吉井和哉のソロデビュー20周年を記念したベストアルバム「20」が、9月13日にリリースされた。
この作品は2013年にリリースされた「18」に続く、吉井のベストアルバム第2弾。2014年以降にリリースされたシングルやアルバムリード曲を中心とした15曲が収録されている。FC限定盤には過去の自身の楽曲や、KinKi Kidsに提供した「薔薇と太陽」の仮歌音源、ダチョウ倶楽部や布袋寅泰とのコラボ曲を追加収録。初回限定盤には2021年に行われた東京・日本武道館公演の映像を収めたBlu-rayが付属するなど、吉井のソロアーティストとしての歩みを多角的に振り返ることのできる作品となっている。
2003年にYOSHII LOVINSON名義でソロデビューし、2016年のTHE YELLOW MONKEYの再集結と並行してソロアーティストとして多彩な楽曲を発表してきた吉井。彼が生み出す世界の根底にあるものはなんなのか、そして20周年を経て進む道はどこに向かっているのか。今回の特集では森朋之、天野史彬という2人の音楽ライターにクロスレビューを依頼し、吉井和哉の真髄に迫った。
葛藤と苦悩を音楽に昇華、自分自身の表現を今も追求する
吉井和哉からソロデビュー20周年を記念したベストアルバム「20」が届けられた。ベストアルバム第1弾「18」(2013年リリース)に続くベストアルバム第2弾となる本作の収録曲は、2014年以降にリリースされたシングル、そして、これまでのアルバムのリード曲を中心にセレクトされている。通常盤の収録曲は以下の通り。
- みらいのうた(配信シングル / 2021年)
- ○か×(配信シングル / 2021年)
- (Everybody is) Like a Starlight(アルバム「STARLIGHT」 / 2015年)
- 超絶☆ダイナミック!(シングル / 2015年)
- WEEKENDER(アルバム「39108」 / 2006年)
- シュレッダー(アルバム「Hummingbird in Forest of Space」 / 2007年)
- ヘヴンリー (アルバム「VOLT」 / 2009年)
- ウォンテッド(指名手配)(アルバム「ヨシー・ファンクJr. ~此レガ原点!!~」 / 2014年)
- MUSIC(アルバム「The Apples」 / 2011年)
- VS(アルバム「The Apples」)
- SWEET CANDY RAIN(YOSHII LOVINSON / アルバム「at the BLACK HOLE」 / 2004年)
- JUST A LITTLE DAY(YOSHII LOVINSON / アルバム「WHITE ROOM」 / 2005年)
- 雨雲(アルバム「Hummingbird in Forest of Space」)
- Island(アルバム「SOUNDTRACK ~Beginning & The End~」 / 2018年)
- クリア(アルバム「STARLIGHT」)
前のベスト盤「18」の収録曲とはまったく被りがなく、20年のキャリアを網羅しつつも、まるで1枚のオリジナルアルバムのようにも聴ける作品に仕上がっている。前作との最大の違いはもちろん、THE YELLOW MONKEYの再集結を挟んでいること。共通しているのは「自分とは何者か?」「人生において、何をすべきなのか?」という最も根源的な問い──言うまでもなく、この問いから逃れられる人間はいない──と向き合い続け、その過程における葛藤や苦悩を、質の高いロックミュージックに昇華していることだ。
吉井がソロアーティストとして最初に発表したアルバムは、YOSHII LOVINSON名義の「at the BLACK HOLE」。THE YELLOW MONKEYの活動休止から約3年という時間を経て届けられたそのアルバムは、ドラム以外の楽器をすべて吉井自身が演奏。どこを切っても吉井和哉なわけだが、今聴いても驚くほどダークな雰囲気をまとっている。イエモンの派手さ、ケレンミはまったく感じられず、淡々としたダークな楽曲が連なっているのだ。ベストアルバム「20」に収録された「SWEET CANDY RAIN」におけるメランコリアにあふれたメロディと「もう誰のせいにもしないって」というラインは、ソロとしての出発点である本作を象徴している。
その後も吉井は、ソロアーティストとしてのあるべき姿を模索し、トライ&エラーを続けた。“吉井和哉”名義の最初のアルバム「39108」(2006年)は、彼にとって30代最後の作品だ。アルバムリード曲「WEEKENDER」は、疾走感あふれるビートと解放感に満ちたメロディが印象的なアッパーチューン。この時期、吉井は夏フェスにも出演し、希代のロックスターとしての存在感を改めて示すとともに、40代以降の活動のビジョンを切り開きつつあった。
アーティストとしてのモードが明確に変わってきたのは、アルバム「The Apples」(2011年)の頃ではないだろうか。しなやかなグルーヴをたたえた“オルタナ×ディスコ”なサウンド、「どんな時も傷に染み込む 音楽があってよかったな」というフレーズが響き合う「MUSIC」。歌謡的なイナたさを感じさせるメロディと“自分vs自分”をテーマにした歌詞がひとつになった「VS」。アルバム「The Apples」には、THE YELLOW MONKEYのイメージを払拭しようと試みていたYOSHII LOVINSONの姿は感じられず、“今、やりたいことをやる”というアーティストとしての真摯な姿勢が伝わってくる。ちなみに筆者は「The Apples」リリース時、吉井にインタビューする機会を得たが、そのとき彼は「ようやく自分の声を受け入れられるようになってきた」という趣旨のコメントをしていた。当時は「え、今?」と驚いてしまったが、音楽性、ボーカルを含め、吉井にとって“自分自身をそのまま認める”というのはとてつもなく高いハードルであり、その葛藤こそが創作の源でもあったのだろう。
昭和歌謡やポップスをテーマにした初のカバーアルバム「ヨシー・ファンクJr. ~此レガ原点!!~」(2014年)を挟み、「The Apples」から4年のインターバルを経て届けられたアルバム「STARLIGHT」(2015年)は、現時点における吉井和哉の最高傑作と言っていいだろう。UKロック直系のバンドグルーヴ、昭和歌謡の匂いを振りまく旋律、そして、すべての存在を祝福する歌詞がひとつになった「(Everybody is)Like a Starlight」、ニューオリンズ的な開放的なビートとともに、「今日で全部クリアだ」というポジティビティを解き放つ「クリア」。現代的なポップ感覚と濃密なロックテイストが絡み合う楽曲は、今聴いても斬新で強烈だ。アルバム「at the BLACK HOLE」の暗さに比べるととてつもない変貌ぶりだが、これもすべて、自分自身の表現と真摯に向き合ってきた結果なのだと思う。このアルバムの翌年にTHE YELLOW MONKEYは再集結。吉井和哉のキャリアも新たなタームへと突入した。
2016年から2017年にかけてTHE YELLOW MONKEYは精力的にツアーを行い、日本中のロックファンを強く惹きつけた。そして2018年、ソロデビュー15周年を迎えた吉井はアニバーサリーツアーを開催。さらに15周年を記念したアルバム「SOUNDTRACK~Beginning & The End~」をリリースする。2015年の武道館公演の音源を収めた作品だが、唯一の新曲「Island」は彼のキャリアの中でも特筆すべき楽曲だ。
美しいギターのアルペジオと「血まみれの女神達よ聴いてください この嘘みたいな現実を生き抜くための歌を」という歌詞で始まるミディアムバラード「Island」。その背景にあるのは、あらゆる場面で分断が進む現代の社会。宗教や社会システムの違い、経済的な格差による分断はもはや、手の施しようがないほど広がってしまった。皆が平穏に暮らせる場所は“地図にはない島”、つまり、どこにもないかもしれない。しかし、それでも我々は生きていかなくてはいけない──祈りとも諦念とも受け取れるこの曲には、吉井和哉の表現者としての本質がしっかりと刻まれているのだと思う。「Island」が制作されたのは、コロナ禍の前。世界の混乱を予見したかのような歌詞は、まさに坑道のカナリアだ。
2021年には自身のレーベル「UTANOVA MUSiC」を立ち上げ、ベストアルバム「20」の1曲目に収録された「みらいのうた」を発表した。穏やかな痛みを感じさせるメロディライン、生楽器の響きを生かしたアンサンブルとともに歌われるのは、「僕の過去は僕のメロディになるから 怖くはない 未来の歌」というフレーズ。何があっても怖くない、いつか消えてしまうとしても、ここで歌っていよう。メメント・モリ(死を想え)の感覚すら超え、いつの時代も歌は響くはずだという思いをつづったこの曲は、明らかに吉井和哉の新境地。そう、彼の音楽は今も先に向かって進み続けているのだ。
レーベル第2弾シングルは「〇か×」。アレンジャーにトオミヨウを迎えたこの曲は、オールドスタイルのロックにグローバルポップのテイストを加えたナンバー。吉井が“今”の音楽を求め続けていることが明確に伝わってくる。
吉井和哉がデヴィッド・ボウイへの憧憬のもと、ロックアーティストを志したことはよく知られている。自身の精神と肉体を音楽に捧げ、次々とスタイルを変化させてきた吉井のキャリアには、確かにボウイの影響が反映されているのだろう。しかしながら当然、誰もボウイにはなれない。特に表現に関わる人間であれば、自分自身の経験や思考をもとに作品を作らざるを得ないし、最終的には自分になるしかないのだから。
ただ、ロックミュージックは(ジャズもR&Bもヒップホップもそうだが)そもそも舶来品であり、日本人のアーティストは模倣から始めるしかない。最初は衝動や勢いでカッコよくやれるかもしれないが、そんな時期は一瞬であり、その後は「自分とは何者か?」「何をやるべきか?」という問いに直面し続けることになる。思考を放棄して「楽しくロックンロールやれたら、それで最高」と開き直ることもできるだろう。そのこと自体は否定しないが、個人的には、思考停止や自己模倣に逃げず、葛藤を続けて自分自身の表現に近付こうとするアーティストに惹かれる。吉井和哉はまさにそういうアーティストであり、そのことはベストアルバム「20」が証明していると思う。
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天野史彬 レビュー