「甘々と稲妻」特集 雨隠ギドインタビュー|小さい女の子、眼鏡の先生、女子高生。3人をつないでくれたのは“料理”だった

「私、これ食べたいんですよね」から始まることが多かった

──お話に登場する料理やレシピはどうやって考えているんでしょうか。

まずは私と担当さんで打ち合わせをするんですけど、基本的には単行本1冊の中に、ちゃんと和洋中デザートが出てくるようにとか、似たような料理が固まりすぎないようにというのは意識してます。あとは旬のものとか季節ものは積極的に取り入れて。「クリスマス回だからパーティ料理にしよう」とか「お誕生日回だからケーキを作りたい」とか。あとは自分が食べたいものですね(笑)。

──なるほど。自分が食べたいものを作ってみたくなりますよね。

特に最初のうちは本当に「私、これ食べたいんですよね」から始まることが多かったです(笑)。そのうち「こういう話の流れなので、この料理を作りたいんですけど」っていうお願いの仕方をするようになって。例えば五平餅を作る回なんかは、「失敗させたいね」っていうところから始まり、初心者がやりがちなご飯の失敗ってなんでしょうと調理師さんに相談しました。「ご飯がうまく炊けなかったら、それを五平餅にすると美味しいですよ」と教えてもらったり。あとカレーの回なんかも「犬塚家ならではの面白いカレーにしたいんです」って相談したら、普通のカレーよりもドライカレーっぽいもののほうが子供がよく食べると聞いて、犬塚家のカレーができて。パン粥も「夜中に起きちゃったとき、ホットミルクより腹持ちのいい夜食ってなんだろう」ってところからアイデアをもらいました。

「甘々と稲妻」4巻より、クリスマスを祝うつむぎと犬塚先生。
「甘々と稲妻」5巻より、つむぎの誕生日パーティの様子。
「甘々と稲妻」2巻より、焦がしてしまったご飯で五平餅を作ろうと提案する小鳥。

──では実際、料理をマンガに反映する手順を伺ってもいいでしょうか。

まずはこちらの希望を調理師さんに伝えて、実際に調理師さんのご自宅にお邪魔して一緒に作りながら手順やポイントを教わるっていう流れですね。調理師さんが味付けや微妙に材料の違うレシピを3パターンぐらい作ってくれていて。調理師さんのお子さんたちがちょうどつむぎと同じくらいの年代だったのもあって「こっちのほうが子供は食べましたよ」みたいな実体験を聞きつつ、担当さんと味見をして決めてました。

──調理師さんともかなり連携をとっているんですね。

「甘々と稲妻」2巻より、亡くなった母に作ってもらったバッグを大事そうに抱えるつむぎ。

めちゃめちゃ協力的な方で。最初は写真やテキストで工程を教えてもらうだけだったんですけど、調理師さんも「伝えたいことが伝わってないぞ」みたいなのがあったらしく「うちに来て一緒に作りますか」とご提案をいただいて。そんなことまでしてもらえるんですかと(笑)。ご自宅に伺うようになってからは、調理師さんのお子さんの反応が見られるのも大きかったですね。

──子供のリアクションは、想像だけではわからない部分ですよね。やっぱりお子さんへの取材もされてるんですか?

実は一時期、幼稚園で先生をやっていた経験があったので、そのときの感覚は多少残っていたんですけど。でも先生を辞めてしばらく経っていたので、お子さんがいる編集さんにお話を聞いたりしました。編集部の方々や調理師さんのお子さんたちと直に会えるのは、思った以上に参考になりましたね。皆さん、すごくうれしそうに取材に答えてくださるので。「娘の話こんなにしていいの?」って(笑)。アルバムとか、学校のスケジュール表とか通知表なんかも見せていただきました。

昔からうどんを打ちたいっていう欲望を持っていた

──では、これまで登場したレシピの中でお気に入りを3つ挙げるとしたら。

完全に個人的な理由なんですけど、うどんのエピソードが好きです。

──なぜうどんの……?

私、昔からうどんを打ちたいっていう欲望を持っていまして(笑)。香川に「さぬきの夢」っていう有名な小麦があって、調理師さんからは普通の強力粉でレシピをもらったんですけど、「さぬきの夢」で作りました(笑)。めっちゃ美味しかったです。あと白米も大好きで。土鍋ご飯のエピソードは、ただご飯を炊くだけっていうレシピも何もない話なんですけど、気に入ってますね。さすがに担当さんに「なんか海苔とかふりかけとかあったほうが」と言われて、申し訳程度に小鳥がご飯のお供を持ってくるみたいなことをしましたが(笑)。

──割と素材そのものがお好きなんですね。

そうかもしれない(笑)。あと、今でもよく作るのは犬塚家のカレーですね。みじん切りが大変なんですけど、家にある材料で作れて簡単なんです。これで3つか……どうしよう、うどんはやめておこうかな……。

「甘々と稲妻」10巻より、小鳥がお父さんと一緒にうどんを作る回想シーン。
「甘々と稲妻」1巻より、つむぎと犬塚先生が小鳥と一緒に土鍋ご飯を食べるシーン。
「甘々と稲妻」3巻より、「犬塚家のカレー」を作るシーン。
「甘々と稲妻」11巻より、犬塚先生へ渡すクッキーを作る小鳥。

──ほかにも何かあるんですか?

あとは小鳥が告白する回に登場したクッキーも美味しくて気に入ってます。「自分で作るクッキーってこんな感じだよね」っていう期待値をすごく超えてきたんですよね。本当に語彙がないんですけど「売り物みたい」って感動したんですよ(笑)。これは人にプレゼントしたくなるクッキーだなと。

──では一番苦労したなというレシピはありますか?

レシピ自体が難しいものはほとんど作ってないので、ネームにきちんと落とし込めるかどうかですかね。描きたい話と調理工程のバランスがうまく取れないとネームにすごく時間がかかってしまうんです。

──物語と料理のバランスを考えるのが難しいんですね。

料理で描きたいポイントを全部描いてしまうと、50ページとか60ページとかになってしまうし、そもそもそれ読んで楽しいのかと。私は実際に作ったから楽しかったけど、マンガとして面白いかっていうとそうじゃないので。がんばってまとめて、面白いポイントを描いたつもりでネームを出しても、担当さんから「こことここはカットしましょう」って言われてしまったり(笑)。

──それはちょっと残念ですね(笑)。

「甘々と稲妻」6巻より、キャンプ場でパンを焼くつむぎたち。「甘々と稲妻」9巻より、カネロニ作りをするつむぎたち。

あとは取材ではけっこう大変なことが多かったです。キャンプの回は、実際、箱根にあるキャンプ場へ取材に行ったんですけど、写真を撮りに行ったのに悪天候で霧がかかっていて何も見えなくて(笑)。ザーザー雨が降っている中、担当さんと2人でホームセンターで買ってきた棒に、パン生地を巻き付けて焼くっていう。あと、カネロニの回も取材に苦労して。犬塚先生のお姉さんは国際結婚して海外にいるっていう設定なんですが、せっかくなら外国のレシピを作ってみても面白いんじゃないかという話になり。担当さんにカナダの方と結婚したご友人がいるってことで、お話を聞かせてもらって。「カネロニっていう料理があるよ」って聞いて「カネロニとは?」と。

──あんまり聞き慣れない料理ですよね。

でもぜひ作ってみたいなと思って、担当さんの友人のお義母さんに、英語でレシピをいただいて。講談社の国際ライツ部に翻訳してもらって、それを調理師さんに送って日本のスーパーで手に入りそうな食材に変えつつレシピを作ってもらって。食べてみたらすごく新鮮で、苦労したけどやったかいがありましたね。

リアルさより“盛り”を意識してます

──では作画についてもお伺いしたいのですが、雨隠さんはアナログなんですね。

フルアナログです。最近は珍しいみたいですね。1人でやっていたときはけっこう大変だったんですけど、上手なアシスタントさんに入ってもらえたので、すごく楽になりました。ただアナログの大変なところは、料理とか同じものを何コマも描かなきゃいけないところ(笑)。

「甘々と稲妻」4巻より生姜焼き。「甘々と稲妻」8巻よりとんかつ。

──そうですよね、同じ料理をいろんな角度から……。

はい(笑)。なので、そろそろアナログは卒業したいなと思ってるんです。練習すればデジタルでもできるようになると思うんですけど、まだ誌面に乗せられるほど上手には描けないので……。練習しなきゃと。

──食べ物や料理の絵って、美味しく見せるのが難しいという話を聞くんですけど、やはり苦労されましたか。

食べ物を美味しそうに見せるのは大変ですね。お肉だったらタレのツヤとか、焼き色加減とか、肉の繊維の感じとか、トーンの削りとか重ねとかをアシスタントさんとも話し合いをしながら描いてます。思い通りにできあがると、「めっちゃ美味しそう!」って盛り上がります(笑)。

──トレースしたりすることもあるんでしょうか。

トレースはマンガの中ではしてないですね。調理師さんと作ったときの写真を見ながら描いてます。私はあまり写実的な絵柄ではないので、ご飯もリアルに描くよりは、ちょっとデフォルメしたほうがいいかなと思って。リアルさより盛りを意識してます。

──盛りですか。

なんというか、脂身とか肉の形はもりっと描く。ご飯は山盛りにするとか、湯気をいっぱい描くとか。オーバー気味なぐらいがいいと思っていて。レストランの写真なんかもツヤがすごいじゃないですか。ああいう感じで、そこはもうフィクションでいいから、美味しく見えることを最優先に。

「甘々と稲妻」1巻より、友達に「ドロボー」と呼ばれ、ショックを受けてしまったつむぎがハンバーグを食べながら涙するシーン。

──食べた後のキャラクターの表情というか、リアクションにもこだわりを感じるのですが。

そうですね。そこは描きたいポイントですね。表情もできるだけ被らないように変えてます。そこは差をつけたいなと意識してます。