コミックナタリー PowerPush - 小山愛子「ちろり」インタビュー

華やかなりし明治の喫茶店から着物と珈琲にありったけの愛を

いい喫茶店は、「人」で決まる

──読んでいると、喫茶店でコーヒーが飲みたくなってくる人はとっても多いと思います。やはりコーヒーがずっとお好きだったんですか。

コーヒーより先に、喫茶店巡りをすることのほうが好きになって。大学時代、カフェに行く女子、というのが流行っていて、そういう女子になりたくて(笑)カフェ巡りを始めたんですけど、私は紅茶にも中国茶にもはまらなかった。ケーキとか食べ物がおいしい喫茶店に行くのが好きになったんですけど、私が好きなところはコーヒーをメインにしていることが多くて。そこからコーヒーに注目するようになっていった感じです。

小山愛子

──こちらの(取材場所の)喫茶店も、小山さんがいつもいらしているお店なんですよね。すごくいい雰囲気ですが、小山さんの考えるいい喫茶店、というのはどういうものですか。

うーん。結局、人……かなあ。ありきたりですけど。このお店のお姉さんがすごく好きなんですよ。カフェラテを淹れるときに鍋で牛乳をあたためるんですけど、すっごく大事そうにあたためていらして。その感じがすごく素敵なんです。

──そういう意味でも、ちろりとマダムのいる「カモメ亭」は本当にいい喫茶店ですよね。

そうですね。マダムには、このお店のお姉さんの要素も入ってるんですよ。完璧に見えて、ちょっとうっかりさんなところがたまらない(笑)。うっかりをカバーするやり方が、すごくかわいらしくて。机をすごくきれいに拭くんですけど、お客さんがいないと、自分が今拭いた机の前にちょこんと座って、指でなにか書いちゃったりして。で「あっ、拭いたばっかりなのに」って気付いてまた拭き直す、とか(笑)。そういうことって、お店の雰囲気すべてに伝わってる気がするんです。

早起きして開店の準備をするちろり。

──ああ、いいですねえ。普通はお客さんからは見えない部分ですが、確かお店の雰囲気にすごく影響すると思います。作中でも、ちろりが開店前の店内を整える様子をじっくり描いていますよね。机を拭いたり、空気を入れ替えたり、カップの位置を細かく調整したり。

私がカフェのチェーンでバイトをしていた時、朝一の勤務だったんです。5時半くらいに行って、オープンの作業をやる。椅子さえ戻せば店をあけられるんですけど、全部の机を拭いたりするのがすごく楽しかった。夜も掃除しているし、やらなくてもいいことなんですけど、省略しないで、やる。駅のすぐ横にあるお店だったので、出勤していく人たちを見ながら、いちいちていねいに机を拭くのが好きでした。

──ちろりっぽいですね!

……かなあ(笑)。この「いちいちやる」様が好きなんですよ。はじから拭いて行って、ここのスペースきれいになった!とか。

──大変な仕事、というよりそれ自体が楽しみであり、喜びなんですね。

空間を「しつらえる」のが好きなんです。自分の家とかは、ひどいんですけどね(笑)。なんですかね、家じゃないところをきれいにするのが好きなんですよ。人が来るからどうせ汚れちゃうようなところをきれいにするのに意義を感じるんです。

──確かに、「しつらえる」っていう言葉には第三者の存在がある感じがしますもんね。ていねいに、誰かに向けて整える、という。

あ、そうだと思います。それが好きなんですね、きっと。

コーヒーを淹れること、お菓子を焼くこと

──コーヒーはご自宅でも淹れますか?

はい。1日1回は淹れます。うちには緑茶も紅茶もなくて、コーヒーしかないんですよ。

──コーヒーを淹れている時間も、やはり楽しいですか。

楽しいです。豆をコーヒーミルでごりごりと挽いたりもするんですが、あれって一定の気持ちで挽かないと、豆が同じ大きさにならないんですよね。気がせいてたりするとうまくいかない。だから面倒な時は電動のミルになっちゃうんですけど(笑)、挽ける時は自分でゆっくり挽いています。

「ビスキット」を作るちろりとマダム。

──お菓子づくりもされるそうですね。「ビスキット」を焼く回は、とってもおいしそうでした。焼けていく匂いに惹かれてみんなが集まってくる感じもたまらないですね。

お菓子を作るのも好きです。パイ生地を作るのが特に好きなんですよ。フードプロセッサーで作るんですけど、歯が回ってるのを見るのが好きなんです。パイ生地って切るように混ぜる、って言いますけど、「切ってる、切ってる!」ってひとりで盛り上がっていく(笑)。

──やはり小山さんは、プロセスそのものがお好きなんですね。おいしいから作る、というよりも。

こんなに楽しいんだからおいしいに決まってる、という感じですかね。でも実際はシュークリームが全然膨らまなかった、とかいうことはありますけど。

ちろりたちを、隠れて盗み見ていたいんです

──最新の3巻に収録されている、ちろりがひとりで行動する「ひよこ」というお話には、着物とかコーヒーのほかに小山さんが思う「ステキなこと」がたくさん入っている気がして、印象的でした。「傘を貸してもらうこと」や、「虹」や……。あらためて、「ちろり」には、ふだん気付かないけれど、言われてみれば素敵だな、というようなことが散りばめられているのだなあと思いました。

小山愛子

ありがとうございます。どうでもいい小さいことに惹かれてしまうんですよね。だから、タイトルも「ちろり」なんですよ。

──どういう意味なんですか?

「ちょっと」っていう意味です。ほかの人は何も思わないようなちょっとしたことでも、興味を持つことってあるよね? と。みんなも口には出さないけど、実はこっそり何か持ってるくせにぃ、って思ってるんですよ。そういうものを提示していくうちに、「私もそう思ってた!」って感じてくれる人がいるとうれしいなと思います。

──その「ちょっと」の積み重ねが「ずっと君たちを見ていたいんだ!!」という気持ちにさせてくれます。

うん、私自身がそうなんです。ひたすらちろりたちを隠れて盗み見て、それを描いている感じがいいかなと思います(笑)。

小山愛子「ちろり」(3)/ 2013年2月12日発売 / 840円 / 小学館
作品解説

時は大開港時代の明治。文明開化に沸く港町・横濱。海岸通りの小さな喫茶店で働く……少女がひとり……その名は、ちろり。

1、2巻発売と同時に大反響!今度のちろりは、どんな景色の中に……!! 連載開始前に大反響だった読切作も特別掲載の第3巻!

小山愛子(こやまあいこ)

12月28日生まれ。2001年にまんがカレッジ努力賞を受賞し、2001年に「日常戦線」が少年サンデー超増刊へと掲載されデビュー。ゲッサン2011年7月号より「ちろり」を連載開始。