「夜明けの寄り鯨」池岡亮介が問いかける「わからないものに私たちはどう寄り添っていくのか」

新国立劇場 小劇場の2022年最後を飾るのは、横山拓也が作、大澤遊が演出を手がける新作「夜明けの寄り鯨」だ。寄り鯨とは、座礁した鯨のこと。かつて偶然寄り鯨の現場に居合わせたある大学生グループの1人・三桑(小島聖)は、25年後、手書きの地図を持って再び港町を訪れ……。

現在と25年前の記憶が入り混じって展開する本作で、池岡亮介は、かつてクジラショーのトレーナーで現在はサーファーの青年・相野を演じる。「相野が、お客さんの拠り所であれば」と池岡が語る、その思いとは?

なお本作は新国立劇場の2022/2023シーズン【未来につなぐもの】シリーズの2作目となる。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤記美帆

周りが相野の存在を決める

──稽古初日に、台本から見つけたキーワードを皆さんで紙に書き出したそうですね。池岡さんは本作の台本を読んで、まずどんなワードを書き出したのでしょうか?

距離感、だったと思います。というのも僕が演じる相野という役が、いろいろなことに興味を持って、(小島)聖さん演じる三桑のパーソナルスペースに、ズカズカと土足で入り込むようなところがある人で。僕も、あえてそういうことをすることはありますが、でももっと様子を探りながら一歩ずつ踏み込んでいくところ、相野は僕の倍以上の歩幅とスピードでガンガン踏み込んでいくんですね(笑)。それって人によっては失礼に当たるかもしれないんだけど、相野はグイグイいくんです。そんな相野の距離感を表現するのが難しいなあと思いました。

池岡亮介

──稽古が進むにつれて、作品から得るキーワードは増えてきていますか?

最初の段階で、みんなもたくさん書いていて、その中で「確かに」と思うものもありました。例えば誰かが「話し合いで解決するのか?」というワードを出していて、話すのって確かに大事だけど、本作で問題になっているような価値観の違いは、話し合いで解決することは難しいんだろうなと思うんです。ただ自分にはわからないものに自分がどう寄り添っていけるのか、理解しようと務めることは大事なんじゃないかなと思います。

──ご自身の役についてはどんな印象をお持ちですか?

先ほど言った通り、人のスペースに入り込んでいく人。でも戯曲で読む限り、あまりそれが失礼に当たらないキャラクターなのかなと思います。実際、馴れ馴れしい人だけど失礼に感じない人っていますよね。そういう人をどう立体的に見せていけるかは、楽しみでもあります。

──相野は一見すると屈託ない性格のようですが、実は内に屈折を抱えていて、そこが本作のポイントの1つでもあります。

そうですね。相野が負っているものは自分が体験したものではないから想像するしかないんですが、でも僕自身、相野と実はちょっと似ているなと思うところがあって。なので、今自分が抱えている“ちょっとわからないもの”を相野に重ねることで、その先が見えてくるかもしれないなってワクワクもしています。

──先日公開された「D-DAYS」(参照:D-DAYS vol.177 池岡亮介×阿岐之将一(特別ゲスト) | 特集 | Deview-デビュー)で、阿岐之将一さんが「相野は池岡さんのような役だ」とおっしゃっていました。

あははは! あれ、実はちょっとショックだったんですよ(笑)。ポジティブな意味で言ってくれたのだと思うんですけど、土足で他人のエリアに入っていくような一面が僕にあるのかなってちょっと考えちゃいました。ただ稽古場で作品について話をしていく中で、最初は相野は奈良県出身の設定だったんですが、僕と同じ名古屋出身ということになったり、いろいろつながりが生まれてきて。正直、役が自分に近づけば近づくほど、自分としてはやりづらいところもあるんですが……(笑)。

池岡亮介

──(笑)。でも人懐こい面もありつつ、相野は冷静に全体を俯瞰で見ているようなところがあります。これまでの池岡さんの舞台姿から、そういった俯瞰する目線、引いた佇まいを感じていたので、「池岡さんにピッタリだな」と思いました。

ああ、確かにそういう役が多いですね。「飄々としてる」ってよく言われるんですけど、普段も実は俯瞰して場を見ていることが多いし、空気感には敏感なほうだと思います。特に今回は過去と未来を行ったり来たりする役柄なので、その傾向は強いかもしれません。また聖さんと一対一のシーンが多いので、相手の芝居を“受ける”だけじゃなく、どれだけ相手に影響を与えられるのかが僕の課題でもあります。

──また台本を読んでいると、時折相野が現実にはいないような、異世界にいる存在にも感じました。

僕も思いました。異世界というか……もしかしたら三桑が作り上げている、三桑だけにしか認識されていない人物なのかな?と。(演出の大澤)遊さんが言っていたことでとても印象に残っている言葉があるんですけど、「周りが相野の存在を決める」と。だからお客さんももしかしたら「あれ? この人は実在する人なのかな?」って感じるかもしれないですね。

改めて、舞台がやりたいなって

──以前から舞台での活躍が多い池岡さんですが、2022年は悪い芝居から音楽劇、辻村深月シアター、PLAY / GROUND Creation「The Pride」、ライブ・スペクタクル「NARUTO」、さらに「マーキュリー・ファー」の突然の代役出演など、本当にさまざまな舞台に出演されました。「夜明けの寄り鯨」は、そんな2022年の締めくくりにふさわしい、さまざまな問題を内包した深淵な作品となりそうです。

確かに今年はいろいろな縁がつながって、挑戦できる機会も増えて、多くの舞台に出演させてもらいました。自分からいろいろな人に会いに行って話し合ったり、今までやりたかったけど出来なかったことに挑戦してみたり。別に、30歳を手前にしてどうこう、というわけではないんですけど、自分のやりたいって気持ちとやれる場所があるならやらないと、って思ったんです。また数年前、映像作品に出演させていただくことが多かった時期があって、もちろん映像も楽しかったんですけど、改めて舞台がやりたいなと思ったんですね。舞台に立つことがまず楽しいし、稽古場で役や作品にかける時間がすごく尊いなって再認識したんです。なので、やりたい気持ちがある今、前のめりにやっていこうって。

──実はエネルギッシュな方なんですね。

自分の中では、めちゃくちゃ燃えているものがあります(笑)。

──来年30歳を迎えられますが、特に意識していることはありますか?

4・5年前に感じていた30歳に対するハードルみたいなものが今は全然なくなってしまって、周りの見方が変わるだけで自分の中ではそんなに変わらないんじゃないかなと思います。

池岡亮介

──年齢を重ねることでやりたいことができるようになってきた感じは?

ああ、それはあるかもしれないですね。

──今後やってみたい役や作品はありますか?

そうですね……例えばサイコパスの役に対して、二十代前半のときに思っていたイメージと、いろいろな作品に触れて価値観も変わってきた今ではだいぶアプローチが変わるんじゃないかなと思っています。Netflixで今、「ダーマー」を観ているんですけど、ああいった作品での役の掘り下げ方、狂気性はすごいと思うし、でもちゃんと人間らしさもあるし、役へのアプローチの仕方が全然違うんじゃないかなと思っていて。そういう役をやってみたいなという思いはあります。

──確かに、柔らかな印象を持った池岡さんが、サイコパスを演じるのはとても似合いそうですね。

めちゃくちゃ難しそうですけどね(笑)。でもそういう人の役作りを見ていると、吸い込まれそうになるんですよね。

──ドラマを観るときも、役者さん目線なんですね。

ああ、それはもう、そうですね!(笑)

──ご自分で作品を作りたいというようなお気持ちは?

それはないです。ただ一度、ある役者に「一緒に作品を作ってみよう」と誘いを受けたことがあって、それはまだ実現してないんですけど、ワクワクしましたね。自分が台本を書いたりってことはできませんが、でもどういう作品をやっていきたいかというような企画を立てるのはすごく好きなので、もし今またそうやって声をかけられたら「やる!」と言うと思います。

──ますますこれからが楽しみですね。

楽しみでしかないですね、三十代は。

押し付けるのではなく、寄りそう

──先ほど「いろいろな縁がつながって……」とお話がありましたが、大澤さんとは2020年に「まじめが肝心」でもご一緒されています。大澤さんの印象は?

以前も感じたのですが、すごく柔らかい人なんですけど稽古場の掌握の仕方、舵の取り方がうまいなと思いますね。遊さんも空気感とかに敏感な人なんじゃないかな。かつ、役者から出てくるものをすごく信用してくれる演出家だなって、今回改めて思っています。

池岡亮介

──実際、話しやすいムードの稽古場なのでしょうか?

(即答で)そうですね。停滞する時間や悩む時間も許してくれるというか、その時間すらも大事にしてくれます。わからないことをわからないままで終わらせない感じがあり、腑に落ちないまま発しているセリフはすぐキャッチされるし、そこについてじっくり時間をかけて進めてくれるので、変な気の使い方はせず、じっくりと作品に向き合おうと思わせてくれます。

稽古に入る前の時間、輪になって、その日までに起きた良いこととか発見したこと、みんなに共有したいことを1人ずつ話していく時間があるんです。それは「まじめが肝心」の稽古でもほかの作品の稽古でもやったことがあるんですけど、みんなで「自分はこう思った」ということを話しているうちに僕も「あ、そういえば……」という感じで自分から話すことがよくあります。そうやって話していると、「ああ、この人はそれが良いと思ってるんだな」とその人自身が見えてきて面白いです。

──本作は“寄り鯨”、つまり座礁鯨のことを軸に、捕鯨問題やLGBTQ+の問題、価値観や記憶の問題などさまざまなテーマが描かれます。中でも池岡さんが一番心に引っかかったテーマはどの部分ですか?

今回は特に、捕鯨や鯨を食べる、ということについて心に残りました。捕鯨をする人も反対する人も、どちらも間違っていないと思うんですよね。根本的に差別的な考えを持っている人は別ですが、そうではない人たちの間でも、相手のことを理解しようと思いつつも自分の感情や考えが勝ってしまうことはよくあって。でもそこに“ほんのちょっとのリスペクト”があれば──これ、今年出演した「The Pride」という作品のセリフなんですけど、“ほんのちょっとのリスペクト”があれば価値観が違っても誰かを傷つけることにはならないんじゃないかなと思います。今回、僕は初めてきちんと捕鯨について考えました。もちろん学生のときにシーシェパードなど過激な組織が動いていることは知っていましたが、自分も昔鯨を食べたことがあるし、でも相野がふと疑問に感じた「クジラショーとかイルカショーって、どうなんだろう?」という気持ちもすごくよくわかるし。ただそこで自分がどんなふうに思ったかは、やっぱり誰かに押し付けることではない、とも思いましたね。

──また劇中では、現在と25年前のシーンがキッパリと分かれ、別の時間軸の事実として存在するのではなく、現在の三桑と相野の会話の中で、25年前のエピソードが“三桑の記憶にある出来事”として語られます。その“不確かさ”が本作の魅力ですが、演じる俳優さんにとっては難しそうです。

難しいです!(笑) 25年前のエピソードが語られるとき、相野の居方はどうしたら良いんだろうと思っています。ただ遊さんも言っていましたが、それこそお客さんの拠り所ではありたいなと思っていて。過去の出来事を俯瞰で見ている相野とお客さんが、何か思いを共有できる存在でいたいなと思っています。

──相野はとても重要な存在ですね。

……と言われるとすごいプレッシャーですが(笑)、今回は舞台美術もほとんどなく頼れるものもないので、自分たちで想像して作り上げたものを、お客さんにも観てもらえるように作り上げていきたいと思います。

池岡亮介

プロフィール

池岡亮介(イケオカリョウスケ)

1993年、愛知県名古屋市生まれ。2009年に「第6回 D-BOYSオーディション」で準グランプリを受賞。主な出演作に映画「東京リベンジャーズ」「1/11 じゅういちぶんのいち」、テレビドラマ「パーフェクトワールド」「グランメゾン東京」「獣になれない私たち」「グッド・ドクター」など。最近の舞台出演作に「ライブ・スペクタクル『NARUTO-ナルト-』~忍者大戦、開戦~」、PLAY/GROUND Creation #3「The PRIDE」、「辻村深月シアター」「かがみの孤城 / ぼくのメジャースプーン」、悪い芝居「愛しのボカン」、「マーキュリー・ファー」、ティーファクトリー「4」、イッツフォーリーズ公演 ミュージカル「魍魎の匣」など。