BookLive!特集 鈴木達央インタビュー|電子書籍の重課金者が選ぶ、人生に色濃く影響を与えたマンガ6選

忘れてはいけない「仁・義・礼・智・信」

──最初に出会ったのは「Z MAN」とのことですが、連載開始順で言うと「拳児」が1980年代スタートで一番古い作品なんですよね。「拳児」はどのタイミングで手に取ったんでしょう。

「拳児」原作:松田隆智 作画:藤原芳秀

BookLive!で読む

「拳児」1巻

僕が読んだのは中学生、14歳くらいのときでした。その頃って「昔の作品って、絵も今風じゃないしつまんないだろう」って思い込んでいたんです。でも、「拳児」を読んで「古くても面白いマンガっていっぱいあるんだ!」と気付いて。

──「拳児」は「ひたすら強くなりたい」と願う少年・拳児が、中国武術の道を極めていく物語です。

今でも覚えているのは、ひたすら強くなりたいと願う拳児に、おじいちゃん(剛侠太郎)が「人は仁義礼知信の五つの徳をやしなわねばならん」と語るシーンです。すごく簡潔なんですが、人として大事にしなきゃいけないことが描いてある。

──拳児のおじいちゃんは、この作品の軸ともいえる存在ですよね。おじいちゃんの「強さとは何か」という哲学が作品を貫いている。

「拳児2」

BookLive!で読む

「拳児2」。2019年に単行本化された。

そう。年齢を重ねてから読むと、全然読み方が変わる作品ですね。実は当時は拳児に感情移入していて、おじいちゃんの言うことって全然理解できないし説教臭くて嫌いだったんです。すごく強いのに、ケンカになりそうになったら「逃げろ」って言ったりするでしょう? 拳児と同じように「戦えばいいじゃん」って思っていました。でも、今はどんどんおじいちゃん側の考えに近づいていて、「逃げればいいんだよ」「力で物事を押し通そうとしてはいけない」という言い分がすごくよくわかる。「仁・義・礼・智(知)・信」についておじいちゃんが説明しているシーンは、電子版で買い直してからも何度も読み返しています。これはずっと忘れちゃいけないなって。

──週刊少年サンデーで1992年まで連載された作品ですが、2018年に「拳児2」の連載がサンデーうぇぶりでスタートして話題になりましたよね。

びっくりしましたけど、内容はあの頃のままの「拳児」でしたね。昔読んで感動した気持ちを思い出しましたし、「今の自分ってどれくらい『拳児』の教えを大事にできているんだろう」と振り返るきっかけにもなりました。

「嘘をつけるのが大人なんだよ」

──その次に手にとった作品はどれでしょう?

「EDEN」遠藤浩輝

BookLive!で読む

「EDEN」1巻

「ARMS」と近い時期ですが、「EDEN」ですね。「拳児」を知ってから、新旧問わずにいろんな作品を読むようになって、アフタヌーンも買うようになったんです。「拳児」からもそんなに時間が経っていなくて、14、15歳くらいのときですかね。

──その年齢でアフタヌーンを購読するというのも早熟ですね(笑)。

そうですかね(笑)。「EDEN」は遠藤(浩輝)さんの連載デビュー作ですけど、それまで世界観がここまで作り込まれたSFを読んだことがなくて、第1話を読んだときの衝撃を今でも覚えています。「EDEN」は、未知のウイルスによって人間が危機に直面して、一方で機械技術は向上して……っていうすごく壮大な世界の話じゃないですか。それがなんとも魅力的で。

鈴木達央

──しかも、第1話はそのサブタイトル通り「プロローグ」なんですよね。

第2話を読んだときビックリしました。第1話が100ページ以上あるのも驚いたんですけど、第2話は全然違う話なんですもん(笑)。

──時代が急に未来に飛ぶんですよね。

読んでいくと第1話で登場したエノアの子供・エリヤの話だというのがわかってきて。「EDEN」は記憶に残っている言葉やキャラクターがすごく多い作品なんですけど、第3話で出てくるエノアがエリヤにしたアドバイスはいまだに人生の標語になっています。「大切な人には限りなくやさしく そうでない人には限りなく残酷になれれば一人前だ」って言葉です。遠藤さんの作品って弱い人間、どこか虐げられたことのある人間の言葉がすごく強く印象に残ります。この言葉もですが、挫折したり苦難を知っていたりするからこそ出てくるんだろうなというセリフが多くて、それが当時の自分にはピッタリだったんでしょうね。すごくよく覚えています。

「EDEN」3巻

BookLive!で読む

「EDEN」3巻。地雷原でのカチュアのエピソードが収められている。

──特に印象的なエピソードやキャラクターはありますか?

えー! 難しいなあ……。でも、自分の中でマンガを読むときの価値観みたいなものが変わったのはゲリラのキャンプで一緒になったカチュアのエピソードです。割と長く同行していたし、重要キャラの1人だったはずが地雷原で死んでしまう。連載で読んでるとき「え?」って声出ましたもん。それまで読んできたマンガって重要なキャラクターは死なないし、死んでも「実は生きてた」って帰ってきたりしたわけです。

──少年マンガでよくあるようなお約束が通じなかった。

そうそう(笑)。キャラクターの中で男としてカッコいいなと思うのはエノアです。汚いこともなんでもやってすべてを守るんだっていう彼の生き方にはすごく影響されました。僕は「大人と子供の違いって何?」って聞かれたとき、いつも「嘘をつけるのが大人なんだよ」って答えるんです。「きれいな嘘も汚い嘘もね」って。それは自分が経験してきたことなんかももちろん踏まえての答えなんですが、この話をするとき必ずエンノイア・バラード(エノア)の顔が浮かぶんです。そういう大人のあり方というのを学んだキャラクターです。

ずっと火事場の馬鹿力を出し続けているジュブナイル

「ARMS」皆川亮二(原案協力:七月鏡一)

BookLive!で読む

「ARMS」1巻

──「ARMS」はSF的なギミックなど、「EDEN」と印象的に近い部分がある作品ですね。

でも、作品としては「EDEN」とは真逆のことを感じています。SF心をくすぐる作品ですが、こちらは少年たちのジュブナイルで、「望めば必ず先に進める」という希望を描いている。皆川(亮二)さんの作品って、それぞれいろんなテーマがあると思いますが、まっすぐ突き進むこと、泥臭く前に進むことを一番描いているのが「ARMS」だと思うんですよね。言ってみれば「ARMS」って、本当に強く望めばすべてが叶う、意思が事象を超えていくということを描いている話じゃないですか。キャラクターたちがずっと火事場の馬鹿力を出し続けている、みたいな作品で、そういう意味では「Z MAN」に近いのかもしれない。

──強い執念を持っている人間が結局うまくいく、というのは現実世界でもままあることですよね。

「ARMS」8巻

BookLive!で読む

インタビュー内で話題に挙がった高槻巌のエピソードを収録した「ARMS」8巻。

執念、折れない心の大事さというのを一番学んだ作品ですね。「ARMS」って「力が欲しいか!!」というフレーズがよく取り上げられますが、すごい名言だと思うんです。そこには「力を望み続ける」という執念があるわけなので。それから、エピソードで言うと、リーダーの役割についてのシーンはよく覚えてます。

──主人公・高槻涼の父である高槻巌が、リーダーの本質について語る場面ですか?

はい。リーダーっていうのは自分は一番安全な場所にいて勝ったときにはみんなの前で目一杯威張り散らしてやればいいという。でも、それは他人から見たリーダーの姿であって、「大事なあるもの」を持っていなければならない。自分の中で刺さった言葉のひとつです。