WOWOW「くるりの25回転」特集|岸田繁×佐藤征史が語る、回り続けるバンドの今 (2/3)

「25回転」は楽曲にとっての七五三

──今回の編成は、ここ数年のくるりのライブの拡張版だと思ったんですね。とはいえマリンバが入ったり、これまでやってこなかったようなアレンジもあって。そのあたりは何かこだわりがあったんですか?

岸田 その曲のその曲たるサウンドにしなければならない、と考えると今回の27曲にはあまりの振れ幅があるわけですよ。シンセのサンプル、もしくは同期を鳴らしてもよかったかもしれないけど、そこは生演奏にこだわりたいというのがあって。弦楽四重奏が入っている曲もあれば、オーボエやイングリッシュホルンが入っている曲もある。初期の作品だとギターやハーモニーのボーカルをアホみたいに重ねていたり、ファンファンがいた時期はトランペットやフリューゲルホーンが入っていたりしますから。そういうのを再現するとなったら、とんでもない楽器数になるんですよ。それの最低限をどこに置くかは迷ったんですけど、最近のライブの延長線上にゲストを呼んだらいいんじゃないかってところでまとまりました。ただプラスアルファの楽器を弦にするか管にするかで迷ったりもして、泣く泣く我慢した部分もあるんですよね。「ジュビリー」だったらやっぱり弦を入れたいですから。それにまったく別のアレンジでやってしまうとほかの曲と遜色が出てしまうから、最低限ハーモニーは崩さないようにというのも意識しました。ファンファンがいた時期の楽曲も崩したくないんですけど、彼女のトランぺットはキャラが強いから、別の人を呼んで同じフレーズを吹いてもらってもあまりよく響かない場合もあって、それだったらと木管を入れることにしたりしました。

──なるほど。

岸田 あとくるりの曲はミドルテンポ以下のものが多いから、16分音符の振りものがたくさん入っているんですよね、だったらパーカッション専任の人がいたほうがいいし、振りものをする人が歌ったり、マレット楽器も弾けるほうがいいかなと思って山崎大輝さんを呼びました。ほかに足りない部分だと、最近の曲はピアノとオルガンが両方入っている曲もあるので、キーボードを2つにすればなんとかいけるかなみたいな感じでかなり悩んでアレンジしました。

岸田繁(Vo, G)

岸田繁(Vo, G)

──トランペットが入ってない理由は納得ですね。僕の印象としては複数の楽器を担当しなきゃいけない人ばかりで負荷がすごいなって。

佐藤 マリンバのフレーズとか鬼やからね。

岸田 ホントごめんねって。

佐藤 ほぼほぼ暗譜しないと難しいところが多かったみたいですから。

──25年の中でこれだけ音楽性が変わっているバンドの曲をあの人数でやるなら、フレキシブルに演奏できる人を集めないと難しい公演だったんだとは思いました。

岸田 今回はファンの方々に対して「普段やらへんけど、これ聴きたいよな」という曲をしっかりやりたいと思っていたんです。そうすると違うベクトルの曲が何曲も出てくるから、最低限の万全の態勢を組まなきゃって。

──普段やらない曲ってどのへんですか?

岸田 「There is(always light)」「o.A.o」「魔法のじゅうたん」「惑星づくり」「窓」……「ジュビリー」もそうかな。

──そのあたりがこの編成だからできる無茶な選曲?

岸田 そうですね。別モンとしてすごい引き算をしたアレンジならやれるんですけど、今回は25周年やから曲にとっては七五三みたいなものやと思うんですよ。だから「ちょっとええもん着させてやりたい」という気持ちもあって。

佐藤 まだ七五三か(笑)。

──ま、成人式くらいにしときましょう(笑)。「25回転」のセットリストを改めて公式のプレイリストで聴くとよくわかるんですけど、毎回全然違うことをやっていて。よくこれを1つのバンドでやったなと思いました。

岸田 シンプルな編成でも「琥珀色の街、上海蟹の朝」や「さよならリグレット」はアレンジ次第でなんとかなるんですけど、私たちの場合、初期の作品から録音作品としてこだわり通している部分があって。それを再現するとなると、ある程度必要な要素が出てくるんです。でも、質感まで再現するのは難しい。「海外で録音したあのカッコいいギターの音が聴きたい」と思ってもライブではライブPAの音になるわけですから、いろんな時代のものの方向性が全部違う。それを柔らかくまとめるのはメンバーもスタッフもみんな苦労したんじゃないかな。

──最低限とはいえ「25回転」のためのぜいたくな大所帯編成なわけですから、普段よくライブに来ているファンにとってもうれしいですよね。

佐藤 普通はロックのライブでマリンバが入ることってないですよね。やってみてわかったんですけど、マリンバってホンマに音が取れへんし、けっこうな倍音なのでぶつかるキーのときは本当にぶつかるんですよ。だからロックでは使われへんのやってわかりました。でも、最近の曲ではけっこう使っているし、それに昔の「惑星づくり」とか「ばらの花」とかの初期の曲からマリンバは入っていたので、全体につながりや統一感が出たかなと思いましたね。

くるり

くるり

バンドの中で戦うのではなく曲を優先

──今回2009、2011、2022年のライブを見比べてみて、その3つで必ずやってる昔の曲が面白くて、なぜかというとアレンジも演奏も全然違うんですよ。「ばらの花」や「ワンダーフォーゲル」はテクノっぽい曲だから、ドラムのビートが時代によって変わっているし、ベースもかなり違う。2009年だと打ち込みのサウンドの人力っぽさが薄いというか普通にロック的なんです。だから演奏もどこか前のめりで、ベースの音色もライブの前後でやってる曲とそのままで。

佐藤 その頃まではバンドに対する幻想みたいなものがあったと思うんですよ。自分と繁くん、森くんの3人で始めたバンドってところは揺るぎないものやと思うし、クリストファーがいたときはそのときの編成でしかできない演奏を求めていた。だからライブも当時と同じマインドで臨まないといけないんだと思っていたときがあったんですよ。でも、活動を続けていく中でそういうところにこだわらなくなったんですよね。ベースに関する何かが向上したというより、役割を果たせばいいと思える曲はそれでいいかみたいな。もちろん石若くんとだったら突発的なことで相乗効果がバンドに生まれるから、楽しくてやってるのは間違いないんですけど、バンドの中で戦うみたいなことはなくなりました。

──バンドの中で戦うというのは?

佐藤 ライブ中にテンポが遅いと思ったら、昔は僕がテンポを上げてたんですよ。BOBOくんだったらイントロに入るときに目を合わせて、バンドインのタイミングからテンポを7くらい上げたりしてました。今はそれを絶対にしないんですよ。速いとか遅いとか思っても、そのままで構築するようになった。そういう考え方に変わったんですよね。

──その変化はすごく大きなことですね。

佐藤 その日の調子とか気温、湿度で人のテンポって変わるじゃないですか。そこをツーカーでやっているのがバンドだと思うんです。だから僕の中ではバンドというのは“ずっと一緒にやっている人たち”のことで、でもそれを追い求めようと思ったら年月が必要なんですよ。BOBOくんとはけっこう長い間やっていたから「奇跡」(2011年公開の映画「奇跡」のサウンドトラック)の頃は「けっこうバンドやな」と思っていましたけど、それって自己満足でもあるというか。それよりも「曲に対して正しいフレーズを弾くのが大事」だと思えるようになったんじゃないですかね。

佐藤征史(B)

佐藤征史(B)

──そういう“曲を優先する”みたいな意識がないと、「25回転」みたいな無茶なアレンジで無茶な選曲はできなかったかもしれないですね。個人的に面白かったのは2009年と2011年の2年空いただけでも演奏がまったく違うものになってたことです。子供から大人になったじゃないけど、余裕がすごくあるんですよね。でも、そのあとに「25回転」を観ると、2011年もまだ青かったんだなと思うくらいかなり変わっていて。

岸田 くるりの作品にはベースが入ってない曲もあるんですけど、「25回転」を通して基本的には佐藤さんの個性的なベースに支えられているなと思いました。トレードマークと言うんですかね、くるりの音楽の骨になっているような気がする。最近はそれぞれ個別の活動も多くて、私は私で人に曲を書いたり、アレンジをしていたりすると、そこで発見することがたくさんあって。佐藤さんの活動を全部追っているわけではないけど、よそで全然違うベースを弾いていたりするんですよね。だからそれぞれのキャリアで得てきたものが、今回のような周年コンサートに知らない間に落とし込まれていたりする。佐藤さんも言っていたように、くるりは長くやりすぎているから「このバンドってこうだよね」というのがないし、守らなあかんもんは勝手に守れているという自負もあるんですよ。