音楽ナタリー Power Push - 上原ひろみ

心の衝撃から始まる物語

上原ひろみの通算10枚目となるリーダー作であり、アンソニー・ジャクソンとサイモン・フィリップスを迎えたトリオプロジェクトにとって4枚目のアルバム「SPARK」が完成した。“SPARK”=心の衝動をテーマにダイナミックかつドラマチックなプレイによって紡がれた全9曲。本作についての話を軸に上原ひろみの不変的な音楽観と現在地に迫った。

取材・文 / 三宅正一(ONBU) 撮影 / 須田卓馬

 
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心が衝撃を受ける瞬間からいろんなことが始まる

──タイトル通りとても衝動的かつドラマチック、そして色気に満ちたアルバムだなと思いました。上原さんご自身の手応えはいかがですか?

上原ひろみ

このトリオとしては4作目なのですが、いろんな国でツアーをしながら切磋琢磨してきた結果、トリオとしての進化がしっかり感じられるアルバムになったと思います。

──今ではこのトリオで世界中を回ってライブをすることは、上原さんにとってライフワークになっていると思うんですけど。

ここ数年はそうですね。

──このトリオでここまで作品を重ねることを当初から想定していたんですか?

全然想定していませんでした。アンソニー(・ジャクソン / Contrabass guitar)もサイモン(・フィリップス / Dr)もとても忙しい人なので、このトリオでどういうふうに活動していけるのか想像できなかったんですよね。そもそもサイモンの巨大なドラムセットを世界中に運んでいけるのかという懸念もありましたし。いろんなシステムをうまく作ることができて、ここまでライブとレコーディングを続けられているという感じですね。

──ライブと作品を重ねるごとに2人との演奏の呼吸も研ぎ澄まされていっているでしょうし。

ザ・トリオ・プロジェクト feat. アンソニー・ジャクソン&サイモン・フィリップス(Photo by Takuo Sato)
ザ・トリオ・プロジェクト feat. アンソニー・ジャクソン&サイモン・フィリップス(Photo by Takuo Sato)

そうですね。2人とは本当に馬が合うというか。ハングリー精神をすごく持ってる人たちなので、現状に満足することなく、常に「もっと、もっと」という気持ちで音楽と向き合ってるんですね。だからこそ、刺激は大きいですね。1枚1枚、アルバムを重ねるごとにトリオの関係がどんどん深くなっていってると感じます。

──前作「ALIVE」からここまでの2年弱はどういう時間でしたか?

とにかく2人と一緒にライブをする日々でした。その流れの中でもう1枚アルバムを作りたいという気持ちに自然となりましたし。このトリオでやったライブは最初から数えてもう250本になるとサイモンが言ってましたね。

──今作の「SPARK」というキーワードが生まれた経緯は?

人は何かとても大きな衝撃を受けて、心の底からドキドキして踊り出すような瞬間からいろんなことが始まると思うんですね。そんな物語をアルバムで描きたいと思いました。

──上原さんにとって、そういった衝撃を受ける場はまさにライブだと思うんですけど。

そうですね。ライブでは毎日のように衝撃を受ける瞬間がありますね。

──日常においてはいかがですか?

芸術作品を観たり聴いたりしたときにもありますし、いろんな街の景色を観たときや、いろんな国の人との会話の中にも、大なり小なり心が衝撃を受ける瞬間はあります。それを自分が見つけたいと思うか、見つけられる心の状態にあるかというのも大きくて。アンテナを張って、「面白いことはないか? 面白い人はいないか?」という状態にあればなんだって面白く感じられると思うんですよ。

音で会話しているから、言葉が必要ない

──このアルバムを聴いて、個々人がさまざまな情景や物語を思い浮かべると思います。千差万別の衝撃的な感覚が像を結ぶと言いますか。音楽は人種も国境も超えるということを、本当の意味で体現している上原さんとこのトリオだからこそクリエイトできる音楽像だと思いますし。

こちらは音楽に思いを込めることしかできなくて。でも思いを込めたところで伝わる保証はないんですよね。それが相手の求めている音なのか、情景なのかということも含めて、そのときにご縁がある人と通じ合えるものが音楽だと思っています。10人いて10人に語りかけられるかと言ったら、そういうものでもないんですよね。

──だからこそ、真摯に音楽と向き合うしかない。

上原ひろみ

そうですね。あとは受け手の方次第ですね。

──それにしても、上原さんはどこまでも音楽に対してフラットな感覚を持っている方だと思います。

私はずっとミュージシャンありきで音楽を聴いてきたんです。ジャズが聴きたいからハービー・ハンコックを聴くのではなく、ハービー・ハンコックの音が聴きたいから聴く。ロックが聴きたいからジェフ・ベックを聴くのではなく、ジェフ・ベックの音に触れたいから聴くので。ジャンルって、ミュージシャンそのものだと思うんです。レコード店やレコード会社の人の「その音楽が好きなら、こういう作品もどうですか?」という道案内的な意味において、ジャンル分けがあるんだと思っています。

──上原さんがほかのミュージシャンに惹かれる理由として、共通するものはありますか?

この人の音が聴きたい、この人の世界観に触れたいということですね。

──その感覚も衝動的なものであり「SPARK」というテーマとつながりますよね。

そう思います。

──このトリオは延々とインプロビゼーションできると思うんですけど、曲として成立するラインはどのように設定されているんですか?

まず曲が曲として独り立ちするまでの時間があるんですね。曲を作り始めてから、トリオでああでもない、こうでもないと、いらないところを削ぎ落としたり、付け加えたりする添削作業をして。それからレコーディング前に3週間くらいライブで曲を演奏するんです。そこでまた見えてくることがあるので。そうやって最初のプロトタイプができるんです。ただ、私たちの場合は即興演奏によってプロトタイプの第2バージョン、第3バージョンが月日と共にできていくんですね。プロトタイプとして完成したものが、このアルバムに収録されています。

──上原さんが曲のテーマや方向性を2人に伝えることもあるんですか?

上原ひろみ

伝えないですね。音のみです。

──そこに言葉を挟むと曲の本質がズレてしまう?

いや、そんなこともないですけど、必要性を感じないからですね。音で会話をしている人たちなので、言葉で会話をする必要がないんです。楽譜には曲名を書きますし、ライブのセットリストを組むときに必要なので紙に曲名を書きますけど、本来はそれも必要ないくらい音がすべてですね。

──音がすべてだからこそ、ライブでどんどん曲も変化していくだろうし、それこそがだいご味でもある。

そうです。ライブで即興を重ねるたびにどんどん曲が伸縮し、変化していくのを楽しんでいます。今でもこのトリオの1作目(「VOICE」)の曲をライブでやることもありますけど、演奏すればするほど変わっていくので。それはすごく面白いです。

上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト feat. アンソニー・ジャクソン&サイモン・フィリップス ニューアルバム「SPARK」2016年2月3日発売 / ユニバーサルミュージック
「SPARK」
初回限定盤 [SHM-CD+DVD] 3564円 / UCCO-9998
通常盤[SHM-CD] 2808円 / UCCO-1167
プラチナSHM盤 [プラチナSHM] 3564円 / UCCO-40008
CD収録曲
  1. SPARK
  2. イン・ア・トランス
  3. テイク・ミー・アウェイ
  4. ワンダーランド
  5. インダルジェンス
  6. ジレンマ
  7. ホワット・ウィル・ビー、ウィル・ビー
  8. ウェイク・アップ・アンド・ドリーム
  9. オールズ・ウェル
初回限定盤収録内容
  • 「SPARK」スタジオ・ライヴ映像及び2014年12月東京国際フォーラム ホールA公演「ALIVE」「ワンダラー」ライヴ映像
上原ひろみ(ウエハラヒロミ)
上原ひろみ

1979年生まれ、静岡出身の女性ピアニスト。6歳よりピアノを始め、国内外のチャリティコンサートなどに多数出演する。1999年にアメリカ・ボストンのバークリー音楽院に入学。在学中にジャズの名門テラーク・レーベルと契約し、2003年にアルバム「Another Mind」で世界デビューを果たす。その後、「Boston Music Awards」でのベスト・ジャズ・アクト賞の受賞や、ミラノコレクションでの演奏、日本人初のニューヨーク・ブルーノートでの11年連続公演の実施など世界を舞台に活躍。2011年にはスタンリー・クラークのアルバム「The Stanley Clarke Band feat. Hiromi」で、第53回グラミー賞「Best Contemporary Jazz Album」を受賞した。また同年にはアンソニー・ジャクソン(Contrabass guitar)、サイモン・フィリップス(Dr)と結成した“上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト”として「VOICE」を、2012年に「MOVE」を、2014年に「ALIVE」を発表。2016年2月には同トリオとして4枚目となるアルバム「SPARK」をリリースした。