吉乃がメジャー1stアルバム「笑止千万」をリリースした。
昨年10月、2つのアニメタイアップ作品をリリースしてメジャーデビューを果たした歌い手・吉乃。デビューからわずか4カ月ほどでリリースされるメジャー初のアルバム「笑止千万」は10曲のオリジナル楽曲で構成され、うち8曲がみきとP、獅子志司、児玉雨子、香椎モイミをはじめとした気鋭のクリエイターたちと制作された新曲となる。音楽ナタリーでは吉乃にインタビューし、“自信作”であるという1stアルバムの制作の舞台裏から今年の抱負まで、さまざまな話を聞いた。
取材・文 / ナカニシキュウ
ほぼ毎日過去を振り返っています
──前回のインタビュー(参照:吉乃特集|“普通の人間”はどこまでいけるのか メジャーデビューの先にある等身大の挑戦)はメジャーデビュー直前のタイミングでした。実際にデビュー日を迎えて以降、何か変わったことはありましたか?
なんらかの変化があるのかなと思ってたんですけど、まだそんなに変わったことはなくて。これからだなって日々思っているところです。
──気持ちの面ではどうですか?
近頃はほぼ毎日過去を振り返っています(笑)。今回、みきとPさんや獅子志司さんといった方々に楽曲を提供していただいて。自分にとって青春そのものと言えるようなボカロPの皆さんに自分の楽曲を作ってもらったんだなと思うと、自分の過去に思いを馳せてしまうんです。
──過去の自分に自慢したいような気持ち、ということですか?
自慢という感じではないですね……過去の自分に自慢できるほどの大きな存在になれたという自覚もないですし。「あり得ないことが起きている」という気持ちのほうが強いです。
──今回、楽曲のオーダー内容などについても、吉乃さんの意向が反映されていますか?
がっつり反映されています。全部「こういう曲にしてほしいです」という要望をお伝えしたうえで作っていただきました。ただ、メジャーデビュー曲の「ODD NUMBER」や「なに笑ろとんねん」もそうだったんですけど、例えば「リファレンス曲をください」と言われたときにどうしたらいいかわからなくて。適切に要望を伝達するためのリファレンスの選び方、イメージの伝え方から手探りでしたね。ひたすら情に訴えかけてみたりとか(笑)。
──音楽のイメージを言葉にするのって、ものすごく難しいですもんね。
言語化することによってチープになるのも嫌だし、本当に難しいです……! だからこそ、作家さんのほうから「吉乃さんにこう言ってもらえたから力を入れて作れました」などとお言葉をいただけたりすると、伝わってよかったなと心から思います。
バンドサウンドが減ってる気がする
──例えば「転校性」を制作したみきとPさんにはどんなオーダーを?
「みきとPと言えば?」と聞かれて挙がる楽曲って、私の中では「バレリーコ」とか「ロキ」、「少女レイ」など、どちらかと言うと学生っぽい曲のイメージがあったので、そのあたりを回顧してほしいとお伝えしました。聴き手のみんなに青春を取り戻してほしくて。
──“あの頃のみきとP”をみんなに届けたいと。
もちろん今のみきとPさんも素敵なんですけど、「あの頃を再現していただきたい」という思いがありました。あと、個人的に最近のボーカロイド界隈はバンドサウンドが減ってきている気がしていて。もっとギターをかき鳴らすようなサウンドの曲を歌いたいと思ったんです。
──確かに、アルバムを通してギターサウンドの曲が多いなという印象がありました。吉乃さんご自身が意識的に選び取ったものだったんですね。
今はダウナーでチルな感じのエレクトロ系が主流なのかなと感じるんですけど、そういう曲調は自分よりもっと似合うシンガーさんがほかにいっぱいいるよなと。だからこそ、「転校性」のデモが上がってきて、イントロを聴いた瞬間に「そうです! これです!」ってなりました。歌のパートを聴く前なのに!(笑) ライブでパフォーマンスするイメージもすぐに湧いてきたので、だいぶ気が早いですけど、ライブが楽しみになりましたね。
──歌に関してはどうでした?
とても難しかったです。音程が高かったり低かったりで……A、Bメロは低くて、サビはすごく高いんですよ。歌詞の内容も見ながら「A、Bメロは冷たい感じに、サビでは思春期っぽい幼さも出したい」と思って臨んだんですけど、そういう普段あまりやらない表現に挑戦したこともあって、より難しかったです。
──歌い手としてのチャレンジも詰まっているという。
そうですね。「転校性」に限らず全曲にチャレンジが詰まっています。
──高音で言うと、「エンドレス」は息継ぎをするタイミングもなさそうだしずっと高いしで、シンプルにフィジカルがしんどそうな曲だなと感じました。
私、裏声が苦手で。ピッチにもよるんですけど、裏声よりも声を張るほうが得意なんですよ。でもこの曲で張るのは違うよなと思って。「エンドレス」は「なに笑ろとんねん」とはまた違った形で艶っぽさがあって、キラキラして聴こえたんですよね。ガーネットの花のような、暗い色の宝石のようなイメージというか……こういう迫力あるサウンド感の楽曲を裏声メインで歌う表現は今まであまりやってきていなくて。
──まさにそこが独特で面白いポイントだと思います。バラード曲ではないのにバラードのように響くというか。
ずっとやってみたかった表現でもあるし、これもライブで披露するのが楽しみですね。どの作家さんにも「ライブで歌います」とお伝えしたうえで作っていただいたんですけど、本当にライブ映えする楽曲がそろったなと思っています。
それはライブでやればよくない?
──歌の表現に関して、個人的に今作で一番グッと心をつかまれたのが「BAD MAD」でした。作り込まれすぎてないというか、いい意味で一番味付けがされていない印象があって。
普段よりラフな感じですよね。もちろん“普段とは違う歌い方”という“作り方”をするにはしてるんですけど、まっすぐに歌いたかったので。「ここにしゃくりを入れて」「ここにコブシを入れて」とかはそんなに考えなかったです。どちらかというと感情を優先した楽曲ですね。
──やはり吉乃さんというボーカリストの最大の特徴の1つに“変幻自在”というのがあると思うんですけど、ある種その武器を隠した状態の歌に聴こえたんですね。それを1stアルバムというタイミングで出すのは勇気のいる選択だったのかなとも思うんですが……。
そうなんですかね? 私としては、「いろんな曲をやってみたい!」って気持ちでした(笑)。偏ってしまうのが嫌で、「吉乃といえばこういう曲だよね」みたいにイメージが限定されるのは避けたくて。私自身が性格的に明るくも暗くもある人間ということもありますし、どちらの面も出していけたらとは思いました。
──そういう意味では、続く「我が前へ倣え」は「BAD MAD」とはまさに対極をなしていますね。使う武器の数を最低限に抑えた「BAD MAD」とは対照的に、こちらでは全部の武器を惜しみなく使っていて、ある種、ショーケースのような1曲だなと。
ホントにそうですね。ラップパートもあるし、どのセクションでどういう表現をするべきかの取捨選択はもうすごく悩んで。録っては消し、録っては消しを繰り返して、最後のギリギリまで試行錯誤し続けました。今、ショーケースという言い方をしていただきましたけど、音源として、ショーケースとして形に残る以上は、この楽曲が最大限映える歌い回しをしたいと思って。ついついその場限りの、感情に任せた歌い方をしたくなってしまう曲でもあるんですけど、その都度「そういうのはライブでやればよくない?」と思い直して丁寧に録っていきました。音源には音源のよさがあるし、ライブにはライブのよさがあるので、そこは切り分けたいなと思って。なんか私、目先の欲に負けやすいんですよ(笑)。アルバムの曲であってもライブのように作りたくなってしまうというか……。
──そのときどきの思いのままに歌ってしまいたい衝動に駆られがち?
そうですそうです。やっぱり音源は名刺代わりになるものだからこそ、自分の個性を出しつつも聴きやすい、取っつきやすいものであるべきと考えているので。まずは音源を通じて、多くの人に私の音楽を好きになってもらうことが大事で、衝動むき出しの歌はライブで披露すればいいというか。そういう点を踏まえた制作をできたという面で、このアルバムはすごく勉強になりました。
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