ライブを終えたら疲れ切っていたい、全身筋肉痛になっていたい
──Kan Sanoさんは「横浜音祭り2022」の会期2日目にあたる9月18日に「横浜音祭りライブ・ホップ!特別公演」でライブを行います。Billboard Live YOKOHAMAには初出演になるとのお話もありましたが、改めて意気込みを聞かせてください。
東京と大阪のビルボードでは演奏したことがあるんですけど、ビルボードならではの高級感や異国感は横浜という街にも共通してると思うんですよ。普段よくライブハウスに行っている人であっても非日常を味わえる会場というか。いい意味でちょっと緊張感もあって、演者とお客さんとでその緊張を共有している感じが心地よくて好きですね。そういうムードに合わせて、今回はちょっとアレンジも変えたいと思っていて。
──具体的にはどのように?
6、7月に行ったツアーとはセットリストも少し変更して、使う楽器もちょっと変えようと思っていて。グランドピアノが使えるので、そこがまず1つ楽しみにしているところですね。あとはベースもウッドベースにしてみたりとか、アコースティック楽器メインで構成してみようかなと考えています。こういう機会じゃないとなかなかできないことなので、普段僕のライブに来てくれている方はもちろん、例えば横浜にいて「普段は音楽をあまり聴かないけど、『横浜音祭り』にはちょっと興味あるかも」くらいの人もぜひ足を運んでいただけたらうれしいです。何か新しい出会いのきっかけになるかもしれません。
──そもそも、Kan Sanoさんにとってライブとはどういう意味を持つものですか? 音源制作やプロデュース業との違いで言うと。
やっぱりライブでは目の前に自分の音を受け止めてくれる人たちがいるので、何かこっちが投げかけたときにすぐ反応が返ってきますし、自分にとっては一番「音楽を発信している」と実感できる場ですね。極端な言い方をすれば、「生きている」実感と言ってもいいかもしれない。
──まさにLive(生)であると。
普段の制作ではずっと1人で家にこもっているので、どちらかというと自分と向き合う作業になるんですよね。もちろんお客さんの顔を想像しながら作ったりもしますけど、やっぱり目の前にはいないので……そういう人間にとっては、すごく大事な時間です。人前で演奏するのってすごく緊張することではあるんですけど、お客さんとのコミュニケーションによって救われている部分もありますし、ストレス発散の場でもあって。
──仮に制作だけで十分食べていける保証があったとしても、ライブを一切しない音楽活動は考えられない?
考えられないですね。コロナ禍でそういう時期が半年くらいありましたけど、本当につらかったです。
──Kan Sanoさんの作品を聴かせていただくと、いわゆるDTMだけで音楽を追求してきたアーティストさんとはちょっと違う印象があって、フィジカルな音楽の喜びを重視した音に聞こえるんです。
はあ、なるほど。
──一般的には、主に“作品を作るアーティスト”として見られている印象もあるんですけど、実はけっこうライブアーティストとしての側面も重要なんじゃないかと。
僕はずっとジャズの影響を受けて育ってきたこともあって、ある意味では古いミュージシャン気質みたいなものを持ってはいるんですよね。ライブが終わったあと、クタクタになってないとライブをした気にならないという(笑)。ライブを1本終えたら全部を出し切っていたいし、疲れ切っていたい、全身筋肉痛になっていたいというか。それがライブの充実度にも密接に関わっていて、ある種ちょっとアスリートみたいな感覚と言うんですかね。それはすごくありますね。
──「音楽とは肉体的な表現である」という感覚が根底にあるわけですね。
ライブはそうですね。
道具を変えても自分の音楽になる
──4月にはニューアルバム「Tokyo State Of Mind」もリリースされましたが、最近の活動についての感触も聞かせてください。
アルバムのレコーディングが終わったのが2月くらいだったんですけど、そのタイミングでスタジオを引っ越して、3月から新しいスタジオで作業していまして。そこで機材をいろいろ入れ替えたり、制作ソフトも変えたり、作業環境を一新したんです。ここ10年くらい、ずっと同じ制作環境で仕事をしてきていたので、もちろん効率はどんどん上がっていったんですけど、ルーティーン化することで自分自身が飽きてしまうという問題があって。それで去年くらいから意識的にいろいろ変え始めたんですが、そのおかげで今はまた制作がすごく楽しくなってきていますね。
──具体的には、何をどう変えたんですか?
制作ソフトで言えば、Cubaseをもう20年近く使い続けていたんですけど、それをLogicに変えました。MacBookも買い換えましたし、キーボード、マイク、オーディオインターフェース……要するに全部ですね(笑)。新しい機材を使い始めた当初はちょっとしんどい時期もあったんですけど、それを乗り越えるとけっこう楽しくなってきて。
──それって、野球選手で言えばバットからグローブからスパイクから全部変えるみたいな話ですよね。かなりの冒険だと思うんですが。
そうですね(笑)。年を取れば取るほどそういうことってしづらくなるものだと思うんですけど、だからこそ意識的にやらないと、と思って。特に僕の場合はバンドとかじゃなくて1人で活動しているので、自分で自分にチャレンジする機会を与えていかないと何も変わらないですから。
──そうやって道具を変えることで、改めて本質の部分がより浮き彫りになったりもしたのでは?
ああ、確かに。20代の頃はあまり自分に自信がなかったので、使う機材やスタイルみたいなことにけっこうこだわっていた気がするんですけど、今はあまりそういうものにとらわれなくなってきていますね。何を使ってどんなふうに作っても自分の音楽になる、という自信が昔よりも付いたんだと思います。どのキーボードを使おうが、僕が弾いている以上、よくも悪くも変わらないというか(笑)。
──「弘法筆を選ばず」じゃないですけど。
そうですね。もっと言うと、全部を自分でやるということにもそんなにこだわらなくなってきていて。僕はいつもミックスまで自分でやるんですけど、そのミックス作業をほかのエンジニアさんに任せたりだとか、普段は自分で演奏している楽器をほかの人に頼んでみるとか、そういうことにも最近は興味が出てきています。あえて他人に預けてみるのも面白いんじゃないかと。
──確固たる自分が確立したからこそ、「人の血を入れても大丈夫」と思えるようになったわけですよね。
それもありますし、自分だけで作ると結果がある程度見えてしまうから、というのもあります。想定できる結果に向かって作業するよりも、どうなるかわからないワクワク感を味わえるほうに行ってみたい気持ちがあるんですよね。幸い、僕の周りには才能あるミュージシャンやエンジニアがたくさんいるので、今後はそういう人たちともっと深く関わっていきたいなと、最近はすごく思っています。
ライブ情報
横浜音祭りライブ・ホップ!特別公演
- 2022年9月18日(日)神奈川県 Billboard Live YOKOHAMA
[1st]OPEN 15:00 / START 16:00
[2nd]OPEN 18:00 / START 19:00
<出演者>
Kan Sano(acoustic band set)
プロフィール
Kan Sano(カンサノ)
キーボーディスト、トラックメーカー、プロデューサー。アメリカのバークリー音楽大学ピアノ専攻ジャズ作曲科を卒業し、2011年4月に1stアルバム「Fantastic Farewell」でデビュー。ビートミュージックのシーンを牽引する一方、ジャズやクラシックを取り入れた独自のスタイルを確立する。その後もコンスタントに楽曲を発表し、2020年10月にはイギリスの名門レーベルのデッカ・レコードから、初の日本人アーティストとして、ドナルド・バード「Think Twice」のカバーを発表した。またChara、UA、平井堅、絢香、m-floといった多数のアーティストのライブやレコーディングにも参加し、さまざまなCM音楽や劇伴の制作にも携わっている。