たぶん言わないと気付かないであろう共通したコンセプトがありまして
──「ヒッチコック」での語りや呟くような歌い方も印象的です。この楽曲もMVが作られていて、推し曲ということだと思うのですが。
「ヒッチコック」は作った時点から周りの評判がわりとよくて、うれしくなった曲なんですけど……スランプで曲が作れず1、2カ月くらいずっと苦しんでいた時期があって、これがそのスランプ明けの1曲目でした。部屋でギターを弾きながら歌っていたら、ふとサビができて、そこからはもうスラスラと1日か2日でできたんですけど、その間はもうこの曲のことだけを考えてました。部屋にこもって、ギターを弾いて、最低限の飯を食って(笑)。
──この曲が突破口になるんじゃないか、という予感があったからこそ必死で。
はい。それで一気にフルサイズ作ってスタッフに送ったら、1時間くらいで「めっちゃよかった」って電話が来て……僕もう本当にうれしくて。普段はあんまり電話までして褒めてくれることなんてないから(笑)。
──(笑)。インスト曲に関しても聞きたいんですが、リプライズする感覚をこの3曲にすごく感じたんですよ。
あ、「落下」ですよね? これは前作の「飛行」とまったく一緒なんですけど……そもそも前作のアルバムには「靴の花火」っていう「よだかの星」(宮沢賢治の短編小説)をモチーフとした曲があって、そのよだかが空に昇っていくストーリーは、「雲と幽霊」の幽霊が最終的に天に昇っていって、花火のようにパッと消えるっていうことの隠喩なんです。でも天に昇りきったよだかはどこまでも行けるわけじゃなくて、力尽きてどこかに墜落することになるわけです。現実的な話をすると。それを「落下」というインスト曲を作って表現したのが、1つ目のセルフオマージュですね。
──「飛んでいくこと」と「落ちていくこと」って、「去っていくこと」と「戻ってくること」とも取れますね。
その通りです。実際に「飛行」と「落下」でピアノフレーズのモチーフもよく似たものを使っていて。
──さらに今作に収録の「前世」「落下」「夏、バス停、君を待つ」の間でも、共通したモチーフが使われていますよね?
そうですね。「前世」の最後にあるフレーズが「夏、バス停、君を待つ」の冒頭に使われているし、アルバムの頭と真ん中とお尻でコード感やフレーズをそろえて、1枚を通したコンセプトを作っています。人間って曲の雰囲気をだいたいコードで判断するから、コード感をそろえたらメロディが違っても脳が曲の印象を結び付けるんですよね。そのあたりのギミックはインストを作るって決めたときから考えていました。
──1つの作品として完結感のあるものを作ろうとする美学が、そこにも顕著に表れている気がしました。
それで言うと、今回のアルバムにはもう1つ、たぶん言わないと気付かないであろう共通したコンセプトがありまして。文学感と言うか、僕は近代の歌人・俳人が好きなのでそこからの引用を入れているんですよ。例えば「爆弾魔」の「青春の全部に散れば咲け 散れば咲けよ百日紅」という歌詞は加賀千代女っていう江戸時代の歌人の作品からの引用。「ただ君に晴れ」には正岡子規の「絶えず人 いこふ夏野の 石一つ」という俳句を引用した、2番サビ前の「絶えず君のいこふ」というフレーズがあります。
──そうだったんですね。
そもそも「負け犬にアンコールはいらない」というタイトルも岸田稚魚の句集「負け犬」のタイトルからのオマージュです。そのあたりを知ったうえで聴いてもらえると、いろいろと面白いんじゃないかと思います。裏テーマとしてそういうものも組み込みつつ、曲を作っているので。
近いうちに個人としてもアルバムを
──今回はリリース後のライブなどは予定されていないんですね。リリースをしたらライブやツアーをするのがバンドとしては一般的だと思うんですが、明らかにそことは一線を画すやり方ですよね。あくまで作品が前に出てほしいという意識の表れですか?
その通りです。
──そうなると、この作品をどれだけ手に取ってもらえるかが、アーティストとしての生命線にもなってくる。そのあたりの難しさを感じることはありませんか?
うーん、たくさんの人に届くならうれしいですけど、作りたい曲を作れて、それを今回のように作品として出せているだけで、だいたい僕は満足なんですよ。最悪、売れなくても構わないと思っていて。ありがたいことに今はある程度いい評価をもらえていて、「準透明少年」もかなりの勢いで動画の再生数が伸びているから純粋にうれしいんですが、聴いてくれる方々に対しては「今回のアルバムも魂を削って作りました、皆さんどうですか?」っていう、それだけを考えていますね。
──もう1つ、音楽のリリース形態もさまざまになってきた中で、n-bunaさんのように作品を通して1つの世界観を表現するやり方には、盤で出すという手法がベストだと思いますか?
僕はCDというモノが手元にあるのがうれしい人間で、部屋に飾ったりするのも好きなんです。けどまあ、これからの時代ってデータの時代じゃないですか。それでも、こうやってCDを出していくことに価値があると思うんですよね。
──ある種のコレクターズアイテムだからこそ、「どういう趣向を凝らせば所有したくなるだろうか?」っていう発想になる。
そうですね。そういう意味で僕は昔ながらの歌詞カードを見たり、今作で言えば付属のショートショートを読んでその世界観に触れながら聴くという、ちょっとしたアナログな聴き方を提供できればと思うんです。
──ブックレットが付いた今作の初回限定盤は、それ前提の作品とも言えますからね。そして今後のヨルシカ、n-bunaとしての展開で何か考えていることがあれば、最後に聞かせてください。
まずヨルシカについて。ライブをあまりやらずに作品重視の活動をしていくっていうのは、音楽だけの力に頼らざるを得ないから、普通に考えればほかのバンドよりも宣伝力は弱くなります。けど、その手法で音楽を作品として聴いてもらえたら、最終的にそれが多くの人に届いたら、それはうれしいじゃないですか。やっぱり無理をして作品を生んでもつまらないし、自分たちの好きなようにやりたいことをやろうってsuisさんとも話しています。個人の活動でも僕はだいたい同じ考えで、コンセプトをしっかりとさせて、ボカロで作りたい曲や出したいものをアルバムとしてまとめることを考えながら、今は進んでいます。「こういうものを作りたい」っていうビジョンもだいたい決まっていますし。
──スランプを脱した今、やりたいことは明確ですか?
ハッキリ見えてますね! 自分が作りたいものってどんどん増えてるけど、結局は根っこが同じなので。それがわかってきたから、今は順調にできているし、近いうちに個人としてもアルバムを発表できればなと思います。
- ヨルシカ「負け犬にアンコールはいらない」
- 2018年5月9日発売 / U&R records
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初回限定盤
[CD+ブックレット]
2376円 / DUED-1242 -
通常盤 [CD]
1836円 / DUED-1243
- 収録曲
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- 前世
- 負け犬にアンコールはいらない
- 爆弾魔
- ヒッチコック
- 落下
- 準透明少年
- ただ君に晴れ
- 冬眠
- 夏、バス停、君を待つ
※初回限定盤にはブックレット「生まれ変わり」封入
- ヨルシカ
- 「ウミユリ海底譚」「メリュー」などの人気曲で知られるボカロPのn-bunaと、彼のライブでボーカルを務める女性シンガーのsuisにより結成されたバンド。n-bunaの持ち味である心象的で文学的な歌詞とギターサウンド、透明感のあるsuisの歌声を特徴とする。2017年4月に初の楽曲「靴の花火」のミュージックビデオを投稿。6月に1stアルバム「夏草が邪魔をする」を発表し、7月に東京・新宿BLAZEで初のライブとなる単独公演を開催した。2018年5月に2ndミニアルバム「負け犬にアンコールはいらない」をリリース。