ナタリー PowerPush - 人間椅子
イカ天出演から22年 傑作アルバム「此岸礼讃」堂々完成
人間椅子が通算20枚目となるニューアルバム「此岸礼讃」をリリースした。ナタリーではこれを記念し、“プロインタビュアー”の肩書きで知られるライター吉田豪による、和嶋慎治(G, Vo)へのロングインタビューを企画。彼の人生観や音楽観、バンドとしての活動スタンスに至るまでを縦横無尽に紐解いた。
取材・文 / 吉田豪 インタビュー撮影 / 中西求
「イカ天」に出た次の日から世界が変わった
──ボクは「バンドライフ」という主に80年代に活躍したバンドマンのインタビュー集を出していて、「イカ天」からはたまの石川浩司さんとカブキロックスの氏神一番さんに登場してもらってるんですけど、やっぱり「イカ天」の呪縛ってすごいなと思うんですよね。
そうでしょうね、ずっと最後までついて回りますから。
──あれってメリット、デメリットでいうとどっちが大きいんだと思います?
そりゃ全然メリットのほうが大きいと思いますよ。
──圧倒的に当時の追い風が今でもメリットになっている、と。
それはもう自分の中では整理がついてるんですよ。最初の数年は、出る杭は打たれるじゃないですけど……。
──評価はされない時代がまずありますよね。
そう、例えば「宝島」っていう雑誌が、当時音楽雑誌だった頃に「人間椅子はロック的じゃない」という感じでいろいろ書かれたりして。
──あの雑誌は線引きが独特でしたからね。最初はユニコーンを扱わなかったりとか。
そういう自分たちの好きな人しか持ち上げないっていうのがあったね。まあ、そういうふうにいろいろ言われたりもしたんですけど、当時はインターネットとかないですから。テレビに出たことによってみんなデビューできたんですよ、やっぱり。あれに出なかったら、多分……。
──ずっと地道にやっていたかもしれないし。
うん、それか辞めてるかで。そういう意味では、良かったか悪かったかわからないですよ。みんなそれで人生が狂いましたから(笑)。
──ダハハハハ! あのとき、本来そこまで売れるはずじゃないようなバンドが異常に売れたわけで。
まあ、デカく売れましたからね。それで勘違いするというか。まあ、そうなるべくしてそうなったんじゃないかなという気もしますけど。
──人間椅子はそんなに勘違いはしなかったですよね。
そう、一応自分たちは本格的なロックをやってるという自負は、若いなりにあのときもありましたから。決してイロモノじゃないという気持ちはあったし、ほかとは違うっていう感覚もあったから。だからこそ、僕らはあんまり売れないと思ったんですよ。当時は“バカロック”とかそういうのが流行ってたから。でも、僕らがやってるのは、どっちかっていうとちょっと……言い方はあれですけど、知的な感じの世界だったりしたもんで、普通にライブハウスでやってもあんまり受け入れられないかなと思ったんだけど。
──見た目はテレビ的だったけれども、中身はテレビ的じゃなかったというか。
うん。だから、僕らは普通にはデビューできないだろうなと思ってたし。当時はそういうハードロックとかはカッコ悪いとされてるジャンルでしたからね。でも「イカ天」に出ることによってデビューできたから、これはありがたいことだと思ってますよ。
──あの時期、BLACK SABBATHみたいなバンドってほかになかったですもんね。
うん、なかったです。そのあとですよ、そういうのが受け入れられるようになったのは。当時はなかったので。だから、番組に出れば当然ライブの動員も増えると思って、僕らとしてはただ宣伝のつもりで出たんですけどね。まだ「イカ天」がブームになる直前ぐらいだったんで、一緒にその波に乗っかって。でもよかったですよ、動員も増えたし、メジャーと契約できましたから。
──当然、戸惑いますよね。状況の急激な変化に。
うん、戸惑いましたね。だって突然、自分の知らない人が自分のことを知ってるっていう状況が生まれるわけで。1日経ったら世界が変わりましたからね。「イカ天」に出た次の日に街を歩いてたら、そうなったから、これは怖いと思いました。
俺はテレビに騙されたとは思ってないです
──あの番組は制作会社がまず売れそうなバンドを囲い込んだりとか、いろいろあったみたいですね。
そういういろんな大人の図式もあったけど、当時はわからなかったですね。なんか言われるがままにやって、それがダメな人は「イカ天」に出てもそこから線を引いて出てったりもしたし。
──とりあえず、この波に乗ってみようっていう感じだったんですか?
僕らは本格的にバンドをやり出して半年か1年ぐらい経って「イカ天」に出たんで、あんまりそういう状況を知らなかったんですよ。
──当時の話をバンドの方々に聞いてると、口を揃えて言うのが「騙された」ってことなんですよね。
まあ、みんなそう言うだろうね。
──あ、やっぱり(笑)。
でも、俺は騙されたとは思ってないですよ。勉強になったと思ってる。
──金銭的にはひどい目に遭ったって人が大勢ですね。
そうですね、入ってこなかったからね、何も。
──何も?
何も入ってこなかったと言っていいですね。
──そうだったんですか!
多分みんなそうじゃないかな? いや、頭いい人はどっかでもらってたはずだろうけど。
──印税とかのシステムをいいようにごまかされてたっていうのはよく聞きますけどね。
印税はもらってたはずです。ただライブのギャラとか、そういうのはなかったですよ。
──給料1桁とか多かったですもんね、皆さん。2桁いってるだけで「すごいですね」って話になるぐらいの。
当時はそうでしょうね。あれだけ人数いたからそうだったのかな? ……いや、でもやっぱりおかしいですよね。
──時代はバブルだったんだから、明らかにおかしいですよ(笑)。
だからテレビの世界は怖いですよね。
──でも、痛い目に遭ったって思いはなかったんですか?
まあ、こっちが何か取られたわけじゃないから。結果的には取られてるんだろうけど、そういう感覚がなかったから。むしろ、給料も出るし。
──好きな音楽ができてお金がもらえて、メジャーデビューして動員も増えて。
それだけで幸せな感じでしたよ(笑)。あとから、いいように使われてたんだなっていう意識は出ましたけどね。
──周りは誤解しますよね。「儲かってんでしょ?」とか。
そうそうそう。でも、それでひどいことされたって恨んだりとかっていう思いはないんですよ。そういう負の思いをずっと持ち続けて活動してる人って、なんかくすぶってる気がするんだよね。いいじゃないですか、氏神くんだって今もこうしてやれてるのは、「イカ天」に出たからですよ。だからあの番組に出て、今でも地道に活動してる人も結構いますよね。辞めた人もいっぱいいるだろうけど。
──例えばBLANKY JET CITYみたいに、「イカ天」的なイメージを消せるバンドもいますよね。
そうだよね、誰もBLANKY JET CITYを「イカ天」バンドだと思わないですよね。あれは多分デビューが決まってから宣伝のために出たんじゃないかな?
──そういう大人の事情がいろいろあった、と。
ただ、数年前に「イカ天」の特番をたった1日だけやったんですけど、「あれで初めて観ました」って若いお客さんがそのあとのライブにいっぱい来て。だからやっぱり感謝するべきなんですよ。あの特番に「出ない」って言ったバンドもいたかもしれないけど、僕らは今全然露出するとこないから、「全然いいですよ」って。
──やっぱり地上波の影響力はデカいですからね。あの当時の深夜だったら、なおのことだろうなっていう。
そう、すごいんですよ。
CD収録曲
- 沸騰する宇宙
- 阿呆陀羅経
- あゝ東海よ今いずこ
- 光へワッショイ
- ギラギラした世界
- 春の匂いは涅槃の薫り
- 悪魔と接吻
- 泣げば山がらもっこ来る
- 胡蝶蘭
- 地底への逃亡
- 愚者の楽園
- 地獄のロックバンド
- 今昔聖
人間椅子(にんげんいす)
和嶋慎治 (G, Vo)、鈴木研一(B, Vo)、ナカジマノブ(Dr, Vo)による3ピースバンド。1989年に出演したTBSテレビ系「平成名物TV イカすバンド天国」で高い評価を獲得し、1990年7月にメルダックより「人間失格」でメジャーデビューを果たす。その後インディーズでの活動や、ドラマーの交代などを経ながらも、コンスタントにライブやリリースを重ねていく。確かなテクニックに裏打ちされたライブパフォーマンスや、ハードロックを基調とした独自のサウンド、文学的な歌詞などで、音楽ファンの厚い支持を集め続けている。