ナタリー PowerPush - やなぎなぎ

敬愛する作家と作り上げた 言葉とメロディと「ひ」

閉鎖環境で誰かを見守ることは幸せなのか? 不幸なのか?

──作詞はスムーズでしたか?

比較的順調でしたね。もちろんアニメのことを歌った歌ではあるんですけど、自分の今の気持ちについても歌っていて。前回のシングル「ユキトキ」が誰かと出会って幸せになるっていう人間関係を歌ったので、今回は不幸せなものを書きたくなったというか(笑)。「アクアテラリウム」って陸地と水中とを水槽の中に混在させた飼育環境のことなんですけど、詞の中にはそのアクアテラリウムにずっと眠り続けている誰かと、それを見守り続けている誰かが登場していて。その2人、特に見守っている1人は、確かに見守るっていう行動はしているんだけど、結局それは水槽の中のできごとでしかなくて。外にはもっと別の世界があることも知ってるんだけど、いろいろな理由があったり、勇気がなかったりして飛び出せはしない。その寂しさを歌ってみたかったんです。

──でも曲の最後の「穏やかに眠る君の外側で 全ての感情から守る繭になる」っていうフレーズを読むぶんには寂しくはあるけど100%ネガティブではないというか。

そうですね。なんかそういう形の幸せもアリなのかな、とは思います。私はあくまで外側からそのミニマムでミニマルな関係を観ているだけ。外にはこういう世界もあるのになあ、とも思うし、「もしかしたらアクアテラリウムの中にいて、誰かを何かから守り続けるっていう幸せもあるのかもしれない」っていう気もしていますね。

やなぎなぎ、理想的な「ひ」を発見する

──やなぎさんが渡したキーとなるフレーズをもとに生まれた曲なんですけど、The 石川智晶トラック。先ほど「すごすぎる」とおっしゃっていた通り、やなぎさんの好きな石川さんの世界が全開になってますよね。

そうですね。ただやっぱりすごすぎるというか、実は私は曲をもらったとき、ビックリして。「ひ」っていう音でコーラスすることは自分には絶対にできないと思うんですよね。

──確かにイントロからアウトロまで曲全体に「ひひっひひっ」っていうコーラスを敷き詰めてますね。

私だったらやっぱり普通に「あ」や「は」でコーラスしていたと思うんですけど、石川さんは「ひ」っていう変わった音のコーラスパートをさらっと考えられる上に、しかもそのパートがすごくカッコいいんですよね。コードから外れてしまっているわけではないんだけど、どこか浮遊感があって。だからやっぱりすごいなあ、ってなっちゃいました。

──「ひ」でコーラスした経験は?

ないですね(笑)。まず経験がなかった上に、「ひ」って口を開かないから「あ」「は」でコーラスするときよりも息の量の調整に気を遣うというか、しっかりと発音しないと「ひ」に聞こえなかったりするんですけど、でも海の中をイメージした曲だからコーラスはふわふわさせたくて。「もっとウィスパーにしよう」ってなるんですけど、そうすると「ひ」じゃなくなる。その試行錯誤にすごく時間がかかって、丸一日「ひひっ」って言ってた気がします(笑)。

──結局どうやってふわふわ感のある「ひ」を獲得しました?

最初はけっこう「ひ」っていう音そのものをしっかり聴かせることに囚われすぎていて、がんばって「ひ」を出そうと思ってたんですけど、繰り返していくうちにだんだんナチュラルにいい具合の「ひ」を出せるようになったというか。キレイでふわふわしていて歌乗りもいい「ひ」を発見して。最終的にはその「ひ」をかなり重ねて、何十人もの私で「ひ」って歌ってみることにしました(笑)。

私に近しい石川智晶メロディ

──その「ひ」以外、要は主旋律なんですけど(笑)、石川メロディは歌いやすかったですか?

けっこう難しかったですね。スムーズに聞こえるんだけど、実は予想外のところに音が飛ぶことの多いメロディなので。そこが石川さんの曲はカッコいいんですけど、「そこに行くか!」って感じで最初は追いつくのが大変でした。

──以前やなぎさんは、実は自分の書いた曲が一番歌うのに苦労する。「Zoetrope」の作曲家の斎藤真也さんや、「ユキトキ」の北川勝利さんはやなぎさんにとっての歌いやすさも考えつつメロディを書いてくれるのに「私は私の歌いやすい歌を書いてくれない」っておっしゃっていて(参照:やなぎなぎ「ユキトキ」インタビュー)。

確かに自分の曲を歌うときが一番しんどいんですよね。斎藤さんや北川さんはなんて人のことを考えられる方たちなんだろう、って(笑)。

──その点、石川さんはやなぎさん寄りの作家さん?

もちろん私のことを考えてくださっているとは思うんですけど、これまでのシングル曲に比べると、私の書く曲と近しいトーンの曲だからちょっと難しかったっていう部分はあるのかもしれないですね。ただ、私の作る曲との距離の違いはあるのかもしれないけど、どの曲も好きだし、面白いとはもちろん思っていて。以前お話した、ほかの方の作った曲を歌うのも、自分で作った曲を歌うのもどちらも気持ちいいっていう話に似てるのかもしれませんね。「Zoetrope」も「ユキトキ」も「アクアテラリウム」もそれぞれ曲調自体は違うかもしれないけど、そのシングルを作るときの私の気持ちが反映されている私の曲なんですよね。

消えゆく記憶に対する恐怖と、そんなに悪くない感じ

──カップリングの「mnemonic」はやなぎさんの自作曲ですけど「アクアテラリウム」と実は地続き。海と砂浜をモチーフにしています。

「アクアテラリウム」の曲をいただいたとき、ここからまた世界を膨らませてもう1曲書こうって思ったんです。で「アクアテラリウム」はその水と陸を外側から観ている歌だったので、「mnemonic」では視点をその水と陸の世界に移していて。陸地から水の中を眺めてみました。

──なんでその曲のタイトルが「mnemonic」=記憶術なんですか?

うーん、なんですかね。私にもいろいろ忘れてしまったものがあって(笑)。

──何を?(笑)

すごく昔の記憶はわりと残ってるんですけど、最近のこと、大学時代のことを思い出そうとすると「あれ? あのときどうだったっけな」っていうことがけっこうあって。記憶ってわりとなくなるよなあ、っていうことに最近気付いたんです。で、もしもこれから先どんどんどんどん大事な記憶がなくなっていったらすごく怖いなっていう思いがあって書き始めていて。だからすごく幸せな解決の仕方はしてないんですけど(笑)、ただ忘れそうになりながらも、がんばってその記憶を取り戻そうとするのであれば、それはそれで悪くはないのかもしれないなあ、っていう感じもちょっとしてるんです。だから波や砂の城をモチーフに、記憶をたぐり寄せて再構築しようとしては「あっ、あれはこんな話じゃなかった」って壊しては、また「こうだったっけ?」って組み立てていくっていう詞にしてみました。

ニューシングル「アクアテラリウム」/ 2013年11月20日発売 / ジェネオン・ユニバーサル
CD+DVD 1680円 / GNCA-0316
CD 1260円 / GNCA-0317
CD収録曲
  1. アクアテラリウム
  2. mnemonic
  3. You can count on me
  4. アクアテラリウム(instrumental)
  5. mnemonic(instrumental)
  6. You can count on me(instrumental)
初回限定盤DVD収録内容
  • アクアテラリウム(Music Video)
やなぎなぎ

関西出身の女性シンガーソングライター。2006年からライブハウスやインターネット上で音楽活動を開始する。動画投稿サイトに数多くのカバー楽曲を公開して注目を集め、「君の知らない物語」をはじめとするsupercellの楽曲にnagi名義でゲスト参加したことでも話題となった。繊細かつ透明感あふれる歌声と、印象的な楽曲の世界観が幅広い層から支持される。2012年2月、テレビアニメ「あの夏で待ってる」のエンディングテーマ「ビードロ模様」でメジャーソロデビュー。同曲はオリコンCDシングル週間ランキング11位にランクインした。以来、アニメ「ヨルムンガンド」のエンディングテーマ「Ambivalentidea」、「ヨルムンガンド PERFECT ORDER」のエンディング曲「ラテラリティ」、「AMNESIA」のオープニングテーマ「Zoetrope」、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」のオープニングテーマ「ユキトキ」を立て続けに発表。2013年7月には1stアルバム「エウアル」をリリース。そして同11月にはニューシングル「アクアテラリウム」を発売する。