田先生のマンガはモノクロの場面もすごくカラフルに感じられるのが好きで。「金剛寺さんは面倒臭い」の第2話で握手するエピソードとか、3巻に入ってる「AFTER SHOCK」の雨のシーンとか、白黒なのになぜか色が付いて見えるんです。

とよ田 あの雨のシーンは、キスをしたら世界が色づくっていう表現をしたかったんです。雨ってネガティブなイメージだけど、それすらもポジティブに見える力がキスにはあるんじゃないかって。華やかに見せたかったから、そう感じてもらえたなら大成功だったなと。

作画中に映画を流すから「ラウンダーズ」は200回くらい観てる

とよ田 ビリーさんって何歳なの?

ビリー 今年32歳になります。

ビリー(左)、とよ田みのる(右)。ビリーが着用しているのは、取材のためとよ田が持参したダース・ベイダーの衣装。

とよ田 若いよね。古い作品もよく知ってるから、会うまでは「意外とオッサンが出てくるんじゃないか」って想像してた(笑)。映画にめちゃめちゃ詳しいけど、映像関係の何かやられてたんですか?

ビリー 全然です。むしろ18歳までド田舎に住んでいたので、映画館も10回くらいしか行ったことなかったくらい。

とよ田 えー、そうなんだ!

ビリー 進学で東京に出てきて、好きなだけ映画館に行けるのがうれしくて行きまくっていたらそこそこ詳しくなった、という感じです。ただ、それでも「シネマこんぷれっくす!」を始める段階では「ちょっと詳しい」くらいでした。だから、今も勉強しながら描いている感じです。

とよ田 そっか。連載を始めたから意識的に吸収するようになったんだ。

ビリー それまでは好きなものばかり観てたんですけど、今はそうじゃないジャンルとか、古い作品なんかも意識して観るようにしていますね。

──年にどれくらい映画を観てるんですか?

ビリー 映画館では年間50本くらいですね。家では……数えてないですけど、1日2本観る日があったりなかったり。

とよ田 めちゃくちゃ観てるねえ。家では作業しながら観てるの?

ビリー はい。余裕があるときだけですけど。

「金剛寺さんは面倒くさい」1巻

とよ田 ネームのときはできないけど、作画に入ると割と脳が自由になるから、僕も映像流しながらやってますね。観たことのある作品だと多少飛ばしても平気だから流しやすい。「ラウンダーズ」とかたぶん200回くらい観てると思う(笑)。

ビリー 作業中は吹き替えじゃないとちょっとツラいですよね。字幕でも観られないことはないですけど、作業効率がめちゃめちゃ下がります。

とよ田 そうそう。前に作業中に「狼の死刑宣告」を観てたんですけど、あれ吹き替えが入ってなくて字幕しかなくて。すっげえ面白くてガン見しちゃって1時間半くらい何もしなかったもん。

ビリー あるあるですね(笑)。

サングラスで目が隠れた黒澤は「究極超人あ~る」の鳥坂先輩

──映画好きのとよ田先生から見て「シネマこんぷれっくす!」の面白いところってどんなところですか?

「シネマこんぷれっくす!」より、「ゴーストバスターズ」のテーマを歌いながら登場する面々。

とよ田 映画ネタの細かさとかはもちろんだけど、めちゃくちゃ楽しそうな部活感がいいんだよね。みんなで「ゴーストバスターズ」のテーマ歌ってるところとかすごく楽しそうで「そこに俺も交ぜてくれー!」ってなる。ネームが軽妙で笑えるんだけど、あと、なんといってもキャラクターかな。宮さん(宮川一子)がめちゃくちゃ好きなんです。宮さんのメイン回とかは毎回喜んで読んでますね(笑)。

ビリー ありがとうございます!

宮の本性を主人公・ガクトに説明する黒澤。

とよ田 クールビューティなのにクソ映画好きで、内面がドロドロで邪悪な感じがすごく魅力的。1巻で黒澤が「やつは青春時代の貴重な2時間を棒に振ることがもっとも贅沢だと感じるデーモンなんだ!」って言うあの場面、最高だよね。

──「シネマこんぷれっくす!」の主人公は男子高校生のガクトですが、話を回す中心は映画研究部の先輩3人です。この3人の女の子たちというのは最初からイメージにあったんですか?

ビリー そうですね。最初にできたのは黒澤です。映画と言ったらやっぱり黒澤明だろう、ということで。一番メインで動かそうと思っていたので、作画コスト軽減も兼ねてサングラスをかけさせて……。

とよ田 そんな打算でサングラスだったの!(笑) でも、目が隠れていても考えてることは不思議と伝わるし、めちゃくちゃキャラ立ってるよね。

ビリー キャラクター的には「究極超人あ~る」(ゆうきまさみ)の鳥坂先輩っぽくしたいというのもありました。鳥坂先輩、大好きなんです。

とよ田 ああ、確かに。鳥坂先輩もメガネで目が隠れてるキャラだけど、表情は豊かだよね。

──知らない人に説明すると「究極超人あ~る」は、光画部という架空の部活を描いた学園もので。鳥坂先輩は、卒業しているのにしょっちゅう部活に顔を出しては話をかき混ぜてややこしくする傍若無人なOBというキャラ。確かに「シネマこんぷれっくす!」は映画ものであると同時に、学園ドタバタコメディの系譜でもありますよね。

「シネマこんぷれっくす!」の主人公・ガクトも、先輩たちから観てない映画の話をされるのはしょっちゅう。

とよ田 「シネマこんぷれっくす!」が面白いのは、その「あ~る」的な楽しい部活像っていうのが原点にあるからなのかも。実際のところ、僕も出てくる映画ネタって全部はわかってない。だけど、それでも楽しめるし、もっと映画を観たいと思ったりもする。映画に詳しければもちろん楽しいけど、詳しくなくても楽しめるんだよね。「ヒカルの碁」(ほったゆみ原作・小畑健作画)なんかもそうでしょ? 読者も囲碁のことはわかんなかったりするけど、それでも読めるし楽しめる。わからないネタがあっても、マンガとしての文法がしっかりしてれば読めちゃうんですよね。

ビリー ラジオからの影響も大きいかもしれません。私はラジオも好きなんですけど、ラジオってパーソナリティがこっちがわからないネタで盛り上がってることもあるじゃないですか。でも、向こうで楽しそうに笑ってるとこっちも楽しくなる。そういう感じにできたらいいなと思って描いてます。

とよ田 僕も「ラブロマ」を描いてるときに「アハハハハハ」って笑い声を意識的に入れるようにしてました。「笑っていいとも!」で観客が笑ってるようなイメージで。ガヤを楽しく描くと楽しげに見えるかな、と。

ビリー 「ラブロマ」は、みんなノリがいいですよね。教室全体の雰囲気がやさしくて、そこが好きなんです。

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映画大好きな少年・熱川鰐人は、高校デビューで映画に出てくるような熱い青春を送ることを決意する。……のだが、学園一の変人が集まる映研(通称:死ね部)のトラップに引っ掛かり、映研に入部させられてしまう。

残念美人な映研の先輩たちにより繰り広げられる字幕派吹替派論争やB級映画議論など、映画議論に巻き込まれてドタバタな学園生活を送る羽目になるのであった……。

とよ田みのる「金剛寺さんは面倒臭い①」
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このヒロインには、付け入る隙などない!

口を開けば正論!正論!正論!
金剛寺さんはいつも正しい!
おまけに学業優秀&柔道の名手!
隙などまったくない彼女に、
樺山くんは…よりによって恋をした!
彼の運命やいかに!?

ちなみに本編とは大きく関わりのないことだがッ!!
この世界は地獄と繋がっているッ!!

「ラブロマ」「友達100人できるかな」「タケヲちゃん物怪録」のとよ田みのるが贈るロジカルピュアラブストーリー!!

ビリー
ビリー
北海道出身。2015年に読み切り「桜とつぼみは放課後ひらく!」で商業デビュー。2017年より「シネマこんぷれっくす!」を月刊ドラゴンエイジ(KADOKAWA)で連載中。
とよ田みのる(トヨダミノル)
とよ田みのる
1971年10月7日東京都大島生まれ。本名は豊田実(読み同じ)。2000年「レオニズ」で月刊アフタヌーン(講談社)の四季賞(夏)にて佳作を受賞。2002年に高校生同士の恋愛を描いた「ラブロマ」を同賞に投稿、四季大賞を受賞しデビューする。翌年、同作は連載化。そのほかの代表作に「FLIP-FLAP」「友達100人できるかな」「タケヲちゃん物怪録」、子育てエッセイ「最近の赤さん」など。ゲッサン(小学館)にて「金剛寺さんは面倒臭い」を連載中。