音楽ナタリー Power Push - 藤井隆×西寺郷太(NONA REEVES)対談

11年越しの音楽愛

「Coffee Bar Cowboy」全曲解説・中編

04. driving me crazy 作詞・作曲:藤井隆 / 編曲:冨田謙

──4曲目の「driving me crazy」はまたディープな曲ですね。

藤井 「YOU OWE ME」は頭の中にあったものがそのまま出てきたみたいな感じだったんですけど、この曲は真逆で。頭の中で鳴っていた音と全然違うものになったんですよ。それがすごく新鮮で。歌詞については、自分の身の周りで起こっていることや仕事の状況とか、個人的なことを入れてみるのもいいんじゃない?という意見をもらったんです。

──ストーリー性の強い歌詞ではなく、もっと藤井さんの実像に寄ったものを。

藤井隆

藤井 でも書き始めてみたら、ものすごい恨み節みたいになってしまって(笑)。「藤井さん、まず文字の分量が多すぎます。あとこの部分はこうしたほうがいいんじゃない?」とたくさんアドバイスをもらいながら書きました。だからクレジットは「作詞・作曲:藤井隆」ですけど、郷太さんと冨田さんがいなかったらできなかった曲ですね。

西寺 当初はもっと全体的に四つ打ち感を押し出して、むしろバラエティ豊かなアルバムにはしないというのがテーマだったんですよ。でも「driving me crazy」は90'sのダンスミュージック……Soul II Soulとかマドンナの「Erotica」みたいなグラウンドビートもいけるんじゃないかな、と思った瞬間に僕の中で少し視界が開けて。EDM的ではないダンスミュージックをやってみようよって提案したんですけど、冨田さんがどんどん音を作り上げて、藤井さんもそれに反応して……途中から僕はもう耳ふさいでました。「冨田さん、やめてください。胸がつぶれますから」って(笑)。

藤井 あはははは(笑)。

西寺 これこそホンマに僕の好きな音楽なんですよ。学生の頃ずっと聴いてたのはこういう音楽なんで。冨田さんは僕より10コぐらい上で、シンセサイザーの進歩とともに歩んで今に至っている、リズムマシンやキーボードもすべて同時代的に網羅してきた僕にとってプログラミングの先生のような存在なんですよ。そんな人がひさびさにあの頃の音を再現しようと本気出してるから、フィル・インのタイミングで「ドゥルダカトゥン!」みたいなサンプリング的なブレイクを入れたりするたびに「もうやめてー」って(笑)。

05. make over feat. 乙葉 作詞 : YOU / 作曲 : 藤井隆 / 編曲:冨田謙

──5曲目の「make over feat. 乙葉」はある意味、藤井さんが乙葉さんのサウンドプロデュースを手がけたような状態ですよね。歌手としての乙葉さんファンにはうれしいニュースですし、こんなにストイックなダンスミュージックを乙葉さんが歌っているという驚きもありました。

藤井隆

藤井 彼女はお兄さんの影響で子供のときから打ち込みの音楽を聴いてたそうで、今もPerfumeやCAPSULEが大好きなんですよ。今まで彼女は作家の皆さんから彼女のキャラクターを大切に考えてくださった楽曲を提供していただいてきました。堂島さんが作ってくださった「一秒のリフレイン」(2002年10月に発売された乙葉のデビューシングル)は今も僕も大好きで。結婚会見のときも言いましたけど、僕は彼女のファンの1人でもあるんです。宇多丸さんや堂島さん、DJ Michelle Sorryさんとか、彼女の音楽について熱く語ってくださる方が僕の回りにもいっぱいいてくださって。彼女は今もドライブしながらCAPSULEとかを聴いてると、楽しそうに歌ってるんですね。だからいつか、彼女が好きなダンスミュージックを歌うところが見てみたいと思っていて。今回はせっかくの機会なのでお願いしてみました。本来はまず事務所さんを通さなきゃいけないんでしょうけど、横にいるから(笑)。

──先に本人の承諾を(笑)。すぐにOKの返事が?

藤井 いえいえ。本人は「そんなそんな」って言いながらパタパタパターって部屋からいなくなっちゃいましたけど(笑)、どうしても歌ってほしいと説得しました。曲は自分で書きたいけど、歌詞は女性が歌うものだから女性に頼みたい……じゃあYOUさんだなと。YOUさんは僕の最初のアルバム「ロミオ道行」(2002年2月発売)にコーラスで参加してくださって、次のアルバム「オール バイ マイセルフ」(2004年7月発売)では歌詞も書いてくださっている、僕の音楽において大切な人なんです。それで事情を説明したら「やるやる、やるわよー」って。

西寺 作詞、素晴らしいですよね。

藤井 YOUさんはあまり注文が必要ない方なんです。キーワードだけで素晴らしいものを書いてくださる。今回は「AメロBメロCメロ、どこを使っても15秒のCMコンペに勝つようなものを」とお願いしました。化粧で変わっていく感じ、“make over”していく感じで、というオーダーだけで書いてくれたのがこの歌詞なんです。

06. SAVE ONESELF 作詞:西寺郷太、藤井隆 / 作曲・編曲:西寺郷太

──6曲目「SAVE ONESELF」はお2人の共作詞で、作曲は西寺さんですね。

左から、藤井隆、西寺郷太。

西寺 この曲と「I'M IN with YOU」だけは、作曲とアレンジが僕なんですよ。

藤井 (「SAVE ONESELF」を聴きながら)ここがたまんないんですよね。冨田さんのオルガンソロ。

西寺 このアルバムの中で「SAVE ONESELF」が持つ意味合いは、2つのまったく違う世界を交差させることなんです。村上春樹さんの「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」のように後半徐々に合体していく感じみたいな。ナーバスに思い悩んでいる閉塞的な世界と、誰もが好きな開放感のあるディスコチューン、さっきも話に出た「藤井ハイ」と「藤井ロウ」。その2つが極端に行き来しているのが藤井隆というパフォーマーの面白いところだと思うんです。今回のアルバムは全体的にメカニカルなビートが多いけど、この曲ではあえて冨田さんを1人のオルガン奏者として獣のまま放り込んでる。それをアルバムの真ん中に置くことで、ほかの曲とのバランスが生まれるんじゃないかなって。

──すごく開放感があるし、キャッチーですよね。

西寺 これだけ音楽が好きで熱い思いを持った人が11年音楽をやれない気持ちって……3カ月に1枚ぐらい制作に携わってる僕には全然わかんないんですよ。僕にできることは、11年間音楽がやれなかった人を音楽の力で“SAVE”していく、救っていくことで。歌詞に「君が泣く夜には SAVE YOU SAVE ME」とあるけど、この「ME」は歌詞を書いた“僕”じゃなく“音楽”なんですよ。ナーバスな主人公を音楽が救っていくというのが、このアルバム全体の1つのテーマになっているんです。「SAVE ONESELF」というタイトルはさっき言ったように、藤井さんが最初に何もないところから考えたものだけど、それを僕なりのテーマにあわせて書いた曲ですね。

07. discOball 作詞:藤井隆 / 作曲:藤井隆、西寺郷太 / 編曲:冨田謙

──7曲目の「discOball」はイントロの鍵盤からモロにハウス黎明期のサウンドで。

西寺 そうそう。フランキー・ナックルズとか、リサ・スタンスフィールドとかの。

──「discOball」というタイトルもいいですね。

藤井 昔ハワイに行ったとき、ホテルの向いに置かれてた廃車の中に、ミラーボールが捨てられてたんですよ。その風景がすっごく悲しかったんです。こんなディスコの主役が車と一緒に捨てられているなんて。その風景が何年も頭に残ってたんですね。ミラーボールって天井に吊るされて一晩中動けないけど、あの人は一晩中、こっちでカップルができたとかできなかったとか、お店の人の仕事ぶりとか、全部見てるわけですよね。でもライト照らされたら仕事せなあかんし……っていう歌です(笑)。ミラーボールを何かに例えるとかじゃなく、ホンマにミラーボールの歌なんです(笑)。ミラーボールみたいな僕、じゃなくて。

西寺郷太

西寺 藤井さんが最初に作ったのが「YOU OWE ME」で、2曲目がこれなんですよ。「YOU OWE ME」はミュージックビデオ作ったりブートのアナログ作ったり、アルバムの主役としてずっと動いてたのに対して、「discOball」は「忘れられてる」ってわけじゃないけど、しばらく放っておいたんですね。出来は最高だし「この子は大丈夫」みたいな。

──すごくポップだし、リード曲やシングルになっていてもおかしくない曲ですよね。

西寺 2000年代前半の藤井隆の音楽を知ってる人からしたら、その後の藤井隆を想像したとき一番わかりやすいのがこの曲かなと思うんです。グルーヴィなダンスミュージックで、職人気質なポップスというか。でも、だからこそあえて外したみたいなところがあるんです。こっちを前に出すと「全体的にこういう感じなんかな」と勝手にイメージされる。ちょっとこの曲にはね、厳しく当たってしまったというか。出来のいい次男みたいな(笑)。

藤井 ふふふふ(笑)。

西寺 でもやっぱめっちゃええ曲なんですよ。つらく当たってしまったけど、「ホンマありがとうな」って思ってますね(笑)。

ニューアルバム「Coffee Bar Cowboy」 / 2015年6月17日発売 / SLENDERIE RECORD
[CD] 2500円 / YRCN-95247
収録曲
  1. YOU OWE ME 作詞:藤井隆・西寺郷太 / 作曲:藤井隆 / 編曲:冨田謙
  2. Quiet Dance feat. 宇多丸 作詞:藤井隆、宇多丸(RHYMESTER) / 作曲:藤井隆 / 編曲:冨田謙
  3. I just want to hold you(RAM RIDER remix) 作詞・作曲:松田聖子 / 編曲:RAM RIDER
  4. driving me crazy 作詞・作曲:藤井隆 / 編曲:冨田謙
  5. make over feat. 乙葉 作詞 : YOU / 作曲 : 藤井隆 / 編曲:冨田謙
  6. SAVE ONESELF 作詞:西寺郷太、藤井隆 / 作曲・編曲:西寺郷太
  7. discOball 作詞:藤井隆 / 作曲:藤井隆、西寺郷太 / 編曲:冨田謙
  8. She is my new town(tofubeats west-kobe remix) 作詞・作曲:松田聖子 / 編曲:tofubeats
  9. I'M IN with YOU 作詞・作曲・編曲:西寺郷太
  10. I OWE YOU NOTHING with 西寺郷太 作詞・作曲:ニッキー・グラハム、トム・ワトキンス / 編曲:冨田謙
藤井隆(フジイタカシ)

藤井隆

1972年3月10日生まれ。1992年に吉本新喜劇オーディションを経て、お笑い芸人として吉本興業入り。2000年にシングル「ナンダカンダ」で歌手デビューし、同年「NHK紅白歌合戦」に初出場する。数々のシングルのほか、2002年発売のアルバム「ロミオ道行」、2004年発売のアルバム「オール バイ マイセルフ」などで高い評価を得ながらも、2007年8月発売のシングル「真夏の夜の夢」以降はしばらくアーティストとしての活動を休止。2013年6月にニューシングル「She is my new town / I just want to hold you」で6年ぶりに個人としてアーティスト活動を再開した。その後はさまざまなアーティストとのコラボレーションも展開し、2015年6月におよそ11年ぶりとなるオリジナルアルバム「Coffee Bar Cowboy」をリリース。

西寺郷太(ニシデラゴウタ)

1973年11月27日生まれ。小学生の頃からマイケル・ジャクソンやPrince、Wham!などの洋楽に心酔し、独学で作詞・作曲を始める。1995年にNONA REEVESを結成し、1997年11月にシングル「GOLF ep.」でメジャーデビュー。初期はギターポップ色の強い楽曲を得意としていたが、1999年12月発売のメジャー2ndアルバム「FRIDAY NIGHT」を機にディスコ / ソウル色の強いサウンドを追求し始める。NONA REEVESとしてコンスタントに作品をリリースしながら、ソングライター / 音楽プロデューサーとしても活躍し、SMAP、V6、土岐麻子、bump.y、Negicco、岡村靖幸、花澤香菜、吉田凜音ほか多数のアーティストへの楽曲提供やプロデュースを手がけている。またマイケル・ジャクソンやWham!への深い造詣から評論、執筆の機会も多く、「新しい『マイケル・ジャクソン』の教科書」「マイケル・ジャクソン」「噂のメロディ・メイカー」といった著書も上梓している。