ナタリー PowerPush - いきものがかり
時を超えてよみがえるメロディ 勝負曲「ノスタルジア」リリース
ただ“届く”ってことを一番に考えたい
──吉岡さんの歌に対する姿勢の変化についてもう少し訊かせてください。自分の歌い方について今のように意識的に考え始めたのはいつ頃ですか?
吉岡 んー、やっぱりデビュー前後かな。なんとなく好きだから歌ってますっていうのから、よりたくさんの人に届けるにはどうしたらいいんだろうってことをすごく考えた時期で。それで試行錯誤して行き着いたのが、やっぱりストレートに歌うっていうことだったんですね。もともとビブラートとかもすごくかけちゃうほうだったんですけど、そういうのやめたんです。
水野 はたから見てると、はっきりとメロディを伝えることとはっきりと歌詞を伝えるってことを、すごく真正面からやってるなっていう印象でしたね。いろんなタイプのボーカリストがいて吉岡の場合は、っていうかいきものがかりの場合はメロディと歌詞をはっきり伝えてストレートに歌うほうがいいだろうって。そういう選択に落ち着いたんです。
吉岡 「歌がうまいね」って言われたらうれしいけどそうじゃなくて、「表現力がすごいね」って言われたらうれしいけどそうじゃなくて、ただ“届く”ってことを一番に考えたいんです。そうすると本当に、ただまっすぐ歌うのが一番いいのかなって思ったりする。今はそこをとりあえず一生懸命やってみようと思って。
──でも「まっすぐ歌う」ってきっと難しいことですよね。例えば「こういう癖のある歌い方が私の持ち味です」って決めてしまったほうが楽なんじゃないかと思うんです。でも吉岡さんはそれをやらない。
吉岡 それはやっぱり、曲にいきものがかりとしての統一感を持たせたいからなんですよね。例えば艶っぽい歌い方を自分の個性にしてしまったら、その声で少年の曲を歌うときに、私は多分すごく混乱してしまうと思うから。だから一番フラットなところにいようって。常に真ん中にいればどっちにも動けるし。だからそのまま、素材の味を生かすみたいな。
水野 僕らも吉岡がフラットでいてくれるから曲が書けるっていうのもあるんです。もっと癖のあるボーカリストだったら、そこに合わせないといけない。それはいきものがかりの在り方としてはあんまり良くないっていうか。
──癖がないからこそ、いきものがかりにはいろんな主題歌の話とかCMのオファーが来るのかもしれないですね。
水野 そうなんですかね(笑)。
山下 でもだんだんでき上がってきたんだろうなっていう感じはしますけどね。4、5年やってきて、聖恵の声がいきものがかりのアイデンティティになってきたから。
──その「いきものがかりらしさ」が固まってきた、きっかけみたいなものはあったんですか?
山下 いや、とにかく積み重ねだと思うんです。いろんな曲をリリースしてきて、それがある程度受け入れられて、そうすると聖恵の声に対して一般の人が「聖恵ちゃんだ」っていう認識を持ち始めて。そういう、この4年間の積み重ねが「いきものらしさ」みたいなものを作ってきたのかなっていうふうに思ってますけどね。
水野 でもそういう意味では、「ノスタルジア」の話に戻るんですけど、僕はこの曲が一番いきものがかりらしいと思ってるんですよね。路上ライブでもやれる曲で、歌詞の内容が作った本人から離れていて、歌ってる本人からも離れてて、だけど普遍性を持ってるっていう。今までのこの10年間のいきものがかりを一番象徴してる曲だと思うんです。しかも、書いた当時はそんなことまったく思ってなかった。ただ無邪気に書いたものがそうなってるってことが、僕はすごくうれしいんですよね。
嫉妬する。今はこんな曲書けないもん
──この「ノスタルジア」を聴いて、吉岡さんのシンガーとしての成長をすごく感じたんですが、同時に作家としての2人も当然成長していると思うんです。それについて水野さんと山下さんはどう感じてますか? 作家としての水野さんが、過去の自分が書いた「ノスタルジア」を聴いて「もっとこうすればよかった」と感じるところはありますか?
水野 あのね、「ノスタルジア」に関して言えば、甘いとこはないですよね。
──おー。
水野 嫉妬する。今はこんな曲書けないもん。
吉岡 曲を作り始めたばかりの頃に作ったんだよね。
水野 3、4曲目ですよ。19歳とかで。やっぱりね、この頃はもうまっすぐだったんですよね。「こんなものが書きたい」って思ったらそこに行きつくまでとにかくがんばる。「ノスタルジア」は本当に自分でも「いい曲書けた!」と思えたし、それ以来これを超える曲を書こうと思ってがんばってきたところはありますね。何年かに一度、自分の中でそんな風にエポックメイキングだって思えるような曲ができるんですよ。「帰りたくなったよ」だったり「コイスルオトメ」だったり。去年でいうと「YELL」だったり。なんかそういうふうに思えた一番最初の曲ですね。
───なるほど。でも19歳でこんな曲が書けたら天狗になりそうですね(笑)。
水野 いや、なんないですよ(笑)。別に評価されなかったし。歌いたくないって言われちゃったし(笑)。
山下 俺「いい曲じゃん」って言おうとした瞬間に聖恵が「ダメ」って言ったからブルブルでしたもん、そのとき。
──あはは!(笑)
吉岡 ……申し訳ない。
──ところで、山下さんは自分が書いた昔の曲についてはどう感じてますか?
山下 「よく書いたなあ、これ」っていうふうに思うことは多いかもしれないですね。歌詞で言えば、がんばって背伸びしてる感じの歌詞もあるし、逆にすごく純粋に書いてたなって思うものもあって。今だったらこういうふうには書かないなっていう歌詞もあるんだけど、基本的にはその時代の自分を尊重したいんですよね。この間もアルバムに昔の曲を入れたけど、歌詞は一字一句変えなかったし。
──変えたくはならない?
山下 いや、もちろん今だったらこう書くなっていうのは思うんだけど、でもあのときがんばって書いてたものですからね。
──当時の自分にとっての完成された世界があると。
山下 そう、がんばって完成させようとしてた世界が。だから歌詞変えるんだったらまた違う曲書くかな。そういう感覚はありますね。
いきものがかり
吉岡聖恵(Vo)、水野良樹(G,Vo)、山下穂尊(G,Harmonica)による3人組ポップユニット。1999年結成。当初は地元・神奈川での路上ライブを中心に活動し、2003年にインディーズで初CDをリリース。2006年に発売したメジャー1stシングル「SAKURA」がスマッシュヒットを記録し全国区の人気を獲得する。2007年3月には1stフルアルバム「桜咲く街物語」を発表。切なくてあたたかい等身大のポップチューンが老若男女問わず幅広い層から強い支持を集めている。2008、2009年の大晦日には「NHK紅白歌合戦」に連続出場。バンド名は、水野と山下が小学1年生のときに「生き物係」だったことから。