Vaundyが2ndアルバム「replica」を11月15日にリリースした。
アルバムはCD2枚組で、DISC 1にはNetflix「御手洗家、炎上する」の主題歌「カーニバル」や映画「ONE PIECE FILM RED」の劇中歌として提供した「逆光」のセルフカバー、代表曲の1つ「怪獣の花唄」のアルバムバージョンに新曲を加えた全15曲を収録。DISC 2には「踊り子」「そんなbitterな話」「花占い」など、1stアルバム「strobo」リリース以後に発表された配信シングル全20曲が収められている。
今年1月から3月にかけて開催されたホールツアー「Vaundy one man live tour "replica"」にも冠されていた「replica」という言葉。音楽ナタリーではそこに対する意図や、新曲の構造について本人に話を聞いた。
取材・文 / 小松香里
よりいいレプリカ=ポップスを作るのが俺の仕事
──2ndアルバム「replica」を新曲中心のDISC 1と、既発曲をリリース順に並べたDISC 2の2枚構成にしたのはどうしてだったんでしょう?
僕にとっては「replica」というアルバムは新曲で構成されているDISC 1のことで、DISC 2は全形態共通で付いてる特典みたいなものです。「replica」のパッケージはもともと大学の卒業制作で作ったものが原型になっていて。(手元に置いてあったCDケースを手渡しながら)これがオリジナルなんですけど。
──今年1月から3月にかけて開催されたホールツアー「Vaundy one man live tour "replica"」の会場ロビーに展示されていたものですよね。
そうです。「レプリカ」というタイトルにはダブルダブルミーニングぐらいいっぱい意味があります。そのうちの1つが「俺が作ったレプリカのレプリカを皆さんにあげます」という意味で。
──ツアーのタイトルも「replica」でしたし、タワーレコードのポスターにも「オリジナルはレプリカの来歴から生まれる。」というコメントが添えられています。
(CDケースを開けながら)「オリジナルはレプリカの来歴から生まれる。」というのは、このパッケージの中に彫られている言葉なんです。
──卒業制作のタイミングでこういう形態のアルバムを作るという構想はあったんですか?
ありました。今までの自分がDISC 2で、それを踏まえて新しいことをする自分を表現したのがDISC 1というイメージですね。僕の中ではレプリカ=ポップスなんです。なんでかというと……(机の上のペットボトルを指差しながら)例えば、今ここにペットボトルが置いてあるじゃないですか。プラスチックに液体が入ってるものを、みんなは“ペットボトル”と呼ぶ。僕が思うには、その中身がポップスなんですよ。ペットボトルを作る技術はレプリカなので、ポップスとレプリカは同時に存在するんです。僕はここ何年かでポップスの美学というものを探求する中で「よりいいレプリカ=ポップスを作るのが俺の仕事なんだ」と思いました。そういう気持ちのもとで作ったのがDISC 1です。DISC 1に入ってる曲はほぼ全部今年作った曲なんですよ。変なものを作れるという条件で作るポップスと、そうではない流行りもののポップスは別。だからDISC 1は王道のポップスから外れた変な曲が多いんですが、これが僕が提案する新しいポップスという感じなんです。どう皆さんに伝わるかわからないので、リリースするのが楽しみです。
歌詞は感情の説明にすぎない
──インタールードの「Audio 007」に続いて2曲目に収録されている「ZERO」は、今年の夏フェスでも披露されていました。最初聴いたときは英語をアレンジした歌詞かと思ったんですが、どうやら違うらしいですね。
英語じゃないですね。メロディを直訳した言葉なので、そもそも歌詞がないんです。でたらめ言葉です。僕は歌詞じゃなくて、和声とメロディから感情が伝わってくるのが音楽の本質だと思っていて。例えば「サビのメロディと音でこういう気持ちになったから、こういう感情の歌詞なのかな」と想像することがありますよね。それこそが音楽だと思うんです。歌詞というのは、感情の説明にすぎない。
──リリースに先んじていくつかの夏フェスで披露したのは、今話してくれたようなことをリスナーに認識させたいという気持ちが強かったからでしょうか?
そうですね。実際、英語だと思ってるリスナーも多かったです。特に僕の曲は「実際に歌詞を読んだら思ってたのと違った」ということがよくあるみたいなんです。僕はいつもメロディから歌詞を作っていて、そこでメロディの翻訳が行われてるんですよね。歌詞をしっかり読むリスナーは多くて、それって僕からしたら作者の気持ちを言葉から読み取ろうとしている国語の授業みたいなもの。でも、僕にとって音楽は感じるものであって読むものではないんです。日本って発表前の新曲をライブで披露してもそんなに盛り上がらないことが多いんですよね。リズムに乗ることができれば新曲でも盛り上がるはずなのに、そうじゃないのは歌詞を読んでるからというのもあると思うんです。
──確かに、ライブ前に曲を聴いて予習する風潮もありますよね。
そう。それは僕にとって本来の音楽の楽しみ方じゃないんですよ。僕はライブで曲を聴いた瞬間に体がノる曲を作りたい。そうすれば、みんなもっといろんなアーティストの曲を楽しめるようになると思う。60~70年代にはポップスの概念が完成していて、そこから時代背景とともに編曲の方向性が変わっていって。僕としては今のヒットチャートは同じような曲が多いと感じています。それってリスナーに対しても失礼ですし、僕はこういう取材の場ではしっかりと話して、僕の考えがちゃんと伝わるような曲を作って、お客さんと一緒に成長していきたいなと思っています。今や、海外のリスナーが聴くプレイリストに当たり前に日本の曲も入っている時代なわけで、リスナーにとっては作品が国内外問わずサブスクリプションサービスで並列化されている。だから音楽家はもっと自覚を持ってカッコいいと思うものを作らないといけないし、自分がカッコいいと思うものを押し通せるぐらいの自信がないとダメだなと。それで、新しい提案としてDISC 1に入っている曲を作っていきました。「新しいけど面白いな」という感覚を持ってもらえたらうれしいですね。(紙に線と点を書きながら)いろいろな音楽のジャンルがあるとして、全部の通り道に僕がいる。このジャンルのこの曲を聴こうとしたら、その先にそのジャンルの先人がいるわけで、いろんなつながりを1つにするのがポップスのアーティストだと思っています。僕はそれぞれのジャンルのハブになりたいんです。それが“ポップス”ということだと思うので。
「strobo」より僕の本質に近い音楽になっている
──その目的意識は世代観も大きいかもしれないですね。
そうですね。僕はプレイリスト文化で育っているので。(紙に丸を書きながら)地球って丸いじゃないですか。マントルの上に地層が成り立っていて、その上が僕らが立ってる場所。僕らは地球の構造もよくわからない中で勝手に立ってるんですよね。音楽もそれと一緒で、音楽の地層の下を覗けば覗くほど、いろんな人たちがいっぱいいる。“ディグる”という言葉もありますけど。昔から過去の音楽が積み重なってる上に今の音楽が成り立っている構造があるのに、リスナーもアーティストもそれが念頭にない人が多いと思うんです。デッサンをする際にまず形から入るのは当たり前のことだし、それが気付かないうちに何かとそっくりになってしまうことは珍しくない。僕はだいたいのことは数学だと思っていて。1の次は2で2+2が4になって、分数があって、ということの組み合わせで物作りはできている。1つのレプリカがあればそこにまたレプリカの群がくっついていて、別のレプリカにはまた別のものがくっついている。そうやってものは増えていって、いろいろと練り込んで作られたものを、僕らは最先端の音楽として聴いているんです。食べ物が品種改良によっておいしくなるのもレプリカだからなんです。それが進化することだと僕は考えています。今って進化を止めてしまっているケースがすごく多いと思うんですよ。今僕が言ったような物作りの構造がもっと理解されれば、変なものを提供されたときに「面白い」って受け取れる。そして、アーティストも「面白い」と思ってもらえる説得力のある曲を作る力を持ってなきゃいけない。DISC 1では新しいポップスとしてレプリカの概念を伝えられたらいいなと思ってます。これが受け取ってもらえなかったら、また元のポップスに戻すしかないかなって。
──今話してくれたようなことは2020年5月リリースの1stアルバム「strobo」のときからあったと思うんですが、「replica」は明らかにギアの入れ方が違いますよね。「strobo」はヒット曲を研究したうえで作った楽曲がどうリスナーに響くか、その検証を行う目的の曲も多くあって。目的が大きく違う。
そうですね。「replica」のDISC 2の目的は「strobo」に通じるところがあるんですけど、DISC 1はそのもっと先ですね。「strobo」は僕が死ぬ直前に、誰かに「Vaundyは成し遂げた」と思ってもらえるような光となるものがあればいいと思って作ったので、タイトルが“ストロボ”なんです。それはひとまず達成できたので、フラッグシップモデルを変えなきゃいけない。改めてポップスとは何かを考えてできたのが「replica」。何よりこの次にまた作るものがあるからこそ、「replica」というアルバムを作ったんです。だから、Vaundyはまだエピソード1にも入っていない。「strobo」に入ってる「不可幸力」や「東京フラッシュ」はほとんど自分1人でDTMで作っていて。そのあと「世界の秘密」とかでバンドのサポートメンバーの方たちに参加してもらって、楽器を使って制作していく環境になったんですけど、今回のDISC 1にはまた1人で作った曲が何曲かあります。だから生々しくてダークな雰囲気がある。「strobo」より僕の本質に近い音楽になってると思います。
──質感としては、DISC 1はダークなロックサウンドの楽曲が多い印象があったんですが、それについてはいかがでしょう?
今の日本は暗いと僕は感じてるので、その影響もあるかもしれないです。もともとJ-POPは“刹那感”と“切なさ”がすごく大切だと思っているので、そういう要素を入れつつ、僕のパーソナリティや体温を感じるようなポップスにしたんです。これをポップスと認めるかどうかはリスナー次第で、今後誰かが僕のこのサウンドを真似してくれたりすると、「よし、やったぜ!」と思う。僕が作った曲でシーンが変わってくれたら面白いですね。
次のページ »
歌がうまくならないと、いいメロディは生み出せない