2023年に事務所を独立し、新たなスタートを切ったヴィジュアル系バンドvistlip。2024年7月に結成18年目を迎えた彼らが、ニューアルバム「THESEUS」のリリースで2025年の幕を開ける。
約3年ぶりのオリジナルアルバムのテーマとして掲げられたのは“嘘”や“矛盾”。「物の構成要素すべてを新しい部品に置き換えたとき、それは以前のものと同一物と言えるのか、あるいはまったくの別物と言うべきかという問題」を指す「テセウスの船」がアルバムのタイトルに引用されている。
「テセウスの船」の問題とは相反するようにメンバーチェンジもなくここまで活動してきたvistlipは、このアルバムを通してリスナーに何を伝えたいのか? 彼らの“音楽的雑食性”を打ち出した新作の制作エピソードをもとに、その意図を紐解く。
取材・文 / 森朋之
「嘘と矛盾」の延長線上に
──2年10カ月ぶりのアルバム「THESEUS」が完成しました。まずはアルバム全体のテーマについて聞かせてもらえますか?
智(Vo) ライブ会場と通販限定のシングルとして制作した「B.N.S.」のテーマが「嘘」「矛盾」だったので、その延長線上でアルバムのコンセプトを決めた感じですね。具体的なテーマとしては……希死念慮というか、死に向けたメッセージというものが世界中にあふれていると思うんですよ。僕自身も昔からそういう言葉をリスナーから受け取ることが多かったんですが、「みんな、本当に100%死にたいと思っているんだろうか?」という疑問にぶち当たるわけです。そういう人たちを救えるように音楽をやってきたところもあったけど、「俺は無力なのか?」「自分はどういう存在なのか」といういろんな思考を巡らせる中で、「このこと自体をテーマにして、いろんなシチュエーションを描いてみようかな」と思って。「嘘と矛盾」をもとにしながらタイトルを何通りか考えて、それをメンバーに送ったんです。その中で最後に出てきたのが「THESEUS」だったんですが、メンバー的にもそれが一番しっくりきたみたいで。
──メンバーにコンセプトを共有してから楽曲の制作に入ったんですか?
智 いえ、曲自体はもっと前からあったものが多いですね。結局は僕がテーマに沿った歌詞を書くことで、アルバムとして完成に近付くと思っていて。そこは任せてもらって、楽曲や音に関しては、今はメンバーそれぞれがやりたいこと、自信のあるものを形にしていくタイミングなのかなと思っていました。もちろんみんなで曲を選んで、ブラッシュアップしていきましたが。
──vistlipはYuhさん、Tohyaさん、瑠伊さん、海さんが作曲を担当しています。今回のアルバムのタイミングでは、どんなモードで制作に臨んだんでしょうか?
Tohya(Dr) これまでは智から「こういう感じで作ってほしい」という提案があることが多かったんですけど、今回は明確な要望がなくて。ひさびさに自由に作った気がしますね。
智 「ひさびさに」って言うな(笑)。
Tohya (笑)。自分としては「こういう曲が欲しい」と言われたほうが作りやすかったりするんですが。初期の頃は何も考えずに自由に作ってたけど、途中からは自分がやりたいことというより、バンドの方向性に合ったものほうが曲が生きるのかなと思うようになって。本当に自由に作ると「これ、vistlipじゃないよね」みたいな曲も作ってしまうんですよ。だけど今回は最新の自分と過去の自分のバランスが取れた曲が残りましたね。
──Tohyaさんが作曲した楽曲の中で、アルバムの軸になった曲は?
Tohya 軸というか、自分が書いた「Mary Celeste」が1曲目のインスト「Port Dorothy(Instrumental)」のあとにくるのは想定してなかったんですよ。でも、全部できあがってから「テーマにも合っているし、スタートにふさわしい曲だな」と思いました。
──「Mary Celeste」は華やかさもありますからね。曲の終盤ですさまじいシャウトがいきなり聞こえてきますが、あれはいったい……?
Tohya あれは海くんのシャウトですね。智さんの提案です。
智 誰が聴いても違和感を感じるようにしたくて。作曲者のTohyaも海も、何をやろうとしてるのかよくわかってなかったみたいだけど。
海(G) (笑)。
智 「Mary Celeste」はすごくvistlipらしい曲だと思うんですが、きれいな世界を表したかったわけではなくて。もっと混沌が欲しかったというのかな。グチャッとした感情を曲の中でどう表現するかを考えていたし、違和感を覚えてもらったのであれば狙い通りですね。
無理に合わせず
──瑠伊さんは「Dolly」「Fairy God Mother」の作曲を担当しました。「Dolly」はアルバムの中でも際立ってポップな曲ですね。
瑠伊(B) この曲は2年前くらいからあって、今回のタイミングでさらにブラッシュアップしました。僕はそのときに聴いているものやハマってるものからヒントを得ることがけっこうあるので、この曲を作った頃はポップなものを聴いてたんだと思います。それと、作る曲にいつも新しい要素を入れたいとも思っていて。「Fairy God Mother」のラテンのテイストはvistlipで今までやったことがなかったし、そこは意識的に入れたところもありますね。「もう1回vistlipとしてミクスチャーをやってみようか」というテーマがメンバーの間で出てきたタイミングがあったんですよ。初期の頃はミクスチャーを意識してたんですけど、そこに戻ってみるというか。
──なるほど。Yuhさんが作曲した「Candy Sculpture」「Ceremony」「Fafrotzkies」にもミクスチャー感がありますね。
Yuh(G) もともと僕がvistlipでやりたいことの1つがミクスチャーだったんです。今回はそこを突き詰めたくて。あとはBring Me the Horizonも好きなので、ヘビーなサウンドにエレクトロ系、EDMを混ぜた曲もやりたかった。
──海さん作曲の「Matrioshka」は、サウンドの歪みとポップなメロディの対比が印象的です。
海 これはけっこう前に作った曲が元になっているんですよ。以前、智に聴かせたら「この曲が必要なタイミングが来るから、そのときにもう1回出して」と言われて。アルバム制作のタイミングで作り直して聴いてもらったら、智はすっかり忘れてたんですけど(笑)、気に入ってくれて。最後のほうにハーモニカの音が入ってるのは、レコーディングの終盤で智が「ハーモニカが鳴ってたら気持ちいいだろうな」って言い出したから。その場でTohyaくんが「こんな感じかな」とフレーズを作ってくれて。ハーモニカもTohyaくんに吹いてもらいました。
Tohya 智に「ここにハーモニカを入れたい」と言われて、すぐにイメージが浮かびました。ただフレーズ自体はすぐにできたけど、全然吹けなくて。短いフレーズを2時間くらいかけて録りました(笑)。
海 レコーディングしたのがけっこう夜中で、3人ともちょっとハイになってたよね(笑)。「Matrioshka」はハモリも僕がやってるんですけど、それもいきなり「やってみるか?」って。
──その場のノリで?
智 そうですね(笑)。海のコーラス、ズレズレで面白いんです。
海 きっちり合わせたところで、「がんばって合わせました」という感じにしかならないですからね。智にも「無理に合わせなくていいから、自分の感じで歌って」と言われて、リズムだけ気にしながらけっこう自由に歌ってます。
智 Tohyaの拙いハーモニカとか、海と俺の歌が合ってないのもそうなんですけど、ホームメイド感がすごくあるな思ったし、それがこの楽曲にはハマるんじゃないかなと。自分としても満足してますね。
──きれいに整えるのではなくて、あえて人間味を出していこうと?
智 そうですね。「Matrioshka」は歌詞で使ってる言葉もかなり汚いし、トータルの表現として不完全なものにしたくて。レコーディングしているときに、そういう方向にどんどん進んでいきました。
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普通、歌詞でゲロって使う?