「甘々と稲妻」特集 雨隠ギドインタビュー|小さい女の子、眼鏡の先生、女子高生。3人をつないでくれたのは“料理”だった

雨隠ギド「甘々と稲妻」が最終回を迎えた。2013年よりgood!アフタヌーン(講談社)にて連載された本作は、妻を亡くした数学教師・犬塚公平と愛娘のつむぎ、教え子の女子高生・飯田小鳥の食卓を描く物語。2016年にはTVアニメ化もされ、話題を集めた。

コミックナタリーでは完結を記念し、雨隠のインタビューを実施。自身初の長期連載となった本作が生まれた経緯や、最終回を迎えた今の心境など、「グルメものに飛び込んだ意識はなかった」と話す雨隠に作品に込めた思いを語ってもらった。

取材・文 / 増田桃子

無事着地できてうれしい

──「甘々と稲妻」の完結、おめでとうございます。まずは最終回を迎えた率直な感想を聞かせてください。

ありがとうございます。今は無事着地できてうれしいっていう気持ちですね。ただ、最終回を描いて、そのあとすぐに番外編を何本か描いて、単行本作業に入り……という感じなので、なかなか終わったという実感がなくて(笑)。先日、12巻の限定版についてくる画集の入稿も終わって、修正原稿もお渡しして「あとはよろしくお願いします!」ってバトンタッチしたんですけど、見落としがないかとか、なかなか気が抜けない感じです(笑)。ちゃんと実感が湧くのは、最終巻を手に取ったときかなっていう気がしています。

「甘々と稲妻」12巻限定版に付属する画集。

──どんな最終回を迎えるか、雨隠さんの中では最初から結末は決まっていたんでしょうか。

連載前から、小鳥が高校を卒業するぐらいまで続けたいっていう希望はありましたけど、具体的に最終回をこうしようっていう構想はなくて。ただ10巻あたりから、担当さんとも「こんな最終回にできたらいいな」っていう話はしていましたね。

──やりたかったことは全部描けましたか?

はい。だいたいはできたと思います。

思い切って自分が描いていて楽しいものにしよう

──では「甘々と稲妻」を手がけることになった経緯やきっかけについて教えてください。

まず「甘々と稲妻」の前に別の短期連載の話を考えていて。バレエをやっている女の子が主人公の、ちょっと暗い感じのお話だったんですが、それが全然ダメでボツりまして(笑)。思い切って自分が描いていて楽しいものにしようと。小さい女の子、眼鏡の先生、女子高生……と描きたいキャラクターをイメージしてから、そのキャラクターに何をさせたいかという感じで考え始めました。もちろんキャラクターだけではお話としてまとまらないので、子供と先生をつなぐものが何なのかを考えたときにご飯ものにしようと。もともと食べることが好きだし、子供がご飯を食べているところも見たいし描きたいなと思って、料理ならうまくつなぐ役割になってくれるんじゃないかなと。

──なるほど。あとは小鳥と犬塚先生の恋愛的な要素もありますね。

そうですね。担当さんとも「女子高生と先生の恋愛マンガって夢だよね」みたいな話をしていて。谷川史子先生の「緑の頃わたしたちは」、河原和音先生の「先生!」、くらもちふさこ先生の「海の天辺」……。やっぱり“先生と生徒”って夢があるというか、自分が中高生の頃に読んでいた少女マンガのイメージで、憧れがあるんですよね。

──確かに少女マンガでは王道かもしれないですね。

ネームの初稿ではもっと恋愛色が強い感じで。でも少し暗かったので、その後の展開を考えると読むのしんどいかな……と思って恋愛要素を薄めて、料理のほうを軸にした感じです。

「甘々と稲妻」1巻

──「甘々と稲妻」というタイトルも料理マンガっぽくないですよね。1巻のあとがきでもいろいろな案を出したと書かれていましたが……。

最初は例えば「まんぷくびより」みたいな、ご飯マンガだとわかりやすいタイトルを考えていたんですけど、アフタヌーン編集部のチーフに「雨隠さんはタイトルに独特のセンスがある人だから、いつもどおり考えたほうがいいんじゃないか」と、翌日決めないと予告に出るっていう時期にバックされまして(笑)。慌てて家にあった詩の書き方とかを引っ張り出して考えて。「ぱっと意味がわからないタイトルになってもいい」と言ってもらえたので、あえて抽象的なイメージで6つぐらい考えて提出したら、そのうちの1つだった「甘々と稲妻」を担当さんに「すごくわかる!」と言ってもらえて。チーフにも「俺は全然わからないけど、いいタイトルだよ」って言ってもらいました(笑)。

──印象に残るタイトルだなと思います。どんな話なんだろう?と。

そういう引っ掛かりになっていたらいいなと思いますね。理想は作中に暗示するようなキーワードが出てきて……みたいな感じでうまく入れられたらと思ったんですけど……(笑)。でも12巻のおまけマンガにちょっとした匂わせを入れたので(笑)。ぜひ読んでいただきたいです。

つむぎの成長を疑似体験できるのは、長期連載ならでは

──「甘々と稲妻」は初の長期連載作品になったと思うのですが、描かれてみていかがでしたか?

最初から長いスパンで考えていたわけではなく、運よく続けられたら8巻ぐらいまでは出せるかな……っていう気持ちでした。1話完結として読めるタイプの作品でもありますし、1話でやることと数巻のスパンでやることは別々に考えていて。小鳥のお店のこと、つむぎの幼稚園卒業、小鳥の高校卒業っていうざっくりとした区切りは考えていました。その区切りを短期目標に見立ててお話を進めていたので、大きい流れもあるけど長期連載っていう感覚がそんなになかったです。ただつむぎの成長を疑似体験できたのは、長期連載ならではというか、すごく面白い経験だなと思いました。

「甘々と稲妻」1巻より、連載開始当時のむちむちとしたつむぎ。「甘々と稲妻」10巻より、小学生になって頭身も高くなったつむぎ。

──つむぎの成長に応じて、作画も変えてらっしゃいますもんね。

頭身とか丸みみたいなものは意識的に変えてますね。単行本単位でまとめて読む方とか、たまに手伝ってくれるアシスタントさんとかに「つむぎ大きくなったね」って言われます(笑)。私自身も、1巻を読み返すと「こんなに小さかったんだ」って感じますし。やっぱりリアルタイムで年齢を重ねていくのは面白いなと改めて思いました。

──つむぎに歳を取らせないという選択もあり得たのかなと思うんですが……。

全然、それでもよかったと思います。

──あえて成長させる選択をした理由はあるんでしょうか。

「甘々と稲妻」7巻より、つむぎの幼稚園卒業シーン。

明確な理由があったわけではないんですけど、まず「母の死」からスタートしているお話なので、そこは逃げずに成長を描かなきゃかなと。もしお母さんが死んでなかったらずっと時が止まってもよかったかもしれない。

──身体の成長もそうですが、母の死を受け入れていったり、精神的な成長も描かれているなと思います。

そうですね。それにご飯を食べて暮らしていくお話だし、食べるからには大きくなってほしいというか、成長を実感したいなと。幼稚園卒業ぐらいまでは「永遠に子供を描いていたい!」っていうジレンマもありました。

グルメものに飛び込んだ意識があんまりなくて……。

──マンガ業界にはグルメマンガはたくさんありますよね。差別化は難しかったのでは?

実は私は「甘々と稲妻」がグルメマンガとは思ってなかったというか……ジャンルとしてグルメマンガに当たることはもちろんわかっていたんですけど、自分がグルメものに飛び込んだ意識があんまりなくて。1巻が出たあとくらいに「よそと被らないよう」って思ったぐらい(笑)。

──そうだったんですね。いろんなグルメマンガがある中、新たにそのジャンルに挑戦するのは苦労されたのではないかなと思って。

もし「ご飯ものやりましょう!」っていうスタートだったら、もっと違ったマンガになっていたと思います。でもグルメマンガを描きたかったわけではなく、キャラクターや、キャラ同士の関係性を描きたいと思ってスタートさせたお話だったので。ただ、私が料理をするのが楽しくなってしまった時期があって。調理師さんに料理監修に入ってもらっているんですけども、一時期、教えてもらったことを全部マンガに描きたい、みたいになっちゃったんですよね。それを担当さんに「ストーリー先行のほうが面白いから、(料理は)要所要所でやりましょう」と指摘してもらって、本当にそのとおりだなと(笑)。もし「甘々と稲妻」が正統派なグルメマンガだったら、きちんと手順を見せてレシピも載せて、実際にすぐ再現できることが大事だと思うんですが、そうじゃないし。担当さんにも「話主体で考えていい」と言ってもらえたので、そこからは考えなくなりました。だから正直「甘々と稲妻」を「グルメものです」って言うのは、申し訳ない気がします(笑)。本当に3人の日常を描いたお話、という認識ですね。

──なるほど。確かに、最後にご飯食べて終わり、みたいな回もありますもんね。

ありますね(笑)。その辺は割り切ってます。ただやっぱり料理を知らずに描くのは抵抗があったので、料理監修の人に見てもらいたいんですっていうお願いは、こちらからしました。