音楽ナタリー Power Push - 藤井隆×西寺郷太(NONA REEVES)対談

11年越しの音楽愛

「Coffee Bar Cowboy」とはなんなのか?

──アルバムタイトルはなぜ「Coffee Bar Cowboy」なんですか?

藤井隆

藤井 ある中華屋さんに飾りで本が置いてあって。海外の本だったんですけど、そこに書いてあった「Coffee Bar Cowboy」って言葉がなーんか気になって。調べたらライダーがツーリングで立ち寄るバーのことで、お酒ではなくコーヒーを飲んでまたバイクに乗って行くっていう、それだけのことなんですけど……僕もそうありたいと思ったんです。ノンアルコールで、好きなダンスミュージックでハイになりたいって。

西寺 バイク乗るからコーヒーにしとこ、っていう生真面目さって言うか。

藤井 ジャケットは自分の考えていたものをそのまま生かしていただきました。これはその「Coffee Bar Cowboy」たちを捕まえるポリスなんです。

西寺 このジャケット、超最高。芝生に座ってるように見えるけど本当はこうなってて(右に90度回転)、警察官で……なんかアホでしょ(笑)。なんなん?って(笑)。

──アホだし狂ってるけど、どことなく上品なんですよね。「上品に狂ってる」というのは芸人としての藤井さんを観ていても思うんですけど。

共同プロデュースチーム「Takashie, Temple & YT」。左から西寺郷太、冨田謙、藤井隆。

西寺 これね、藤井さんが自分で書いたイラストを元にしてるんですけど、まったくこのままなんですよ。このアルバム全部、そういうところがあって。すべてのビジョンは藤井隆という人が作っている。アレンジの冨田謙さんは宇多田ヒカルさんの「HEART STATION」に携わっていたり、FPMとか初期のサカナクションとか、ノーナの作品も一緒に作っているベテランですけど、すべての道筋は藤井さん自身が作っているんです。僕も冨田さんも自分で仕切るのに慣れているけど、「この道です」という確固たるものが藤井さんの中にあるから、その通りに進んでいけばいいだけ。なんか不思議な感覚でしたね。僕らにとっても勉強になるところが多いアルバムでした。

──未経験でこれだけの数の作曲ができたというのも、恐らくご自身の中に明確なビジョンがあったからですよね。

藤井 僕は楽器ができないので、メロディを直接歌って伝えるんですけど……ものすごく恥ずかしかったですね。最初は「YOU OWE ME」だったんですけど、もう顔真っ赤っかでしたね。それを冨田さんがどんどん拾ってくれて、僕が「こういう景色です」とか付け加えると郷太さんが「じゃあこうじゃない?」って話してくださって。ちょっとずつ形になって。頭の中に鳴ってた音がこんなになんねやっていうのが……簡単な言葉で言うと、こんなにうれしいことはないって思うんですよね。昨日の夜まで頭の中にあったものが、西寺さん、冨田さん、エンジニアの兼重(哲哉)さんの3人の手によってここに存在してるんですよ。

──ああー。

藤井 そうなると次は歌詞ですけど、書いてきたものを自分で歌うのは恥ずかしくて。楽器できひん奴が作詞作曲なんておこがましい、という気持ちがやっぱりあるんです。だから昔は偽名で歌詞を書いたし。でもホンマに「Coffee Bar Cowboy」じゃないけど、頭の中にあった曲が存在していることに酔っぱらってハイになってたんですよね。もう「歌わせてください!」って。

ソングライター藤井隆の才能

──藤井さんの中から曲があふれてくる様子を横で見ているのはどういう気分でしたか?

西寺郷太

西寺 言い出したのは僕ですけど、「もう作詞作曲止めてください」と思いましたね(笑)。僕らミュージシャンの特別な感じが薄れてしまうでしょ(笑)。僕はできあがっていくのを順序立てて見てきたからあれですけど、このアルバムを聴いてホンマに音楽辞めたくなるミュージシャンもいるんじゃないかって。残酷なくらいソングライターとしての才能が、あった。これ全部クレジット通りなんです。僕はシビアだから作詞作曲にちょっとでも僕の手が入ってたら共作のクレジットにしてもらいますから。

──それでも作曲経験のない人の楽曲を軸にするというのは、けっこう思い切った判断ですよね。

西寺 僕も正直責任を感じてたんですよ。新しいアルバムのお手伝いをすると言ったものの、藤井さんの過去の作品には筒美京平さんや松本隆さん、堀込高樹(KIRINJI)さん……そうそうたる作家陣が集まって、素晴らしい曲を書いていたので。

──比較の対象になりますもんね。

西寺 うん。だから「自分で責任を取ってくださいよ」って僕は言って。藤井さん自身にやりたいことがあって音楽がやりたいと言うのなら、自分で作詞作曲もしてください。その代わり、ダメなところは助言しますからって。……とは言うたものの、普通にめちゃめちゃええ曲作ってくるから「あれ、俺やることないやん」って。

藤井 いやいやいや。

西寺 あとね、僕はいつも人をプロデュースをするとき、ボーカルはなるべく何度も録り直さないようにしてるんですよ。藤井さんにも1回だけしか歌わせなかったりとか。もともとめっちゃうまいから、冨田さんと「うん、これで行きましょ」って。そのままCDになってる。全曲一発ではないですけど。

藤井隆

藤井 そんなはずはないと思って。デモか何かでしょと思ってたんですけど。

西寺 やっぱ舞台やお芝居の人だし、ある種の緊迫感とかスピード感の中で表現する能力に長けた人だと思うんです。そういう藤井さんが見たかったんですよ。藤井さんが長期の舞台で東京にいなかったり忙しい中でのレコーディングだったから、期間としてはそれなりにかかってるけど、レコーディングの作業時間自体はスムーズでした。妙に煮詰まったりとかはほとんどなくて。やっぱり「ハイ本番です」ってなったときのすさまじさはレコーディングでも感じましたね。

──藤井さんの多様な才が発揮されたアルバムになっていますけど、僕は何よりもまず、藤井さんはボーカリストとして得難い声を持った人だと思うんですよ。だからこそ音楽活動をずっと熱望していましたし。独特の超ローと超ハイがありますよね。

西寺 ああ、ありますよね。“藤井ロー”と“藤井ハイ”。

──「She is my new town / I just want to hold you」やLike a Recordはニューロマ路線が多くて“藤井ロー”は堪能できたんですけど、アルバムでは“藤井ロー”と“藤井ハイ”がふんだんに盛り込まれていて。一番気持ちいい藤井さんの声が、藤井さん自身が作曲した曲にしっかり生かされてるなあと。

藤井 へえー。自分ではわかってないところですね。なるほど。

ニューアルバム「Coffee Bar Cowboy」 / 2015年6月17日発売 / SLENDERIE RECORD
[CD] 2500円 / YRCN-95247
収録曲
  1. YOU OWE ME 作詞:藤井隆・西寺郷太 / 作曲:藤井隆 / 編曲:冨田謙
  2. Quiet Dance feat. 宇多丸 作詞:藤井隆、宇多丸(RHYMESTER) / 作曲:藤井隆 / 編曲:冨田謙
  3. I just want to hold you(RAM RIDER remix) 作詞・作曲:松田聖子 / 編曲:RAM RIDER
  4. driving me crazy 作詞・作曲:藤井隆 / 編曲:冨田謙
  5. make over feat. 乙葉 作詞 : YOU / 作曲 : 藤井隆 / 編曲:冨田謙
  6. SAVE ONESELF 作詞:西寺郷太、藤井隆 / 作曲・編曲:西寺郷太
  7. discOball 作詞:藤井隆 / 作曲:藤井隆、西寺郷太 / 編曲:冨田謙
  8. She is my new town(tofubeats west-kobe remix) 作詞・作曲:松田聖子 / 編曲:tofubeats
  9. I'M IN with YOU 作詞・作曲・編曲:西寺郷太
  10. I OWE YOU NOTHING with 西寺郷太 作詞・作曲:ニッキー・グラハム、トム・ワトキンス / 編曲:冨田謙
藤井隆(フジイタカシ)

藤井隆

1972年3月10日生まれ。1992年に吉本新喜劇オーディションを経て、お笑い芸人として吉本興業入り。2000年にシングル「ナンダカンダ」で歌手デビューし、同年「NHK紅白歌合戦」に初出場する。数々のシングルのほか、2002年発売のアルバム「ロミオ道行」、2004年発売のアルバム「オール バイ マイセルフ」などで高い評価を得ながらも、2007年8月発売のシングル「真夏の夜の夢」以降はしばらくアーティストとしての活動を休止。2013年6月にニューシングル「She is my new town / I just want to hold you」で6年ぶりに個人としてアーティスト活動を再開した。その後はさまざまなアーティストとのコラボレーションも展開し、2015年6月におよそ11年ぶりとなるオリジナルアルバム「Coffee Bar Cowboy」をリリース。

西寺郷太(ニシデラゴウタ)

1973年11月27日生まれ。小学生の頃からマイケル・ジャクソンやPrince、Wham!などの洋楽に心酔し、独学で作詞・作曲を始める。1995年にNONA REEVESを結成し、1997年11月にシングル「GOLF ep.」でメジャーデビュー。初期はギターポップ色の強い楽曲を得意としていたが、1999年12月発売のメジャー2ndアルバム「FRIDAY NIGHT」を機にディスコ / ソウル色の強いサウンドを追求し始める。NONA REEVESとしてコンスタントに作品をリリースしながら、ソングライター / 音楽プロデューサーとしても活躍し、SMAP、V6、土岐麻子、bump.y、Negicco、岡村靖幸、花澤香菜、吉田凜音ほか多数のアーティストへの楽曲提供やプロデュースを手がけている。またマイケル・ジャクソンやWham!への深い造詣から評論、執筆の機会も多く、「新しい『マイケル・ジャクソン』の教科書」「マイケル・ジャクソン」「噂のメロディ・メイカー」といった著書も上梓している。