コミックナタリー PowerPush - 藤子不二雄(A)「まんが道」

お宝発掘! 初収録満載の愛蔵版 A先生が語る青春と友情の日々

藤子不二雄(A) インタビュー

2畳にいたから、4畳半が広いと思えた

単行本初収録の「まんが道」カラー扉

──完全版の大きな見どころは、雑誌掲載時のカラー原稿が収録されていることですね。

ええ、初めてなんですよ、カラーを収録するのは。非常にうれしいですねえ。

──「友情、努力、青春大河ドラマ!」などアオリもそのまま入っているのも楽しいですね。カラーは久しぶりにご覧になりましたか?

初めて見返しました。こんなの描いてたんだなあって思いました(笑)。新しいものをインプットするために、以前に描いたものは大体頭から消去してしまうんですよ。今回の完全版で、改めて読み返そうと思っています。

──現在連載中の続編「愛…しりそめし頃に…」も含めると、「まんが道」は連載開始から40年以上も続いているんですね。

そうですね。最初は週刊少年チャンピオン(秋田書店)で描いていた「マンガ教室」に付けた付録のつもりで、2ページだけの連載だった。それが掲載誌が4誌にわたって、40年以上ですからね。付録だったものが、ライフワークになりました。

2畳の部屋は狭いが、2人はくつろげないぶん原稿が捗るとポジティブに解釈する。

──富山に住む2人の少年がマンガ家を志して上京し、やがてプロとして活躍していく……という物語ですが、ほぼA先生の実体験を描かれているんですよね。主人公の満賀道雄はA先生、相棒の才野茂は藤子・F・不二雄先生がモデルになっていて。

ところどころオーバーに描いたりはしてますが、事実を描いています。ほぼノンフィクションです。上京してすぐ両国の2畳の部屋に下宿したから、それをそのまま描いたんだけど、「本当にたった2畳に2人でいたんですか?」ってよく訊かれてね。本当に2畳ですよ(笑)。

──仕事机に向かって2人並んで座ると、背中が壁にくっついてしまう、という描写がありましたね。

2畳から4畳半に引っ越し、倍以上になった部屋を持て余す2人。

そうそう。寝るときは、廊下に机を出して、布団を敷いてね。2畳って言っても、実際は1畳ちょっとくらいの広さしかなかったんじゃないかなあ。僕は背が小さいからいいけど、藤本くんは背が高いから、寝転がると頭が壁に当たってねえ(笑)。朝起きたら布団を畳んで机を入れてまた2人並んで描いて。本当に狭かったなあ。

──その後、「トキワ荘」の手塚治虫先生が暮らしていた部屋に引っ越すんですね。こちらは4畳半。

手塚先生から「僕の後へ入ってくれ」って言われた時は、ヤッター! と思ってね。4畳半って、なんて広いんだろうって思った(笑)。2畳にいたから、4畳半が広いと思えたんですよね。なにもないところから出発したのがよかった。自分たちもいよいよ4畳半に出世したぞ、がんばろう、と思えたんですよ。

2年間干される、大失態!

藤子不二雄(A)

──手塚先生との素敵なエピソードがいくつも描かれていますね。トキワ荘の敷金をそのまま残しておいてくれた話、アシスタントに入った話……。

上京したその日に、いきなりアシスタントをしてね。手塚先生は当時10誌くらい連載を抱えていて、あまりにも忙しそうだったから、見るに見かねて、手伝いましょうかって。それまでは、編集者がベタを塗ったりしてたんですよ。結局3日間、泊まり込んで手伝ったの。それから編集者が僕を呼びだすようになって。それがアシスタントっていう制度になっていったんですよね。だから僕は、日本で最初のアシスタントってことかな。

──完全版には、手塚先生の引越し先にアシスタントに行かれた時撮った写真も収録されています。A先生も手塚先生も、リラックスして写っている素敵な写真ですね。

僕がハタチの頃の写真ですね。まだウブな頃ですよ(笑)。「ジャングル大帝」のラストを手伝ったこととか、アシスタントのこともずいぶん「まんが道」に細かく描きましたけど、すべてがドラマになるんですよ。なんでもないようなことでも、僕はいちいちびっくりしてね。体験を積んでいくと、それが自分の貯金になるんです。

──2人が、毎日ひたすらマンガを描いて、自活して、認められて、失敗して、また立ち直って……と、なんでもないようでいて、でも非常にエキサイティングな展開が繰り返されます。

僕のマンガ家人生が起伏に富んでいたっていうことなんでしょうね。デビューしたのが高校2年生の時だから、もう60年になるんですけど、決してここまで順調に来たわけじゃなくて。1番大きい失敗は、上京した年の正月に富山に帰省中、10本中8本の仕事を落としたことでしょうね。

「ゲン オクルニオヨバズ ヨソヘタノンダ」と、出版社から絶縁されショックを受ける2人。

──電報で「モウギリギリ」「ハヤクオクレ」と各社から何度も催促が来ていたのに、最後は「ゲン(原稿)オクルニオヨバズ ヨソヘタノンダ」という電報が来たんですよね。本当に読んでいて一番つらいくだりでした。

手塚先生みたいな大家ならいいけど、出たばっかりの新人がそんなことをしましたからね。もうマンガ業界からは追放になって、2年間仕事を干されてねえ。でも、デビュー直後にでっかい失敗をしたのがよかった。もし4、5年経ってからだったら立ち直れなかったと思う。大変な失敗だけど、大変いい教訓になりました。それ以来、1回も原稿を落としたことはないんですよ。

GAMANGA BOOKS サポート店

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藤子不二雄(A)(ふじこふじおえー)
藤子不二雄(A)

1934年3月10日富山県氷見市生まれ。本名は安孫子素雄(あびこもとお)。1944年、のちに藤子・F・不二雄となる藤本弘と共作を始め、1952年に毎日小学生新聞に投稿した4コママンガ「天使の玉ちゃん」が掲載されデビューとなった。以降、藤子不二雄としてコンビで作品を発表していくが、1987年にコンビを解消し藤子不二雄(A)として新たに活動を始める。代表作に「怪物くん」「忍者ハットリくん」や「笑ゥせぇるすまん」がある。1995年より「まんが道」の続編にあたる「愛…しりそめし頃に…」をビッグコミックオリジナル増刊(小学館)にて連載中。