ナタリー PowerPush - いきものがかり
時を超えてよみがえるメロディ 勝負曲「ノスタルジア」リリース
いきものがかりがニューシングル「ノスタルジア」をリリースした。この曲はインディーズ時代の1stアルバムに収録され、ファンの間では名曲として古くから愛されているバラードナンバー。なぜこの曲が今、時を超えてリリースされることになったのか。吉岡聖恵(Vo)、水野良樹(G,Vo)、山下穂尊(G,Harmonica)の3人にその思いを訊いてみた。
なお、今回のシングルのカップリングには原田知世が1983年にリリースした「時をかける少女」のカバーも収録。インタビューではこの曲にまつわるエピソードや、今後のバンドの展望についても語ってもらっている。
取材・文/大山卓也
「こんな未練たらしい女の歌は歌いたくない」と思ってた
──今回リリースされる「ノスタルジア」はインディーズ時代のアルバムに収録されていた楽曲ということですが。改めてリリースすることになった経緯を教えてください。
水野良樹(G) タイミングをずっと狙ってたんですよ。この曲はデビュー当時からいつかまたリリースしたいってずっと考えてて、オケはデビュー前にもう録ってあったんです。で、そうこうしてるうちに4年ぐらい経ってしまったんですけど、そんなときに「時をかける少女」の主題歌のお話をいただいて。最初は映画サイドから「新曲を書いてください」と言われたんですよね。
──脚本を読んで書き下ろしてほしいという感じで?
水野 そうです。でも、スタッフに「ノスタルジア」がはまるんじゃないかって言われて、歌詞を見直してみたら、これが「時をかける少女」に合いまくってたんですね。それで映画サイドに「実はこういう曲があってレコーディングしてあるんですけど、ちょっと聴いてみませんか」って提案して。そしたらすごく気に入ってくれて、これでいきましょうってことに。
──インディーズ時代の曲を再度リリースすることに抵抗はなかったですか?
山下穂尊(G) ないですね。昔やってたものを大切にしようっていう気持ちで。環境も違うし、いいものは出していこうっていうくらいのもんです。
吉岡聖恵(Vo) うん、(2008年リリースの)「花は桜 君は美し」もインディーズのときの曲だし、そのときによって、例えばアルバム作るときにこういうテイストが欲しいと思ったらそれがいつの曲だとか関係なくもう迷わず持ってくるし。作った年代は関係なく、今出したいから出そうって本当にそれだけなんです。
山下 今までのアルバムにも古い曲は結構入れてますからね。
水野 ただ「ノスタルジア」は特に印象が強かったっていうのはありますよ。だからアルバムの中の1曲とかっていう形じゃなくて、ちゃんとシングルとして、より多くの人に聴いてもらえるところで出すもんだっていうイメージは、なんとなくあったと思う。
──やっぱり当時からバンドにとって特別な曲だったんですね。
山下 まあ、勝負曲ですね。路上で人を止めるとか、他にも例えば曲を聴いて事務所の人が動き出したりとかライブハウスの店長が声をかけてくれたりとかってのが、この曲で始まった感じがあるなあ。
──この曲ができたときのことは覚えてますか?
水野 この曲はバンドが活動停止してるとき、多分僕が浪人生のときに書いたんじゃなかったかな。なんとなく「女言葉で曲を書いてみようかな」ぐらいの無邪気な感じで書いたと思います。で、受験終わっていざバンドをやろうってときに、ちょうど吉岡が音大に入って、そこでちょっと揉まれてですね、なんか歌を歌いたくないみたいな感じになっちゃったときがあって。そんな時期にこの曲をバンドに持ってったんですよ。そしたら吉岡が、今でも印象に残ってるんですけど、歌詞を読んで「こんな未練たらしい女の歌は歌いたくない」って(笑)。
──あはは(笑)。
水野 今までの10年間で唯一そのときだけですね、僕が持ってきた曲を歌いたくないって言ったの。
吉岡 結局歌ったけどね! いや、でもそのときは確かに「歌いたくない」って言いましたね(笑)。
水野 それがすごく印象に残ってます。
曲の主人公に共感しすぎるとうまくいかない
──吉岡さんは初めてこの曲を聴いたときのことを覚えてますか?
吉岡 本当に歌いたくなかった記憶がある(笑)。……自分も落ち込んでたし、この曲の主人公がもう未練たらたらでうじうじしてるなって印象があったんですよ。今回は映画のストーリーのこともあって、歌詞はちょっとだけ変えてるんですけど、当時はもっと完璧に失恋の曲で。自分にとっては光が見えなくて、曲の主人公になりきることもできなかったんですよね。でも今はいろいろ経て、役になりきるんじゃなくて自分の持ってる引き出しの中で歌おうっていうふうに変わってきたから。
──じゃあ同じ曲でも、当時と今では歌い方は違う?
吉岡 うん、違ってますね。聴いてもらったらわかると思う。
水野 全然違うと思いますよ。吉岡の声の変遷もあるし、すごく変化したなって思います。
吉岡 今のほうが当時の声より伝わりやすいんじゃないかな。うじうじ1人の部屋でつぶやくような歌い方から、大きい場所でみんなに向かって歌うっていうふうに変わったのかも。
──それは歌の主人公の気持ちに引っ張られないようになったということ?
吉岡 そうですね。私の場合は曲の主人公に共感しすぎちゃうとあんまりうまくいかなくて。曲と一緒になって堕ちていっちゃうみたいなところがあるんで、ちょっと距離を置いて曲のストーリーを語るっていう歌い方のほうが、なんか伝わるような気がする。そこに気づいたのは最近ですけどね。
──ですよね。前回のインタビューのときに吉岡さんが言ってた「自分は役者じゃなくて朗読をしてるみたいにその歌の内容を伝えたい」という言葉がすごく印象に残ってるんですけど、その対比がインディーズのときの「ノスタルジア」と今の「ノスタルジア」ですごくよくわかるというか。
水野 そうですね、本当にそうだと思います。当時はもうなんかね、歌詞に「空」っていう単語が出てきたら手をこう広げちゃうみたいな(笑)。それぐらいわかりやすかったんですよね。
吉岡 すっごい覚えてるのが、当時「時計の針はもう戻せなくて」って歌ってるときには本っ当に時計が見えてたんです、自分の中に。左上くらいの位置に(笑)。あの頃は本当に歌詞の単語ひとつひとつを表現しようとしてて。だけど今はそうじゃなくて曲全体の色をふんわり表現するのが、今の自分にとって一番届けられるやり方なのかなって。
水野 だから本当に今録ってよかったなって思うんです。もちろんいろんな意見があるし、昔の「ノスタルジア」を好きだって言ってくれる人もいるんですけど、僕は明らかに今リリースされる「ノスタルジア」の歌が一番いいと思ってて。奇跡とかって言っちゃうとちょっとできすぎかもしれないけど、でもこの時期にこの曲をレコーディングして出せることになった。このタイミングは本当によかったと思ってます。
いきものがかり
吉岡聖恵(Vo)、水野良樹(G,Vo)、山下穂尊(G,Harmonica)による3人組ポップユニット。1999年結成。当初は地元・神奈川での路上ライブを中心に活動し、2003年にインディーズで初CDをリリース。2006年に発売したメジャー1stシングル「SAKURA」がスマッシュヒットを記録し全国区の人気を獲得する。2007年3月には1stフルアルバム「桜咲く街物語」を発表。切なくてあたたかい等身大のポップチューンが老若男女問わず幅広い層から強い支持を集めている。2008、2009年の大晦日には「NHK紅白歌合戦」に連続出場。バンド名は、水野と山下が小学1年生のときに「生き物係」だったことから。