米津玄師「馬と鹿」「パプリカ」 PR

米津玄師|我を忘れるという美しさ、儚い記憶から芽吹くもの

米津玄師|我を忘れるという美しさ、儚い記憶から芽吹くもの

米津玄師が9月11日にニューシングル「馬と鹿」をリリースする。

「馬と鹿」にはTBS日曜劇場のドラマ「ノーサイド・ゲーム」の主題歌として書き下ろした表題曲のほか、五十嵐大介原作のアニメーション映画「海獣の子供」主題歌「海の幽霊」、新曲「でしょましょ」の3曲が収録される。

音楽ナタリーのインタビューでは、米津の新境地を感じさせるこのシングルの制作の背景はもちろん、米津が小学生ユニット・Foorinに書き下ろし、先日セルフカバーを発表した楽曲「パプリカ」についても語ってもらった。

取材・文 / 柴那典

自分とは反対側にあるものを咀嚼して音楽に

──表題曲の「馬と鹿」はドラマ「ノーサイド・ゲーム」の主題歌ですが、どのようなきっかけで作り始めたんでしょうか?

ドラマのお話をいただいて作り始めたんですけれど、映画「海獣の子供」の公開に合わせてシングルから先に配信された「海の幽霊」ができて、そのあとすぐにこの曲に取りかからなければならなかったんです。俺は10年くらい前から「海獣の子供」というマンガが大好きで、いつか映像化されるのであればその音楽を作りたいとずっと思い続けて活動してきたんですけれど、その長年の夢が叶った。そして個人的にもすごく美しい音楽が作れたという満足感があったんです。でも、その満足感が大きすぎて、ある種、燃え尽き症候群みたいになってしまって。

──なるほど。長年の夢が叶ったとあれば、それは燃え尽きてもおかしくないと思います。

そこから新しい一歩を踏み出すのに、ものすごく労力が必要だったんです。「海の幽霊」という曲を作って自分がやりたいことは全部やり尽くしちゃったんじゃないかと感じるほどの満足感があったんですよね。もう自分の中には何も残ってないんじゃないかと思った。でも俺は音楽を作り続けなければいけない。だからそこから新たな場所に向かうために何をすべきかを、ぐだぐだ、うろうろ考えながらやっていったら、「馬と鹿」はこういう曲になりました。

──主題歌としての作品との距離感や向き合い方が「海の幽霊」と「馬と鹿」とでは対照的だと思いました。前回のインタビューでも語っていただいた通り(参照:米津玄師「海の幽霊」インタビュー)、「海獣の子供」は米津さんにとってとても大切な作品だった。一方で、「ノーサイド・ゲーム」に関して言えば、ラグビー、企業スポーツ、池井戸潤原作のドラマと、どれもモチーフとしては米津さんが育ってきたカルチャーとはかなり遠い。

そうですね。

──そこにもハードルがあったんじゃないかと思うんですが、そのあたりはどうでしたか?

そこも悩んだんですよね。いただいた脚本を読みながら、自分は企業に勤めたこともなければ、左遷されたこともない……そうなるとこのドラマで描かれる世界のどこにピンを立てればいいのか。でも、表立って言ってはいなかったんですけれど、俺にとってスポーツはそこまで遠いものでもなくなってきてはいたんですよね。

──というと?

ここ1、2年でサッカーが大好きになって、今ものすごい勢いでのめり込んでいるんです。暇さえあればサッカーの試合ばかり観てるような状態で。だから、この「ノーサイド・ゲーム」の話が来たときに、スポーツを題材にしたドラマの主題歌の話が今の自分に飛び込んで来たのは、なんらかの示し合せというか、無意識的な何かが働いたんじゃないかと思いました。

──そうなんですね。いつ頃から、どんな理由でサッカーにハマったんですか?

去年のワールドカップの頃からですね。なぜ好きになったかというと、自分からすごく遠いところにあったからだと思います。生まれてから今まで、自分はいろんな足りないものを補いながら生きてきた実感があるんです。1つのパラメータだけ飛び抜けて、それ以外はすべて欠けて生まれてきたような自意識があった。だから、それをどう補うかをずっと考えてきた。ダンスをやったのもその“補った”ことの1つ。自分から遠いところ、反対側にあるものを自分の体の中で咀嚼して音楽にするということをずっとやってきた。今というタイミングで、それがサッカーだったんじゃないか、と。

我を忘れる瞬間を求めていた

──ドラマの主題歌を書き下ろすにあたっては、どんなところから曲の着想が生まれたんでしょうか?

そうだなあ……またサッカーの話になっちゃうんですけど、この曲を作っているときにAmazon Prime Videoで「オール・オア・ナッシング」というサッカーのクラブチームのドキュメンタリー番組を観て、それがすごく面白かったんです。スポーツ選手は体調管理のために好きなものも食べられないような節制を強いられながら、ストイックかつ地味なフィジカルトレーニングを毎日繰り返して、生涯の中で何十回も怪我をして、ときには大怪我もして、痛みを伴いながら日々を過ごしている。しかも長くても30代中盤で現役生活を終えてしまう。とてつもなく儚い、尊い人種だと感じたんですね。普段はそうやって地味な生活を送っているスポーツ選手たちが、いざ試合となると、何万人の観衆の中で試合に挑むわけですよね。そこですごいシュートを決めて、我を忘れる熱狂的な瞬間のピークを迎えて、選手たちが肩を抱き寄せて喜び合う姿がある。そのドキュメンタリーでは試合が終わってチームがロッカールームに帰ると、その試合のMVP的な選手をメンバーやスタッフが取り囲んで、The White Stripesの「Seven Nation Army」のリフに合わせてそいつの名前を呼ぶんですよ。その瞬間が本当に美しい光景で、うらやましいと思ったんですよね。

──うらやましい、というと?

自分はいついかなるときも、熱狂的な瞬間も、どこか冷静でいようと努めてしまうところがあるんです。選手たちはそうじゃなくて、ストイックな日々を経たうえで、我を忘れて、一点だけを見つめて相手を打ち負かさんとする。その単純明快で猪突猛進な感じと、その結果次第でみんなに祝福されて、名前を呼ばれて、喜び合う……その光景がひたすら美しい、普遍的な愛でしかないと思ったんです。その状態を音楽にできないかということを考えた。そういう光景を見ながらこの曲が生まれたような気がします。

米津玄師

──歓喜や熱狂のような、感情の振り切れているところを音楽で表現しようという意識があった。

そうですね。「我を忘れる」ということが本当に大事だなって、ここ最近すごく思っているんです。さっきも話したように、「海の幽霊」を作って、自分の1つの夢が叶ってしまった。そうしたら今度は自分はどこに向かえばいいんだろう、もう行き場所がないんじゃないかと、ふとした瞬間に思ってしまうようになって。だからこの先、何を軸に生きていくべきなのかを最近よく考えるんです。それで思ったのが「我を忘れる」ということ。これは夢を叶えた人間が言う傲慢な意見かもしれないけれど、夢を叶えること自体よりも、そこに向かっていかに没頭できるかのほうが大事なんじゃないかと思ったんです。

──なるほど。

物事の捉えようによっては、ありとあらゆるものが虚無に見えたりするじゃないですか。いろんなものに対して「果たして何の意味があるんだ」と思ってしまう。もともとはサッカーに対してもそうだったんです。自分はサッカーというものから遠い場所にいた人間だったから「手を使えばいいじゃん」くらいのことを思っていた。自分はそれくらい冷めている人種なんです。でもそういうふうにいろんな物事を深く考えていくと、結局「特にこの世で生きている意味なんてない」ということになってしまう。ありとあらゆるものが虚無に見えてしまう。そうなると俯瞰で自分自身を見ているような自分を殺したくなるんですよね。だからこそ、熱狂的な瞬間、我を忘れる瞬間を求めていた。それもあって、サッカーにハマったんだと思います。

──そうだったんですね。「ノーサイド・ゲーム」を観ていてもその無我夢中な瞬間を感じますか?

大泉洋さん演じる君嶋がチームメイトを鼓舞して一丸となる場面なんかは、さっき話したロッカールームでMVPの選手を取り囲んで名前を呼ぶシーンとすごく似ていると思います。ドラマを観て、今の自分がそういう熱狂をすごく必要としているんだなと改めて思いました。

──ドラマでは毎話のクライマックスのシーンで「馬と鹿」が流れますよね。楽曲の使われ方に関しては、どう感じてますか?

愛情があるなと思います。ラグビーのノーサイドは、要は闘争から調和にかわる瞬間ですよね。脚本を読んでそれを表現する物語だということが理解できたから、そういう瞬間を描きたいと思ったんです。ロッカールームでお互いを抱擁して讃え合う、その愛情のようなものを表現できたらと考えながら作った曲だったので、実際にそれがドラマの中で流れたときには「ああ、やっぱりそうなんだ、考えていたことは間違っていなかった」と思いました。