上原ひろみ|光はすぐそこ コロナ禍の気持ちをノンフィクションで表した「シルヴァー・ライニング・スイート」

コロナの影響でライブハウスの休業が相次いだ2020年。そんな中で、ジャズピアニストの上原ひろみは精力的にライブ活動を続け、SNS上で海外のミュージシャンとコラボレートしてきた。そういった試みが1つの作品として結実したのが、弦楽四重奏と共演した新作「シルヴァー・ライニング・スイート」だ。弦楽器の特性を生かしながら、クラシックや民族音楽などさまざまな要素を取り入れて作曲家として新境地を開拓。弦楽四重奏とスリリングな共演を繰り広げていく。音楽業界が危機に瀕している今、上原を突き動かしているものはなんなのか、話を聞いた。

また本特集の最後には上原と親交のある石川さゆり、甲本ヒロト(ザ・クロマニヨンズ)、吉田美和(DREAMS COME TRUE)からのコメントも掲載。名だたる先輩アーティストをも惹き付ける彼女の魅力とはなんなのか、併せてチェックしてほしい。

取材・文 / 村尾泰郎撮影 / 草野庸子
ヘアメイク / 神川成二衣装 / ミハラヤスヒロ

ストリングスの音には湿度がある

──どういう経緯で弦楽四重奏と一緒にやろうと思われたのでしょうか。

上原ひろみ

去年の8、9月にブルーノート東京で「SAVE LIVE MUSIC」というライブシリーズを開催しました。それは「コロナの影響でアーティストが来日できなくなって空いた穴を埋めさせてもらえないですか?」とブルーノートに相談して始めたイベントだったのですが、まず第1弾として16日間、ピアノソロでライブを行いました。そして第2弾が決まったとき、2015年に行った新日本フィルハーモニーとの公演でコンサートマスターを務めていらしたバイオリン奏者の西江辰郎さんが、いろんな音楽に好奇心を持たれていたことを思い出して。ピアノと弦楽四重奏の組み合わせが面白いかもしれないと思ったのがきっかけです。

──そして2020年12月28日から弦楽四重奏との公演をやられたことが今回のアルバムにつながったわけですね。ピアノとストリングスの組み合わせの面白さはどんなところだと思いますか?

まず、ピアノと弦楽器の相性のよさをすごく感じました。オーケストラと比べて弦1つひとつの個性が引き立つので、それぞれの楽器とピアノとの融和を考えるのがすごく面白かったです。

──作曲も可能性が広がりますね。

弦楽器を想定して曲を書くと、ピアノとは違ったメロディが書けるんです。ピアノは鳴らした瞬間から音量が下がっていくけど、弦楽器は音が伸びるし、次第に音量を上げていくこともできる。このパートはバイオリンがメロディをとる、とか、ここはビオラがメロディをとるとか、いろいろバリエーションを考えることもできますし。

──アルバムの1曲目「アイソレーション」のイントロからバイオリンが奏でる力強いメロディが印象的です。

あれはピアノだったら書かないメロディですね。“ミ、ミ、ミ”ってただ弾くだけでも、やっぱりピアノではあの独特の音の長さが出ないし、ピアノだと音がさらっとしてしまう。ストリングスの音には独特の湿度があるんです。

──確かに。ピアノと一緒に演奏することで弦楽器のしっとりした感じが引き立ちますね。

「アイソレーション」の繰り返しのフレーズには絶望と希望が込められています。ずっと今の状態が続いて行くのかな……という不安がありつつ、どこか希望を求めている。そんなフレーズがピアノの音だと硬質なので寂しげになってしまいますが、バイオリンだと雪を踏んで歩くときの冷たさと温かさが伝わってきます。

上原ひろみ

ブルーノートに表札付けとけば?

──アルバム前半に収録された組曲「シルヴァー・ライニング・スイート」は、この「アイソレーション」をはじめとして「ジ・アンノウン」「ドリフターズ」「フォーティチュード」の4曲で構成されています。曲名を訳すると「孤立」「未知」「漂流」「不屈」となりますが、この組曲にはどんな思いが込められているのでしょうか。

コロナ禍で自分が感じた4つの象徴的な感情です。孤独な感じ。未知なものと闘う不安。気持ちの置き所がわからないまま漂うという雰囲気。とにかく負けちゃいけない!って歯を食いしばる気持ち。そういう感情をもとに曲を書きました。

──2曲目の「ジ・アンノウン」は不穏なざわめきに満ちていますね。

これまで自分が体験したことがない状況で何と闘っているのかわからない。それで混乱して、ストレスが溜まって未知のネガティブを生む。そういう負のスパイラルに巻き込まれていく感じを曲にしました。

上原ひろみ
上原ひろみ

──3曲目の「ドリフターズ」はストリングスの旋律があてどない浮遊感を表現しています。そして、4曲目の「フォーティチュード」は力強いピアノが前面に出て、上原さんの強い意思を感じさせました。

この状況に屈しない!という反骨精神をピアノの四つ打ちで表現できたらいいな、と思って書きました。そこに弦楽器を加えて最後にユニゾンにすることで、仲間と助け合っていく、というイメージも出しています。

──ピアノにチェロが寄り添ってベースの役割を果たしているのが面白いですね。

最初、西江さんに「こういう曲でライブをしたい」と話をしたときに、チェロ奏者にはジャズのベースの役割をしてもらうことが多いので、コードが読める人がいいという話をしました。

──今回のアルバムではジャズとクラシックの要素が巧みに溶け合っていますね。アルバム収録曲のうち3曲は、去年SNSで企画した「One Minute Portrait」(参照:上原ひろみが1分間の動画企画「One Minute Portrait」開始、第1弾でスティーヴ・スミスとコラボ)で生まれた曲をもとにしているとか。これはリモートで海外のアーティストと共演するという企画でしたが、どういう経緯でスタートしたのでしょうか。

去年はライブがキャンセルになったとか、クラブが閉店したとか、毎週のようにネガティブなニュースが耳に入って来て。そんな中で自分のモチベーションを高めるにはどうしたらいいんだろうと考えて、そういう場所を自分で作るしかないという思いに至りました。自分にとって曲を書くというのがモチベーションであり、エネルギーの発散場所になっているので、書いた曲を何か面白い形で発表できないかと考えて、そこで思いついたのが「One Minute Portrait」です。Instagramでは動画を1分間しか通しで載せられないという制限があったので、その1分間というのを縛りにして曲を作ってInstagramに上げようと考えました。仲間のミュージシャンに連絡したら、みんな時間を持て余していたらしく喜んでくれました(笑)。

──みんなもエネルギーの発散場所を求めていた?(笑)

そうです。ネガティブな状況下で何かを作り出すというのは、私にとって唯一ポジティブなことでした。曲を書くとライブでやりたくなる。そしていつかライブでやりたいと思う気持ちがどんどん溜まっていく中で、「SAVE LIVE MUSIC」という形でブルーノート東京でやれるようになった。矢野(顕子)さんに言われました、「ブルーノートがあってよかったね。表札付けとけば?」って(笑)。

──居候みたいに(笑)。上原さんにとってブルーノートは大切な家であり、避難場所でもあったわけですね。

私がライブをすることでブルーノートが営業するし、そこで働く人にも仕事が生まれる。そう思って始めたのですが、ライブハウスが助かるということは、自分も救われるっていうことなんだと実感しました。

──そのライブを観て、音楽を求めていた観客も救われたでしょうね。「One Minute Portrait」ではどういうテーマで曲を書かれたのでしょうか。

この人とこういう曲をやったら面白いだろうな、という共作の絵を思い浮かべて曲を書いて先方に送りました。相手の即興のパートも入れて、相手がどういうふうに弾いてくるのかというところも想像しつつ余白は残しておいて。

──リモートのセッションというのは難しそうですね。

1分がギリギリでしたね。インプロビゼーションって相手の呼吸を読んで呼応し合うことなので、同じ場所にいないと難しい。1分の曲でメロディを弾いてアウトロを付けるとなると、インプロビゼーションのパートって10数秒くらい。それならギリギリ可能だなという感じでした。