「ダンケルク」花沢健吾インタビュー|現実の戦場にヒーローは存在しない 「アイアムアヒーロー」にも通じる主人公像

クリストファー・ノーラン監督の最新作「ダンケルク」が、9月9日に公開される。「インセプション」「インターステラー」などで知られるノーラン監督が、初めて実話をもとに制作した本作。第2次世界大戦時のフランス・ダンケルクを舞台に、陸海空3つの視点から、ドイツ軍に包囲された連合軍の兵士40万人以上を救出する撤退作戦を描いたタイムサスペンスだ。

ナタリーでは映画の公開を記念し、ジャンルを横断した特集企画を展開。コミックナタリーでは「ボーイズ・オン・ザ・ラン」「アイアムアヒーロー」などで知られる花沢健吾にインタビューを実施した。「ダンケルク」の主人公である若き兵士・トミーに共感したという花沢。映画の感想とともに、「アイアムアヒーロー」にも通じる主人公像について語ってもらった。

取材・文 / 大谷隆之 撮影 / 佐藤類

本当にリアル。“スーパーヒーロー”が出てこないところが好き

──極限までリアリズムにこだわった撮影で、海外では「戦争映画の歴史を変えた」との評価もあるクリストファー・ノーラン監督の最新作「ダンケルク」ですが、まずはご覧になった感想から教えていただけますか?

花沢健吾

観終わったばかりで、まだうまく整理できてないんですけど……とにかくすごかったです! それ以外の言葉がちょっと出てこないくらいに、すごかった(笑)。なんだろう、自分自身がいきなりダンケルクの戦場に放り込まれた感覚に近いのかな。細かいことを考える余地が一切ないまま、物語にどんどん引き込まれて。気が付けば99分経っていたという。

──そういえばノーラン監督自身も、「この映画はタイムサスペンスだ」という趣旨の発言をされていました。

ストーリー的には、実はすごくシンプルな話なんですよね。第2次世界大戦の初期、ドイツ軍によってダンケルクというフランスの港町まで追い詰められた40万人の英仏連合軍が、ドーバー海峡を渡って対岸のイギリスに撤退する“だけ”の話。ただ、だからこそ「間に合うのか!?」というハラハラ感がハンパなかった。緊張感を途切れさせない語りの力に圧倒されました。あと、これは僕の個人的ツボなのかもしれないけれど、戦争映画にありがちな“スーパーヒーロー”的な登場人物が出てこないところも好きだった。主人公のトミーも、とにかく逃げて逃げて、逃げまくるキャラクターですし。

──トミーを演じたフィン・ホワイトヘッドは1997年生まれで、本作が映画初出演。有名俳優でないところが逆に“40万分の1”という兵士の無名性とマッチしていました。

「ダンケルク」より、フィン・ホワイトヘッド演じる主人公のトミー。

すごいなと思ったのは映画の冒頭で、トミーが銃を放り投げるじゃないですか。ダンケルクの市街でドイツ軍に銃撃され、壁を乗り越えて浜辺に逃げるために、持っていたライフル銃をポーンと放る。そのワンアクションだけで本作のテーマ……要は敵と戦う話ではなく、いかに生き残るかという物語なんだということを観客に伝えている。

──極限状況下の群像劇の中で、トミーを始めとする誰もが等身大に描かれていました。

僕自身はそこに一番つかまれました。この映画って、陸、海、空の3つの視点で描かれてるじゃないですか。船を使って兵士を逃がそうとする司令官もいれば、それを空中から援護するイギリス空軍パイロットもいるし、小さな遊覧船でダンケルクまで救助に向かう民間人もいる。でも、本当の主人公が“40万人の兵士”だとするなら、誰もが生き残ることに必死なわけですよね。

──しかも生死の分かれ目も、まさに紙一重という感じで……。

「ダンケルク」より。

そう。例えば、無防備な浜辺でドイツ軍の爆撃機に襲われた場合、どっちのほうに向かって走るか、とかね。そういう一瞬の選択によって生き死にが決まってしまう。1人ひとりの兵士にはもちろん家族も人生もあったはずなのに、弾が当たればすべてが無になっちゃう。膨大なエキストラを使うことで、「本当の戦争ってきっとこんな感じなんだろうな……」という残酷さがすごく出ていると感じました。だからこそ善悪を考える余裕は一切ないし、自分が逃げるためには仲間を見捨てなきゃいけない局面も出てくる。人間のエゴが剥き出しになるシーンも結構あって、そこが本当にリアルだなと。

──撮影の手法だけでなく、映画のあり方そのものにリアリズムを感じたと。

だと思います。戦争ものに限らず、映画やドラマを観ていて「その状況で、そんな立派なことが言える人間っているのかな?」と思うと、ふっと気持ちが醒めちゃうんですよね。でも「ダンケルク」に関しては、そういう瞬間が一切なかった。キャラクターの言動からできるかぎり嘘っぽさを削ぎ落とすのは、自分がマンガを描く際にも一番大事にしていることなので。だから今回僕がもっとも感情移入できたのは、司令官でもパイロットでもなく、やっぱり主人公のトミーでした。あとは今回の「ダンケルク」って、セリフがめっちゃ少ないですよね。

──シナリオの厚さは、従来のノーラン作品の約半分だったそうです。

花沢健吾

へええ、そうなんだ。そう言えばやはり冒頭、ドイツ軍が空からばら撒いたビラをトミーがズボンに突っ込むシーンがあるでしょう。「なんだろう?」と思って観ていたら、要は便意を催してるんですよね。で、命からがら浜辺にたどり着き、用を足そうと人気のない方向に歩いていったところで、兵士の亡骸を埋めている別の若者と出会って、成り行きで一緒に行動するようになる。そういう一連の流れを、ほとんどセリフなしで観客に理解させる演出力は見事だなと。あと、リアリズムっていうことで言うと、人間いかなる状況下でもウンコはしたくなるじゃないですか。

──はい。それはもう、絶対に(笑)。

実は僕、最近ちょっと筋トレをしてまして。プロテインを飲んでるので、少しお腹が緩くなりがちなんですね。それで人一倍トミーの大変さに共感できた(笑)。いやでも、これって実は笑い話じゃなくて。文字通りリアリズムというか、人間にとって普遍的な現象だとも思うんですよ。便意をガマンしながら銃撃から逃げ惑うなんて、考えただけでも恐ろしいわけで。僕個人としては、ヒロイズムだけじゃなくそういう人間のすべてをまるごと見せようとする監督の姿勢にも感銘を受けました。

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「ダンケルク」
2017年9月9日(土)全国公開
「ダンケルク」

1940年、海の町ダンケルク。フランス軍はイギリス軍とともにドイツ軍に圧倒され、英仏連合軍40万の兵士は、ドーバー海峡を望むこの地に追い詰められた。陸海空からの敵襲に、計り知れず撤退を決断する。民間船も救助に乗り出し、エアフォースが空からの援護に駆る。爆撃される陸・海・空、3つの時間。走るか、潜むか。前か、後ろか。1秒ごとに神経が研ぎ澄まされていく。果たして若き兵士トミーは、絶体絶命の地ダンケルクから生き抜くことができるのか!?

「史上最大の撤退作戦」と呼ばれたダンケルク作戦に、常に本物を目指すクリストファー・ノーランが挑んだ。デジタルもCGも極力使わず、本物のスピットファイア戦闘機を飛ばしてノーランが狙ったのは「観客をダンケルクの戦場に引きずり込み、360°全方位から迫る究極の映像体験」!

スタッフ / キャスト

監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
音楽:ハンス・ジマー
出演:トム・ハーディ、マーク・ライランス、ケネス・ブラナー、キリアン・マーフィー、ハリー・スタイルズ(ワン・ダイレクション)、フィン・ホワイトヘッド

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花沢健吾(ハナザワケンゴ)
花沢健吾
1974年青森県生まれ。アシスタントを経て、2004年にビッグコミックスピリッツ(小学館)にて連載された「ルサンチマン」でデビュー。2005年から2008年にかけて同誌で連載していた、妄想ばかりのダメ男に訪れた恋を描いた「ボーイズ・オン・ザ・ラン」は、素人童貞の男性を主人公としていることから、非モテ男性ファンからの熱い支持を獲得。2010年に映画化、2012年にテレビドラマ化された。2009年から2017年にかけては、ビッグコミックスピリッツにて「アイアムアヒーロー」を連載。2016年には実写映画も公開された。

2017年9月7日更新