ヨルシカ|スランプを抜け出した先にn-bunaが見た世界

作っている人が作品より前に出てほしくない

──2曲目の「負け犬にアンコールはいらない」がアルバムタイトルにもなっていますが、これはどんな意図があったんでしょうか。

これはタイトルが最初に決まった曲です。この曲ではわりと僕が言いたいことを好きなように歌詞に書いていて、あとからアルバムのコンセプトにつながるようにまとめたんです。皮肉的な歌詞ではあるんですけど、だからこそこのアルバムに入れたいと思って。「何度も生まれ変わる」っていうのは言ってみればアンコールですよね? そこにまったく真逆の、アルバムのテーマを否定するような曲を遊び心として入れたくて。

──なるほど。

で、「前世」のポエトリーが「負け犬~」の補足みたいになっていて、負け犬だった前世から、完全に犬に生まれ変わったというイメージなんです。そこからどんどん昔のことを思い出していく流れになっているので、この曲が出発点だという意味で、アルバムタイトルにしました。このアルバムにタイトルを付けるなら、普通はそれこそ「前世」や「生まれ変わり」を示唆するものにすればいいと思うんですよ。でもそれだけじゃ面白くないじゃないですか。だから自分なりの反骨心みたいな部分でいじってみました。そもそも僕は予定調和なアンコールって好きじゃないですし、セットリストで1本のコンセプトを完結させて終わり、というライブがしたいタイプなので。

──それは作品作りにおいても同様なんですね。

完全に性格ですね(笑)。その性格がヨルシカのバンドとしてのあり方にもつながってくる部分があって。そもそも僕はヨルシカの作品を、映画や小説と同じようにただ1つの作品として観たり聴いたりしてもらって、そこで思ったことや感覚を持ち帰ってほしい。昔からそういう意識なんですよね。もし僕がこの作品のリスナーだったら、作ってる本人たちには作品より前に出てほしくない。出てたら僕は冷めてしまうんですよ。

──ああ。

「準透明少年」MVのワンシーン。

つまり、1つの作品に対して「これはいい作品だ」ってことだけを考えて聴いてほしい。もちろん、人が前に出てくるような音楽も僕は好きで、昔からバンドが大好きだし、ミュージックビデオとかで楽器を弾いてる姿も好きだし感動するんですけど、自分の目指す表現はそこじゃないんですよね。大好きなものと作りたいものは違うと言うか。だからMVにしても僕たちが前に出るのではなく、映像作品として音楽とセットで聴いてもらうものにしていて。

──サウンド面で言えば、歌が入った曲はギターロック、インスト曲はピアノと明確に二極化した流れになっていますね。

前のアルバムはわりと幅広いジャンルの曲を作ったので、それと同じものを作っても面白くないじゃないですか。だから今回はサウンドもコンセプトを絞ってやってみたかったんです。

僕の脳内だけでは絶対に成し得なかった

──suisさんとの制作は、2度目となる今回で変化はありました?

レコーディングのとき、1作目は完全に僕がディレクションして歌を録ったんですけど、今回はsuisさんからボーカリストとして「こういう表現がしたい」「こういうふうに歌ったらいいんじゃないか?」っていう提案が出てきたり、一緒にディレクションしてくださった制作の方やエンジニアの方とも歌い方を考えたりして。suisさんをはじめ、ほかの人たちの意見や話を聞きながら進めていく作業で、そこは前作とは違いました。それは僕にとってすごくプラスのいい動きだと思っていて。僕は自分の好きなものを追い求めるタイプだから、表現がわりと一辺倒になってしまったりもするんです、歌のテイクの選び方とか。そういうときに周りの人からアドバイスをもらえたりして、前作よりよい表現のボーカルトラックが作れたと思います。

──n-bunaさんは自分の作りたい理想像をまず定めて、そこに向けてアプローチしていくタイプですよね。今まではそれが達成できたら「よしOK」ってなっていたものが、周りの人たちによって曲のアイデアがプラスアルファされたことで、自分の想像を超えていったような感覚ですか?

ヨルシカロゴ

ああ、そうですね! 最初は「こういうふうに表現した方がいいな」って思った方向でやるんですけど、みんなと一緒に作業するうちに「こっちもいいんじゃないか?」って考えるようになって、最終的に聴いてみたら、表現を変えたことで正解だったなって思うことがあると言うか……僕もまだ全然若造なので(笑)。

──今まで自分が想定していた正解とは違う正解を導けるようになったことって、冒頭で話題に挙がったスランプにも通じるのかもしれないですね。

もしかしたらそうかもしれないです。自分を疑うようにもなったんですよね。僕は音楽に関して自分を疑ったことは本当になかったんですけど、細かい部分でよりよくしていくっていう意味では、絶対に僕の脳みそだけじゃなく、ほかの人の脳みそを借りたほうが、表現の幅も可能性もさらに広がっていくと思うんですよ。そこが面白いです。

──歌の話も出ましたけど、今作は歌唱に、より人間ならではの揺らぎのようなものが入っている気もしました。

意図的に、感情をこめた揺らぎみたいなものを出して録りましたね。作曲の部分でわざと不安定なメロディを作っている部分もあるんですけど、suisさんは本当に器用なので、そこをうまく汲み取って歌ってくれて、僕があまり詳しく伝えなくても、最初の段階でだいたい歌を仕上げてきてくれるんですよ。いやあ、助かりますね。

──歌入れで印象的だった曲はありますか?

「負け犬~」のサビは、声を張った感じなんですけど、そもそものデモのときは裏声も織り交ぜた、そこまで張らない歌い方を想定していて。そのままボーカルレコーディングに臨もうとしていたんですけど、蓋を開けてみたら、デモとはガラッと変えた強く感情を込めて歌うやり方を見せてくれました。それがピッタリはまって、間違いなくこっちのほうがいいサビだって思えたので、あれはちょっとした感動でしたね。僕の脳内だけでは絶対に成し得なかった形だなと思います。それに純粋に歌がうまくなっているんですよね。彼女も努力家だから、ちゃんと歌を理解して練習もしてくれている。それによって表現がどんどん豊かになってきているなと思います。

ヨルシカ「負け犬にアンコールはいらない」
2018年5月9日発売 / U&R records
ヨルシカ「負け犬にアンコールはいらない」初回限定盤

初回限定盤
[CD+ブックレット]
2376円 / DUED-1242

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ヨルシカ「負け犬にアンコールはいらない」通常盤

通常盤 [CD]
1836円 / DUED-1243

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収録曲
  1. 前世
  2. 負け犬にアンコールはいらない
  3. 爆弾魔
  4. ヒッチコック
  5. 落下
  6. 準透明少年
  7. ただ君に晴れ
  8. 冬眠
  9. 夏、バス停、君を待つ

※初回限定盤にはブックレット「生まれ変わり」封入

ヨルシカ
「ウミユリ海底譚」「メリュー」などの人気曲で知られるボカロPのn-bunaと、彼のライブでボーカルを務める女性シンガーのsuisにより結成されたバンド。n-bunaの持ち味である心象的で文学的な歌詞とギターサウンド、透明感のあるsuisの歌声を特徴とする。2017年4月に初の楽曲「靴の花火」のミュージックビデオを投稿。6月に1stアルバム「夏草が邪魔をする」を発表し、7月に東京・新宿BLAZEで初のライブとなる単独公演を開催した。2018年5月に2ndミニアルバム「負け犬にアンコールはいらない」をリリース。