ステージナタリー Power Push - 中島みゆき「夜会」最新作「橋の下のアルカディア」劇場版

中島みゆき「夜会」がスクリーンに登場 中村 中が語るその魅力

シンガーソングライターの中島みゆきが、脚本・作詞・作曲・歌・主演の5役を務め、自らの楽曲世界を舞台作品として昇華させる「夜会」。1989年のスタート以来、コンサートとも音楽劇とも異なる、唯一無二の世界観を打ち出してきた人気シリーズの最新作が、2014年に上演された 夜会VOL.18 「橋の下のアルカディア」だ。このたび、同作を映画館のスクリーンで堪能できる“劇場版”が公開されることに。メインキャストの1人である中村 中が、俳優としてシンガーとして、その魅力を語る。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 金井堯子

中村 中インタビュー

みゆきさんの歌が悔しさのはけ口だった

中村 中

──中村さんはデビュー当初から俳優としてもさまざまな舞台に出演されていますが、「夜会」のオファーについてはどう受けとめられましたか?

驚きました。それと、とうとう来たか……という思いも。というのも、中学の頃からずっと中島みゆきさんの歌を聴いていたし、「夜会」の存在も知っていたし。役者としての活動も本腰入れ始めた頃で、周りから「歌と演技が出来るなら『夜会』みたいなこともできるね」と言われていたので、驚きと同時に「とうとう」って思いました。

──出演はすぐ決断されたんですか?

……迷いました。学生時代、私は自分の性にコンプレックスを持っていて、人に認めてもらえず、嫌がらせをされたり、悔しい思いをしていました。そんなとき、「この悔しさ、晴らさでおくべきか。覚えてろ!」という念がこもったみゆきさんの歌が清々しく響いて、私の気持ちのはけ口になっていました。だから、みゆきさんの歌が当時の私をかたどっているというか、端的に言うとやっぱり好きなので、好きすぎて近付きたくないというか、近付いちゃいけないような気がしたんですね。その反面、だからこそ、ほかの人に譲りたくないとも思いました。いろいろ迷いましたけど、「やりたい」って言っていました。結局最初っから魔女の放った白羽の矢に、心も射抜かれていたんですね(笑)。

──ご出演以前に、過去の「夜会」はご覧になったことがあったんですか?

生で観たことはなくて、 映像で観ていました。

──では「夜会」の、いわゆる演劇やコンサートとは異なる独特の作品世界は、最初からある程度イメージを持って稽古に臨まれた?

中村 中

そうですね。稽古に行く段階ではあまり臆さずに。むしろ稽古が始まってから戸惑いました。というのも、台本には歌詞でト書きや状況説明がされているけれど、演技の指定は書かれていないので、いきなり伴奏を流して即興で動き始めたり。それがどんどん進んでいくので、「これで合っているのかな?」とか聞くタイミングもなくて最初は戸惑いましたね。それから、これまでの「夜会」では、みゆきさん以外の演者さんが歌うシーンもあるんですが、基本的にはみゆきさんが歌って紡いでゆく物語でした。でも「橋の下のアルカディア」は、みゆきさんと石田匠さんと私、3人それぞれ同じくらいの曲数を歌うんです。「今回は演じることよりも歌うことに重きを置きたい」ってお話はあらかじめ聞いていたので、「シンガーとしていればいいのかな? でも役者としてもいなきゃな」とか、迷いながらの稽古でした。

──「橋の下~」は、「夜会」にとって6年ぶりの新作でした。作品に込められた中島さんの思いは感じましたか?

感じました。セリフから、2011年3月に起きた東日本大震災で失われた命たちや、いまだにふるさとに戻れない人たちへの思いが伝わってきました。さらに、もっと未来のことにも目を向けているなと。例えば2015年は終戦70年目でしたが、平和への祈りとか日本が戦争をしてしまったことへの怒りとか後悔とか、そういうものも強く感じましたね。

制約の中でどう生きるか

──天明期・第二次世界大戦期・現在と3つの時代を横断するので、2時間の上演時間があっという間でした。その中で、中村さんは猫のすあまと、その生まれ変わりらしいバーの代理ママ・豊洲天音の2役を演じられましたが、役へのアプローチで普段と意識的に変えた部分はありましたか?

それはなかったですね。自分じゃないものになるのなら、男でも木でも音でも同じかなと。猫は感情もあるし人間との関わりもあるから、それほど構えずにやりました。

中村 中

──劇中では常にマイクを手に、歌いながら役を演じられますね。過去のインタビューで中村さんは、シンガーと俳優ではまったく別の気持ちで舞台に臨まれるとお話されていましたが、「夜会」ではシンガーと俳優、どちらのスイッチが入っていたのでしょうか?

うーん……シンガーでも役者でもあると思ってたのか、あるいはシンガーでも役者でもないものになる、と思ってたのかな。マイクについては独特ですよね。稽古中は片手がふさがるから制約が出てくるなと思ってたんです。でもその制約の中でどう生きるのかが、やってみたら面白かったんですよね。みゆきさんは「マイクを、まるで持ってないかのように持ってほしい」とおっしゃってて。例えば相手を抱きしめるシーンで、マイクは持ってなきゃ、歌も歌ってなきゃ、その上で抱きしめなきゃって、なかなか大変だとは思うんです。だけど、マイクを持つことが最優先じゃなく、自然な演技の流れの中で歌っているように見せたかったんだと思います。結果、演じるうちにマイクの存在は気にならなくなりましたね。

──「橋の下~」は、中島さんと中村さん、石田さんがほぼ出ずっぱりで歌い続け、歌によって物語を紡ぎ出す、非常に熱量の高い作品です。いわゆる「つなぎ」や「説明」の曲は1つもなく、また全曲書き下ろしなので、既存の楽曲で構成したカタログミュージカルのような無理もなく、全46曲を通して1本の太い物語が立ち上がってくるのが素晴らしいなと思いました。

そうですね。それ以前の「夜会」はもっとセリフがありましたけど、ここまで歌だけで構成された「夜会」は初めてだったんじゃないでしょうか。特に1幕の後半は10曲以上ノンストップで、すごいエネルギーですよね。

中村 中

──どの場面も非常に強烈なインパクトがあるのですが、中村さんが特に印象深かったシーンはありますか?

ええっ、たくさんありすぎて……(笑)。オープニングのあのなーんにも見えない暗さも、クライマックスももちろん印象深いですけど……でもやっぱり2幕後半の「国捨て」のシーンですかね。「国捨て」をみゆきさん、石田さんが歌うシーンで、(石田演じる)高橋九曜さんの先祖が、零戦をバックに現れるんです。九曜さんだけじゃなく、日本人の先祖が零戦を背にして立つ姿に、日本の過去が投影されるっていうか。あの瞬間シンガー3人がある意味脇役になってて、零戦と先祖に焦点を当てているのかと。そこから、先祖の「人を傷付けるためじゃなく、人を幸せにするために生きたかった」という思いが浮かび上がってきて。「国捨て」の歌詞にある、「御国の恥とはなんですか」っていう言葉も含め、みゆきさんがこの作品で言いたかったことが色濃く表れているんじゃないかと思うので、あのシーンですね。

夜会VOL.18 「橋の下のアルカディア」 —劇場版— 2016年2月20日(土) 新宿ピカデリー&丸の内ピカデリーほか、全国ロードショー

アーティスト・中島みゆきを語る上で絶対に欠かすことのできない「夜会」。脚本・作詞・作曲・歌、そして主演の5役すべてを中島みゆきが務める魅惑の音楽劇だ。

2014年に東京・赤坂アクトシアターにて上演された夜会VOL.18「橋の下のアルカディア」は、『夜会VOL.15「~夜物語~元祖・今晩屋」』(2008~2009年)以来6年ぶりの新作書き下ろし作品として、大きな注目を集めた。台本と共に生み出された、劇のセリフとなり挿入歌となる「歌」は、「夜会」史上過去最多の46曲を収録。その歌と作品に込められたエネルギーは、観客の心を鷲掴みにし、23公演で3万人を動員した。

スタッフ

構成演出・脚本・作詞作曲:中島みゆき
監督:翁長 裕
音楽監督・編曲:瀬尾一三
ステージプロデュース:竹中良一

キャスト

中島みゆき
中村 中
石田 匠

配給:ローソンHMVエンタテイメント
協力:ヤマハミュージックパブリッシング・ヤマハミュージックアーティスト

中村 中(ナカムラアタル)

歌手、作詞作曲家、役者。2006年6月にシングル「汚れた下着」でメジャーデビュー。2007年セカンドシングル「友達の詩」で第58回 NHK紅白歌合戦に出場。4thアルバム「少年少女」は第52回 輝く!日本レコード大賞優秀アルバム受賞。最新アルバムは「去年も、今年も、来年も、」。また多くのアーティストに楽曲を提供しているほか、2009年上演の「ガス人間第1号」をはじめ、「エドワード2世」「マーキュリー・ファー」など、さまざまな舞台にも出演。2016年3月には舞台「ライ王のテラス」に第一王妃役で出演予定。音楽と演劇を両輪として多くの才能とインスピレーションを交わし合い、クリエイターをはじめとする先鋭的な感性の持ち主の心を鷲掴みにしている。

ライブ情報
「LIVE 2016 生まれ変わろう、そして」

2016年2月13日(土)18:00開演
2016年2月14日(日)16:00開演
日本橋三井ホール