コミックナタリー Power Push - 柳沼行「群緑の時雨」
「ふたつのスピカ」完結から1年半 新たな柳沼ワールドは時代劇
宇宙飛行士を目指す少年少女を描いた「ふたつのスピカ」の完結から1年半、柳沼行が帰ってきた。彼の新作「群緑の時雨」の舞台は、近未来から一転、なんと江戸時代。武家の息子・霖太郎とその親友・府介、そしておてんばな少女・伊都の3人を中心に、武士の誇りやまっすぐな生き方を描く。
コミックナタリーでは、温かい絵柄と作風で人々を魅了し続ける柳沼にインタビューを敢行。「ふたつのスピカ」を完結させた彼が何を思ったのか。また新作への意気込みや読みどころ、マンガの人生における位置までたっぷりと語ってもらった。
取材・文/坂本恵 編集/唐木元
「ふたつのスピカ」で燃え尽き症候群に
──初連載「ふたつのスピカ」が完結してから新作の連載開始まで、1年のブランクがありましたが、どう過ごされてたんでしょうか。
日本一周の旅に出てました。太平洋側を北上して、ぐるっと周って日本海側を下って、九州に行って、屋久島に渡って。
──その旅で見たり触れたりしたもので、「群緑の時雨」の構想に影響を与えたものはありましたか?
ありましたね。北海道を旅してるとき、湖の真ん中に島みたいなものがあって、そこに鳥居が立ってたんですよ。小さな神社というか、祠みたいなものがあって。その神社がお城だったらどうだろう、というイメージが湧いてきて、それが「群緑」を思い付く取っかかりとなりました。最終回につながってしまうのであまりはっきりとは言えないんですけど……。
──次作の構想を練る狙いがあっての旅だったんですか?
いやいや、結構マンガから気持ちが離れてたので、そういうのはまったく考えてなかったです。ただあてもなく、行ったことのない場所を訪れるだけの旅。旅先から担当さんに連絡を取ることもなかったし、別に絵も描いてなかったです。カメラだけは持っていってましたけど。半年くらい行ってましたね。
筆を置く覚悟はできている
──半年も! 早くマンガを描きたいとも思わなかったですか?
いや、本当はもっと休みたかったんです。でも、その……、担当さんに押される感じであんまり断れなくて(笑)。正直なところ、「スピカ」の連載が終わる頃は、もうこれで描けなくなってもいいかなくらいに思ってたんです。とにかく早くすっきりさせたい気持ちでいっぱいで。最終回を描き終えて単行本の作業に入ってる頃なんかは、かなり自分の中で満足もしちゃってましたし。
──やりきった感があったんですね。
まったく後悔がないって言ったら嘘なんですけど。でも自分のマンガがアニメ化もされて、実写ドラマ化もされて、小さな頃に思い描いてた夢は全部叶っちゃって。一方で昔想像してた編集部からの介入みたいのも全然なかったですし。もっと改ざんされたりするのかなって思ってたんですけど(笑)。本当に描きたいように描かせてくださって。正直これ以上何をやればいいのか、何を描けばいいのか、わかんなくなってた部分もありましたね。
──確かに初連載作がこれだけのヒット作になると、やはり「スピカの柳沼行」というイメージが強く染み付いてしまったかもしれません。
そうかもしれないですね。でも、それでもいいかなって思ってますよ。何を描いても前作と比べられちゃう部分はどうしてもあると思いますし。僕も「スピカ」を描けただけで満足してるところがあるので、その後はもう叩かれようが何されようが。
──描きたいように描くだけ、と。
はい。それでダメならもう、やめればいいと思ってます。
──筆を置くことも考えたりするんですね。そう言い切ってしまえる作家さんって、なかなかいないと思います。
別にマンガ家でいることが目的じゃないですからね。あくまで手段であって目的ではないというか。1作1作、描きたいことがあれば描く、という感じです。
あらすじ
江戸時代初期、まだ地方では小さな国同士の争いが起こっていた。その中のひとつ、士々国の武家で育てられている中谷霖太郎は、父親が戦で背中を斬られて死んだという不名誉な噂で他の武士から蔑まされていた。それでも霖太郎は親友の府介と共に、その幼い胸に武士の誇りを刻み、まっすぐ生きようとする。
柳沼行(やぎぬまこう)
1973年生まれ。「2015年の打ち上げ花火」でデビュー。以後、“アスミ”シリーズの読み切り連作を掲載後、「ふたつのスピカ」(全16巻)を連載。現在は月刊コミックフラッパー(メディアファクトリー)にて「群緑の時雨」を連載中。