コミックナタリー Power Push - 柳沼行「群緑の時雨」

「ふたつのスピカ」完結から1年半 新たな柳沼ワールドは時代劇

作風が古臭いので、あえて現代を舞台にしない

──では新作を描くに至ったのは、何かきっかけがあったんですか?

正直、連載直前までは、……本当に始めちゃっていいのかなって思ってたくらいです。どうしても描きたくてたまらないというよりは、迷いながら始めてしまった感じはありますね。でも実際描きはじめると、やっぱりキャラクターに愛情が湧いてくるもので。

──描いてるうちにだんだんキャラクターが定着してきたんですね。霖太郎と府介と伊都さん、3人のキャラクターが中心になっているお話ですが、思い入れが深いのは誰ですか?

「群緑の時雨」場面

深い浅いというのは特にないんですが、頭の中で勝手に動いてくれるのは伊都さんです。実は伊都さんは、担当さんに「女の子がいたほうがいい」って言われて作ったキャラクターで、最初の構想では存在しなかったんです。

──でも重要な役割を担っているキャラですよね。

そうですね。狂言回しとまでは言わないですが、モノローグを語ってるのは伊都さんなので。それに霖太郎と府介だけだったら、ただでさえ地味なのに、もっと地味な作品になってたでしょうね(笑)。

──時代劇ということもありますし、確かに地味になってしまいますよね。「スピカ」とは時代をがらっと変えましたが、どうして江戸時代初期を舞台に?

僕はどうしても作風が古いので、その作風のまま今の時代を描いちゃうと、ちょっと嘘臭くなっちゃうんです。だから時代をちょっとずらしたほうが、逆に読んでるほうもしっくりくるのかな、と。今の時代には合わなくても、時代が未来や過去に少しズラしてあると、割とすんなり受け止められるというか。

──「スピカ」も舞台は近未来ですが、その割には懐かしい感じがして不思議です。

もし「スピカ」を今の時代で描いていたら、「こんなやついないよ」って思われていたと思うんですよね。今じゃないから、こういう子がいても不思議じゃない。時代を変えることでワンクッション置いている感じですね。それに時代劇はもともと好きでしたし、描いてみたいと思ってたんです。

頭の中の妄想を紙に描き写す作業が難しい

「群緑の時雨」場面

──時代劇は言葉遣いや服装なども現代とはもちろん違うし、大変ではないですか?

まあ内容は史実に則って描いているわけではないので、特にこだわらずにやってるんですが、雰囲気だけは壊さないように気をつけてますね。頭の中でお話を考えているときは、当然キャラクターは現代語で話してるんですけど、それを昔の言葉に変換するのは少し大変です。例えば「自由に」って言わせたいことがあったんですが、それって明治くらいにできた言葉なんですよね。そういう、ちょっとしたことなんですけど。

──その場合はちゃんと昔の言葉に準ずるんですか?

省いてる言葉もあるし、まあいいかなと思って使っちゃってる部分もあるし。まあそんなにきっちりしたものを読者は求めてないと思うので、そこは曖昧で。

──現代語から昔の言葉に逆引きできる辞典があったら便利ですね。

「群緑の時雨」場面

それ、本当に欲しいですよ。あと大変なのは、時代劇にかかわらずマンガを描く上での話ですけど、頭の中で湧き出たことをなかなか思ったとおりに紙に写せないことですね。僕は基本的にはお話を考えてる時間が一番楽しいんです。机に向かってぼーっとして、キャラクターが頭の中で勝手に動き出してる時間が楽しい。でもそれを紙に写す作業が辛いというか大変というか。それはセリフもそうだし、構図もそうだし。もちろん描ける人はいっぱいいるんでしょうけど、僕はそれが苦手で。

──もし自分が絵が苦手で文才のある人だったら、マンガ家じゃなくて小説家になってました?

うーん。文字に起こそうにも、頭の中に浮かんでくるのは絵なので、それはないですね。頭の中で2次元がチャカチャカ動いてる感じなんです。

柳沼行「群力の時雨」1巻 / 2011年3月24日発売 / 620円(税込) / メディアファクトリー / MFコミックス フラッパーシリーズ

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あらすじ

江戸時代初期、まだ地方では小さな国同士の争いが起こっていた。その中のひとつ、士々国の武家で育てられている中谷霖太郎は、父親が戦で背中を斬られて死んだという不名誉な噂で他の武士から蔑まされていた。それでも霖太郎は親友の府介と共に、その幼い胸に武士の誇りを刻み、まっすぐ生きようとする。

柳沼行(やぎぬまこう)

柳沼行

1973年生まれ。「2015年の打ち上げ花火」でデビュー。以後、“アスミ”シリーズの読み切り連作を掲載後、「ふたつのスピカ」(全16巻)を連載。現在は月刊コミックフラッパー(メディアファクトリー)にて「群緑の時雨」を連載中。