ナタリー PowerPush - 吉井和哉

転換期を示す新曲「点描のしくみ」

吉井和哉が1年半ぶりとなるシングル「点描のしくみ」を8月29日にリリースする。内田けんじ監督、堺雅人や香川照之が出演する映画「鍵泥棒のメソッド」の主題歌である今作は、アグレッシブなリズムに乗って、映画の物語と吉井自身の人生観が絡み合いながら、リスナーの心と身体を揺さぶってゆく。アッパーな盛り上がりもある、深みを持った名曲だ。また、タイトル曲とは全く違ったベクトルから今の吉井を切り取ったカップリング曲「海へいこう」「ロックンロールのメソッド」も新鮮な印象を聴き手に与える。

今年はTHE YELLOW MONKEYでデビューして20周年、来年はソロリリース10周年を迎える吉井和哉。「点描のしくみ」は現在とこれからをつなぐ、表現の転換期となる作品である。

取材・文 / 井上貴子(rockin'on)

これから第2期に行くかなあって

──「点描のしくみ」は、元々は去年の夏、ミニアルバム「After The Apples」の曲作りを始めた最初の頃にできていたそうですが、なぜミニアルバムに入れずにとっておいたんですか?

ライブですごく伸びていく曲だなっていう手応えがあったんですよ。だから、完成させて「After The Apples」に入れるのものいいかもしれないけど、一方でシングルとして吉井和哉のことをあんまり知らない人のために生まれてきた曲かなってちょっと思ったので。いつ出そうってことも決まってなかったんですけど、その後、映画主題歌の話をいただいて、デモを聴いてもらったら気に入っていただいたので、今は「ああ、すごい恵まれてるな、この子。こんな素敵な看板がついたよ」みたいな(笑)。

──歌い出しからして、とてもポジティブな曲ですよね。「信じ込んでも良くはない 考えてもわからない なるべくなら笑って できるだけポジティブで」って吉井さんにしては珍しい。

珍しい始まりですよね。こういう簡単でポジティブな言葉で歌ったことなかったんで。「今、俺こんなんだけどがんばろうぜ」みたいな歌はあるけど、「まあいいじゃん!」っていうスタートっていうのは面白いですよね。まず「点描のしくみ」っていう曲のタイトルがあんまりないタイプのものだし、だから逆にそこ以外は簡単な言葉でいいかな、と思ったっていうか。「点描のしくみ」もそうだし、「母いすゞ」(「After The Appples」収録曲)もそうだし。どっちも最近のお気に入りの曲なんですけど、歌詞にはそんなにむつかしい言葉はないし、ふりがながなきゃ読めない漢字もない。そういう楽しさを覚えてきたのかな? タイトルは「何っ!?」って思うけど(笑)。

──「点描」っていう言葉を楽曲に使うことも珍しいですが、そのアイデアはどこからきたんですか?

歌詞を書く前から、「点描のしくみ」っていうタイトルだけ決まってたんですよ。点描って僕もちょっと若いときに描いたことがあったんですけど、飽きてきたり、邪念が入ると点が粗くなるんです。たまたまテレビで点描の特集やってて、「ああ、なんか人生と一緒だなあ」と思って。それと映画のストーリーを重ねて書いてみたんですけど。つらいこともあったけど気を取り直して毎日ちゃんと点を打っていかなきゃね、毎日丁寧に生きましょう、って。なかなかできないですけどね。自分が死ぬときになってようやく「こんな絵かあ!?」みたいな(笑)。その人の絵だから、いろんな時期があっていいと思うけどね。でも、どうせだったら、「なるべくなら笑って できるだけポジティブで」っていう。この「なるべくなら」の、“なら”っていうのがやっぱり俺の場合ね(笑)。

──「マサユメ」とか「煩悩コントロール」とか、CDシングルではないですがここ1年で吉井さんが出してきた楽曲って新しい攻撃性を持ったポップなサウンドが多くて、「After The Apples」とは違うモードのロックが吉井さんの中で鳴り始めてるんだなあ、と感じました。

あ、そう言われてみればそうですね。でも、自分的には曲を作ることに対して「無敵だぜ!」っていうわけではないんですよ。やっぱりどっか不安だったり、不満だったりがあって、100%の抜けの良さがあるわけではないんだけど、出来上がってる曲はそんなことはないっていう不思議な時期で。だから「来るべき無敵のとき」が楽しみだなっていう感じですね。

──何か具体的な変化の予感はありますか?

バンドでずっと作ってきて、ソロになって1人で作るようになって。「でもやっぱりバンドで作るの楽しかったよな」って今思ってる時期で。1人で全部作る“ソロ吉井和哉”のやるべきことが1回終わって、これから第2期に行くかなあっていう感じがしてますね。

──では、次からはバンドで作っていく可能性もありそうですか?

バンドでリハーサルスタジオに入って音を固めて録音したいですね。それが日本人のメンバーによる今のバンドなのか、アメリカのミュージシャンとなのかわかんないですけど。「The Apples」を自分のスタジオで、エンジニアと2人だけで作ってるのも楽しかったけど、アメリカに行ってアメリカのミュージシャンと作ってるのもすごい楽しかったし。個人的には満足度が高かったので、またやりたいですね。アメリカの田舎とかで作ってみたい。

映画情報

2012年9月15日(土)よりシネクイントほかで全国公開

吉井和哉(よしいかずや)

吉井和哉

1966年生まれ。THE YELLOW MONKEYのボーカリストとして1992年にメジャーデビュー。以後、2004年の解散まで数々のヒットシングルを生み出す。2003年10月にはYOSHII LOVINSON名義でシングル「TALI」をリリースし、事実上のソロデビューを果たす。2006年には現在の吉井和哉名義にし、ソロとして3枚目のアルバム「39108」を発表。以降も精力的にリリースやライブを重ねている。グラマラスなサウンドと歌声は多くのリスナーを魅了しており、他アーティストからの評価も高い。