ヨルシカがおよそ1年ぶりの新作となる2ndアルバム「負け犬にアンコールはいらない」をリリース。これを受け音楽ナタリーでは、ヨルシカのギタリストであり、作詞作曲を担当しているn-bunaへのインタビューを実施した。
作品のテーマやストーリー、登場人物、つまり世界観を頭の中でしっかりと固めたうえで、自らの楽曲群に落とし込み、それを1枚の作品全体をもって表現しきる。n-bunaはそういうタイプの音楽家であり、今回のインタビューでも、そのやり方が変わっていないことがわかる。
しかしヨルシカを結成してからは、これまでは自己の脳内に湧き上がったイメージを具現化していく作業だけで完結していた彼の創作が、ボーカル・suisや周囲のスタッフの意向を取り入れることで、より幅広い可能性を獲得している。今回のインタビューで彼は、その変化ゆえに前作のリリース後には深刻なスランプも存在したことを告白。その苦闘の末に生み出した今作の、誕生までの一部始終を語ってもらった。
取材・文 / 風間大洋
アウトプットが増えたのはいいことだけど、迷いにもつながったと思う
──ヨルシカとしては約1年ぶりのアルバム「負け犬にアンコールはいらない」をリリースしましたが、n-bunaさん個人の名義でもおよそ2年ぶりのボカロ曲「ヨヒラ」が3月に動画サイトに投稿されました。間にコンピレーションアルバムへの参加があったとはいえ(「HATSUNE MIKU 10th Anniversary Album『Re:Start』」収録「ボロボロだ」)、かなり間隔が空きましたね。
空きました。まずヨルシカを始めたことでそっちの音源を作ることを考えながら、Vocaloid曲の制作も進めていたんですけど……スランプと言うか、とんでもなく曲が作れなくて。Vocaloidを使うにあたって、僕は「Vocaloidでしか映えない曲を作ろう」と思って制作にあたるんですけど、何曲作ってもそれがボカロ曲として純粋にカッコいいものではないと感じて。やる以上はクオリティが高くて自分が作りたいように作れたもの、「今の自分はこれだ」って見せられるものを出したいんですけど、その期間は「これを出しても世の中の誰にも響かないだろうし、初音ミクやmikiの力を出せてないな」って気がして、デモを作っては捨ててを繰り返していました。それが最近になってようやく自分が納得できるクオリティのものが作れるようになったんです。やっぱり、人間の表現を突き詰めるバンドとしてヨルシカの活動をするようになって、それはボカロとは対極のものだから、揺れ動くものがいろいろあったんじゃないかなって、自分では思っています。
──知らず知らずのうちに、作り手としての意識の比重がボカロより人間の表現のほうに傾いていたんでしょうか。
と言うよりは、両方とも今まで通り作っている中で、曲に対する理想がめちゃくちゃ上がっていたと言うか。やっぱりヨルシカの活動ではsuisさんのボーカルや、サポートミュージシャンを含めいろいろな方の力を借りて音楽を作っていて、満足のいくクオリティのものが出せている。そこと同じクオリティのものを僕はボカロ曲にも求めてしまっていたと思うんですよね。それによって自分に課すハードルがどんどん上がりまくって。今までは「こうすれば自分はいいものが作れる」って信じてずっと作ってきたけど、みんなの意見を取り入れるっていうやり方を知ったことで、自分の作り方に疑問が出てきたのかもしれないです。
──アウトプットの選択肢が増えたっていうこともありそうですけど。
ああ、そうですよね。作りたいものがどんどん増えていて、いろんな曲を作ろうと試していたんですよ。僕が昔から好きなエレクトロニカのような空間の広がりを感じる音や、最近の海外のバンドのトレンドにあるような、ダイナミクスがちゃんとあって1つひとつの楽器がはっきり聞こえる音とか。僕、The 1975が好きなんですけど、海外のバンドシーンは今ああいうサウンドが流行してると思います。それぞれの楽器の音がよく聞こえるんだけど音にちゃんと広がりもあって。EDM以降のダブステップやハウスの派手な表現が流行した反動で、みんなが音数の少ないものを求めるようになってビッグルームとかが流行って、そこから音数を減らす傾向がバンドサウンドにフィードバックされているんです。そういった僕が好きな今のロックバンドのサウンドを楽曲に取り入れようとしていたんです。勉強のためでもあったんですけど、いろんな方向に手を伸ばしすぎて。アウトプットが増えたのはいいことでもあるけど、迷いにもつながったなと思います。
完全に変わってしまったように見える中に、実は変わらないものがある
──今おっしゃっていた嗜好は、今作「負け犬にアンコールはいらない」にも通じる部分がありますよね。
「爆弾魔」の出だしの音の間や、「冬眠」のリバーブ感はそうですね。あとはエンジニアの松橋(秀幸)さんに助けてもらったことで、各楽器がちゃんと前に出て鳴ってるけどダイナミクスもある仕上がりになったと思うので、そのあたりには影響があると思います。
──大枠の部分で言うと、前作のリリース時に「コンセプチュアルな存在でありたい」というお話をしていましたが(参照:ヨルシカ「夏草が邪魔をする」インタビュー)、そこは今回も同様ですよね。
そうですね。今作も完全にコンセプトありきでアルバムを作ろうと思いました。最初にデモを作った段階でアルバムの全体像は頭にあったし。アルバム自体、前作のセルフオマージュの固まりなんですけど、世界観は前作の時点でだいぶできていて、そこから新しく形作っていった感じですね。
──セルフオマージュの感覚はまさに聴いていても感じましたし、前作と今作は2部作と言ってもいいくらいだと思うんですけど、例えば2ndを全然違う方向に持っていくという選択肢もありましたよね? でもそうはせず、歌詞も意識的に似た言葉をそろえているように見えます。
サウンド面では、前作よりもギターサウンドを全面に押し出してロック感のあるものを作ろうと思っていたんですけど、コンセプトの面では完全に地続きだと思いますね。ヨルシカとして作りたい世界観の芯の部分はあまり変わらないものなので。
──各曲の歌詞も、初回盤のブックレットに収録されているショートショート「生まれ変わり」も、前作の「言って。」と「雲と幽霊」に登場するのと同じ男女の物語を思わせます。
そこが最初の出発点でもありました。2人を登場させることを決めた時点で、あとの曲も「こういうふうにしよう」というイメージが頭に浮かんだ感じです。
──1曲目のタイトルが「前世」ですし、アルバム全体を通して「生まれ変わる」がテーマになっているように感じます。メロディも1曲目と最後でリプライズしていて。
よくわかっていただいてうれしいです。全体としては、簡単に言えば前作の「言って。」に出てくる“私”が、何度も生まれ変わりをした先でもう一度「雲と幽霊」の“僕”と出会う話が前提にあって、そのコンセプトのもとに今作の曲も作っています。インスト曲にも世界観を補足するポエトリーを付けていますし。
──比喩的な表現で、作品の根底にあるテーマを浮かび上がらせているんですね。
これらの話すべてが「君と出会うまでの前世たち」と、「出会ったあとの来世」なんですよ。僕は死生観の表れた作品が好きなので、生命が輪廻していったり、時間をかけて遠い昔の人に会いに行くような、そういう作品を作りたかったんです。「準透明少年」の目の見えない少年だったり、「爆弾魔」のすべてを爆破したいと願う人、「ヒッチコック」で先生に問いかける人……そういういろんな人生を経て、今の自分にたどり着くという。
──ただ単に前作の登場人物が生まれ変わって出会うか出会わないかという規模の話ではなく、もっと何周もしているようなイメージなんですね。となると、そこにはかなりの時の流れがあるわけですけど、その中で不変のモチーフが登場するのもいいですね。バス停とか。
そういうの、好きなんですよね(笑)。変わらないものは絶対にあってほしいと思いますし。そういうモチーフがあることで、一見すると1曲1曲が別々の話に見える中に、1本の芯が通るんです。そういう「完全に変わってしまったように見える中に、実は変わらないものがある」みたいなものが好きです。
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作っている人が作品より前に出てほしくない
- ヨルシカ「負け犬にアンコールはいらない」
- 2018年5月9日発売 / U&R records
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初回限定盤
[CD+ブックレット]
2376円 / DUED-1242 -
通常盤 [CD]
1836円 / DUED-1243
- 収録曲
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- 前世
- 負け犬にアンコールはいらない
- 爆弾魔
- ヒッチコック
- 落下
- 準透明少年
- ただ君に晴れ
- 冬眠
- 夏、バス停、君を待つ
※初回限定盤にはブックレット「生まれ変わり」封入
- ヨルシカ
- 「ウミユリ海底譚」「メリュー」などの人気曲で知られるボカロPのn-bunaと、彼のライブでボーカルを務める女性シンガーのsuisにより結成されたバンド。n-bunaの持ち味である心象的で文学的な歌詞とギターサウンド、透明感のあるsuisの歌声を特徴とする。2017年4月に初の楽曲「靴の花火」のミュージックビデオを投稿。6月に1stアルバム「夏草が邪魔をする」を発表し、7月に東京・新宿BLAZEで初のライブとなる単独公演を開催した。2018年5月に2ndミニアルバム「負け犬にアンコールはいらない」をリリース。