suisの3年間
──ヨルシカとしての作品リリースは「幻燈」以来およそ3年ぶりになります。この3年間は「ヨルシカ LIVE TOUR 2023『月と猫のダンス』」「LIVE TOUR 2024『前世』」「LIVE TOUR『盗作 再演』」とライブが続き、配信シングルもリリースし続けてきましたが、suisさんにとってどんな時期でしたか?
ずっと何かしらやってたので時間の感覚がなかったのですが、3年間の出来事なのですね。常に戦いの中で成長していこうという気持ちで走っていました。スキルも上がった部分はあると思いますが、メンタリティのほうが変化は大きいです。たくさんの経験をさせてもらう中で、自分の得手不得手についても常に認識が深まっていくので、いいほうには自信が付きましたし、どうにもならないものはちゃんと人に頼るということができるようになってきました。力強く支えてくださるスタッフの皆さんの存在をより強く感じた期間でもありました。
──suisさんは2024年の音楽ナタリーのインタビューで「ヨルシカを始めて7、8年くらいになりますけど、その中で磨き上げてきた技で期待に応えることが一番」とおっしゃっていましたが、今のスタンスはどうでしょう?(参照:suis from ヨルシカ「若者のすべて」特集)
期待に応えられることは依然としてうれしいです! でも本質的には「期待に応えること」が好きなのではなく、期待に応えたことで「喜びの反応が返ってくること」がうれしいのでは?と気付きました。求められるものも、よくできたものや技量の高いものだけじゃない場面が増えてきたので、臨機応変に、前より気楽にレコーディングに挑むようにしています。
不完全も誰かに愛してもらえたら
──アルバム「二人称」は、ひと言では捉えらない奥行きと深さを持った作品だと思います。suisさんのこのアルバムに対する思いを聞かせてもらえますか?
現代を生きる中で強く感じるのが、みんな「黄金比」とか「どこに出しても恥ずかしくない」が大好きだよなって。非の打ち所がないものがいいものとして評価される社会で生きてるから、私もこの「二人称」のアルバムの歌唱に対してまだ恥ずかしさが拭いきれていない部分があったりします。例えば、1曲目の「雲になる」のボーカルはいつ録ったのかもわからないくらい昔の仮歌がそのまま起用されているのですが、それが高熱を出した日にぐったりしながら録音した一発録りで。当時は熱に浮かされてるし鼻も詰まってるし、なんか雲っぽくていいかも(笑)と思い立ち宅録したのですが、そのまま世に出されるとなれば笑えないですよね。本番レコーディングもしてすごくいい歌が録れたのに、アルバムFixを目前にしてn-buna氏が仮歌を使いたいと言い出したんです。選ばれたのは、粗もヨレもある発熱テイクだったわけです。そういう、自分の理想に届いてないテイクというのが意識的にちらほら入れ込まれている気がします。ただ、それを一個人として納得できるのは、この時代を生きる私たちは「黄金比」が大好きだけど、同じくらい「黄金比じゃないもの」に愛着を持っているし、不格好なものを愛しく思う度量がある、と思っているから。だから完成度が高い、と言い切らずに私はこのアルバムを渡したいし、その不完全も誰かに愛してもらえたらいいなと思っています。
アルバム「二人称」における試行錯誤
──アルバム「二人称」に収録される新曲、再録曲について、それぞれの楽曲の受け止め方、歌唱におけるポイントを教えてもらえますか?
<新曲>
「雲になる」
夢の中に迷い込んだような音楽だと思い、ぼんやりと、ウイスパーで息を多めに歌い、なんだか宙に浮いたような感じになりました。
「花も騒めく」
思い出の中で、仲良しの女の子と手をつないで、海や花の咲く道を駆けているイメージで歌っています。Dメロのみ前めのリズムで歌うといいみたいです。
「魔性」
楽し気に、酔っ払い状態で。誰かが小さい旗を振っている画が浮かんだので、へべれけツアーガイドさん的な感じでしょうか。ヨルシカにおいてかなり大事にしてきたポリシー、「言葉を伝える」を半分は捨てて挑んでいます。
「プレイシック」
狭い部屋に生活がある。見えたのは笠のついた吊り下げ電気が点いてない昼の薄暗い部屋です。そして、なんでもない日の外をのんびり歩きます。なので、あまり歌を歌わないことを意識しました。
「ポスト春」
風刺的な印象の強い楽曲なので、歌もダウナーと、逆にサビはちょっと変なハイで構成しました。レコーディングは椅子にだらりと座って姿勢悪く録っています。歌いながらあくびしたらハマるかなと思って偶然を装いつつやってみたのですが、ちゃんと怒られることもなく受け入れてもらえました。
「火葬」
声を出さずに、ポツポツと誰にも聞かれない独り言みたいに。このアルバムの中で一番歌詞に共感して入り込めた歌ですが、逆に歌唱は自分らしくないものを採用して、ちょうどよい距離感になっていると思います。
「うめき」
歌詞に「歌」と入っているので、歌い手である自分の存在を明確にして「歌い上げ」ています。花びらの舞い上がる春の嵐を想いました。
「啄木鳥」
啄木の生活を思えば、上手い歌になっては違うだろうと、最低限メロディと譜割だけ頭に入るくらいの練習量でレコーディングに挑みました。歌ったのは本当にリハーサルの1回きりだったので、リアルに初心な歌です。
「千鳥」
とても晴々な曲、かつロマンチックな曲だったので、これはもう自分の好きが詰まってるから等身大で飛び込めばそれでOKだろうという第一印象でした。とにかく楽しく歌って、気持ち的にはメロい感じです。
「櫂」
最後のフレーズにこのアルバムで一番の何かが宿っていると思います。自分で歌っていて、一番ヨルシカらしいと感じた一節でもありました。
<再録曲>
「ヒッチコック」
幼げとやや機械的な表情で歌った前回と対比する、大人の表情豊かな葛藤を表現しました。子どもの時の苦しみって、責任が少ない分選択肢もあまりに少ないので、諦観になりやすかったなと自分の人生を振り返って思っていて。歳を重ねるにつれ、苦しみや悲しみに対して素直な顔を出来るようになっている気がします。バンドのみんなと一緒に歌も大人になった「ヒッチコック」です。
n-buna=音楽
──改めて、n-bunaさんという音楽家についてどう思われますか?
この人の人生は音楽なんだなと思います。音楽家の知人友人と会話をするときに、音楽の話題ってまず出ないのですが、n-bunaくんはいつでも音楽の話をしてる。たぶん音楽で出来てるから、全部音楽にしたい。そんな音楽人間の隣で音楽が止むわけないですから、自分も歌を歌い続けられる未来が想像できてうれしいです。
──3月にはライブツアー「一人称」が始まります。どんなツアーにしたいと考えていますか?
体を揺らして楽しめる楽曲も増えたので、その場にいる人みんなで楽しめる、人と人が作った実感のあるものにしたいです。何よりも、ライブに来てくださる皆様との時間を大切にしたい。たくさん笑顔が見たいし、時には立ち尽くしてもらえるような感動も与えたいです。がんばります!
公演情報
ヨルシカ LIVE TOUR 2026「一人称」
- 2026年3月21日(土)宮城県 ゼビオアリーナ仙台
- 2026年3月22日(日)宮城県 ゼビオアリーナ仙台
- 2026年4月18日(土)大阪府 大阪城ホール
- 2026年4月19日(日)大阪府 大阪城ホール
- 2026年5月30日(土)愛知県 日本ガイシホール
- 2026年5月31日(日)愛知県 日本ガイシホール
- 2026年7月29日(水)神奈川県 横浜アリーナ(※追加公演)
- 2026年7月30日(木)神奈川県 横浜アリーナ(※追加公演)
- 2026年8月4日(火)福岡県 マリンメッセ福岡
- 2026年8月5日(水)福岡県 マリンメッセ福岡
- 2026年9月15日(火)千葉県 LaLa arena TOKYO-BAY
- 2026年9月16日(水)千葉県 LaLa arena TOKYO-BAY
プロフィール
ヨルシカ
「ウミユリ海底譚」「メリュー」などの人気曲で知られるボカロPのn-bunaが、女性シンガーのsuisをボーカリストに迎えて2017年に結成したバンド。n-bunaの持ち味である文学的な歌詞とギターサウンド、透明感のあるsuisの歌声を特徴とする。2017年4月に初の楽曲「靴の花火」のミュージックビデオを公開。6月に1stミニアルバム「夏草が邪魔をする」をリリースした。2019年4月に1stフルアルバム「だから僕は音楽を辞めた」、8月に2ndフルアルバム「エルマ」、2020年7月に3rdフルアルバム「盗作」をリリース。2023年5月には4thフルアルバムとして、“聞ける画集”「幻燈」を発表した。2025年2月にn-bunaが原案 / 執筆を担当する“書簡型小説”「二人称」、3月にその“書簡型小説”を音楽で表現したアルバム「二人称」を発表。3月から9月にかけて全国5都市を巡るコンセプトツアー「一人称」を開催する。





