音楽ナタリー Power Push - 上原ひろみ

心の衝撃から始まる物語

「音楽で世界はまとまるんじゃないか?」って本気で思う

──今、上原さんは1年のうちどれくらいの時間を日本で過ごしているんですか?

上原ひろみ

年によって違いますけど、1年の半分、もしくは3分の2くらいはいろんな国にツアーに出ているので。それ以外はアメリカにいたり、日本にいたりという感じですね。

──上原さんだからこそ、今の日本という国やその文化を俯瞰で見られているところもあるのかなと思うんですね。上原さんの目に今の日本はどう映っていますか?

安全、ですね。みんな同じ言葉を話しますし、育ってきた環境や倫理観にそこまで差異がないと思うんです。イコール、そんなに確執も起きないので安全だなと。安全というのは、安心という意味においてですね。もちろん、重大な事件や事故も起こりますけど、国よっては本当に危ない地域があるので。どこの国のガイドブックにも「日本は安全」と書いてありますから。私は海外の外務省の渡航情報で黄色に塗られている危険な地域に行くこともけっこうあるので。

──日本にいると気持ちが落ち着きますか?

ボーッとしながら歩けるので、それはすごいことだと思います。「今日は暖かいな、いい匂いがするな」と思いながら歩ける国はそんなにないんですよね。

──アメリカはどうですか?

上原ひろみ

日本よりは気を引き締めないといけないですよね。特に外が暗くなってからはボーッとしながらは歩けないですね。

──アメリカにいると音楽家としても気が引き締まりますか?

ミュージシャンとしてはどこの国にいてもあまり変わらないと思います。自分が何かを見つけたいという欲求、作りたいという欲求があればどこの国にいても同じですね。作りたいというハングリー精神がなければ、どこの国にいても何も作れないと思います。

──いろいろな国へ移動することも作品をクリエイトする刺激になりますか?

移動そのもの自体は刺激にはならないですね。だいたい早朝移動で寝ていることが多いので、移動は疲れるだけです(笑)。もちろん、到着した先には刺激があります。自分が生まれ育った場所ではない国に行って、いろんな文化や自分とは異なる考え方に触れること。それが音楽的な刺激になると無理やりこじつけたくはないんですけど、いろんな人間がいると感じることは、1人の人間として勉強になります。海外に行くと、こちらが「普通、ここは謝るだろう」と思うところで謝らない人がいっぱいいるんですね。でも、向こうにしてみれば、「なんでこんなことで謝るんだろう?」という場面で私たちは謝ってるとも思うし。

上原ひろみ

──そうですね。

自分たちから見たら変なことが、相手から見たら私たちのほうが変ということも多々あると思いますし。1つの文化の中で育って、頭の中に固定概念が植え付けられることは誰もがあると思うんですけど、私はそれがどんどん壊されていく日々を送っているので。本当に「郷に入っては郷に従え」と言いますか、その国の文化に倣って仕事することを求められる。だからこそ、いろんな人がいるなと感じることは、自分にとって大きな財産だと思います。

──こういう話を聞いても、やはり上原さんは人としても音楽家としてもフラットな感覚と視点を持っていると強く思います。

とても不思議なんですよ。例えば「1週間、あなたが食べたいものをなんでも食べていい」と言われたときに、おにぎりやそばを食べたいと思う私たちがいる。その一方で、パンやパスタを食べたいと思う人たちもいるわけで。そうやって、食べたいものも考え方も違うのに、なんで同じ音楽で通じ合えるのかと考えるといつも不思議に思うんです。いろんな国に行って、いろんな人に会って、いろんな価値観に触れると、分かり合うことの難しさを1人の人間として感じることはたくさんある。だからこそ、相手の文化や価値観に合わせるために、いつもグッと1回自分が育ってきた感覚や固定概念をないものにして、相手に合わせなきゃいけない。でも、そういう日々を送ると余計に世界は広いなと思うんです。ツアーを回っていると、前日に行った国と政治的にあまり仲よくない国に次の日に行くこともあるんですね。でも、同じ音楽で通じ合えるんですよ。

上原ひろみ

──そんなに素晴らしいことはないですよね。さらに、このトリオは3人とも母国が違うし。

そうですね。それはすごく不思議なことでもあり、その瞬間、世界は広いなと思っていた感覚とは真逆の、世界は小さいなと思う感覚を覚える。「音楽で世界はまとまるんじゃないか?」って本気で思う瞬間があるんです。音楽が持つ不思議な力を感じますね。

──最後に、2016年は「SPARK」とともに過ごしていくことになると思いますけど、どういう1年にしたいですか?

1本1本のライブと大切に向き合う日々を積み重ねていくと、気付いたら1年が過ぎてしまうので。毎日「今日のライブをやってよかった、素晴らしいライブになった、明日こそもっと最高のライブにしよう」と思えるように、目の前のライブに集中する1年にできたらと思います。

上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト feat. アンソニー・ジャクソン&サイモン・フィリップス ニューアルバム「SPARK」2016年2月3日発売 / ユニバーサルミュージック
「SPARK」
初回限定盤 [SHM-CD+DVD] 3564円 / UCCO-9998
通常盤[SHM-CD] 2808円 / UCCO-1167
プラチナSHM盤 [プラチナSHM] 3564円 / UCCO-40008
CD収録曲
  1. SPARK
  2. イン・ア・トランス
  3. テイク・ミー・アウェイ
  4. ワンダーランド
  5. インダルジェンス
  6. ジレンマ
  7. ホワット・ウィル・ビー、ウィル・ビー
  8. ウェイク・アップ・アンド・ドリーム
  9. オールズ・ウェル
初回限定盤収録内容
  • 「SPARK」スタジオ・ライヴ映像及び2014年12月東京国際フォーラム ホールA公演「ALIVE」「ワンダラー」ライヴ映像
上原ひろみ(ウエハラヒロミ)
上原ひろみ

1979年生まれ、静岡出身の女性ピアニスト。6歳よりピアノを始め、国内外のチャリティコンサートなどに多数出演する。1999年にアメリカ・ボストンのバークリー音楽院に入学。在学中にジャズの名門テラーク・レーベルと契約し、2003年にアルバム「Another Mind」で世界デビューを果たす。その後、「Boston Music Awards」でのベスト・ジャズ・アクト賞の受賞や、ミラノコレクションでの演奏、日本人初のニューヨーク・ブルーノートでの11年連続公演の実施など世界を舞台に活躍。2011年にはスタンリー・クラークのアルバム「The Stanley Clarke Band feat. Hiromi」で、第53回グラミー賞「Best Contemporary Jazz Album」を受賞した。また同年にはアンソニー・ジャクソン(Contrabass guitar)、サイモン・フィリップス(Dr)と結成した“上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト”として「VOICE」を、2012年に「MOVE」を、2014年に「ALIVE」を発表。2016年2月には同トリオとして4枚目となるアルバム「SPARK」をリリースした。