無知が生むクリエイティブ
佐野 無から生み出したと言えば、「恋する図形(cubic futurismo)」(2016年8月発売のシングル。参照:上坂すみれ「恋する図形(cubic futurismo)」インタビュー)のときの赤と白の衣装はすみれちゃんが……なんだっけ、アートの難しいカタカナをいっぱい出して。
上坂 「テーマはエル・リシツキーのアバンギャルドでお願いします」って伝えたら、スマホの画像検索だけでがんばって作ってくれたんです。
佐野 「なんですかそれ?」みたいな状態から、その人を調べて……パソコンじゃなくケータイで。あれはまったく知らない私が作ったアバンギャルドです。
上坂 キュビズムやデ・ステイルの服もあったけど、まったく意味を理解していない人がそのコンセプト通りのものを作ってくるのが、私には本当に謎で。しかもそれ以降掘り下げもしないのが、私とまったく違うところですね。
佐野 そうなんですよ。表面だけ。すみれちゃんといると調べることがたくさんあるんです。須藤さんとすみれちゃんの会話は7割以上わかってない(笑)。
上坂 そうだったんですね(笑)。衝撃。でも本質は捉えているから……なんだろう、私は逆に知識があってもこんなふうにアウトプットできないので。デ・ステイルで浴衣にしようという発想もすごいと思いましたし。知らないからこそのクリエイティブ、みたいなところがすごいなと思います。
──これだけマッドな空気に支配されている現場で、全然毒されてないのはすごいですよね。
上坂 毒の耐性が強いですよね。どんな沼地でも花が咲くみたいな。佐野さんがロマンポルシェ。にハマってる姿はちょっと想像つかないです。でも清竜人さんはめちゃくちゃ好きなんですよね。
──佐野さんは清 竜人25も結成から解散まで衣装を担当されていたんですよね。
上坂 私と竜人さんが共演したとき(参照:清 竜人25、上坂すみれと競演フェスタで「お尻が見えそうな」熱演繰り広げる)は、うれしすぎたのか何言ってるのか全然わからなくて(笑)。
佐野 夢のまた夢みたいなことだったので。あのライブは絶対忘れない。12月22日。私の命日。
上坂 死んじゃった(笑)。
佐野 いったんすべて終わった日だったので。成し遂げました。
「an・an」片手に香港ロケ
──2018年第1弾シングル「POP TEAM EPIC」では、佐野さんは衣装のみならず、初回限定盤付属のDVDに収録されたメイキング映像のカメラマンも務めたんですよね。
佐野 あれ、どうだったんですか? ファンの視点で考えたら、外部の人が撮る映像よりも近くのスタッフが撮ったものが観たいなと思ってるんですけど、果たしてすみれちゃんファンの方にはあの映像で満足してもらえたのかなって……。
上坂 ホームビデオですからね(参照:上坂すみれ「POP TEAM EPIC」インタビュー)。
佐野 今回のアルバムのメイキングも、私と須藤さんで半々ぐらい回してるんですよ。ごはん食べてる姿は主に私が。愛でるように撮りました。食べにくそうにしてましたけど。
上坂 食べにくいですよ。でもメイキングをまったく知らない人に撮られるのは、私としては恐怖なので無理です。きっと「あなたのことが嫌いです」感がすごい出ちゃうから(笑)。すみぺチームは「俺、この現場は命賭けてるんで」みたいな人が1人もいない、集まるべくして集まったダメ人間ばかりなので安心するんです。
佐野 かと言って中途半端なわけではなく。うまく化学反応が起きていいものができあがるんです。だってこのアルバムジャケット……ジャケットってすごく重要ですよね。「ジャケットの衣装どうしますか?」って須藤さんに聞いたら、すみれちゃんが描いた落書きみたいな絵がポンと送られてきて「これです」って(笑)。それでも成り立つのがすごいところ。ただ、さすがにアルバムなのでもう少し詰めたいなと思ったので、すみれちゃんを交えて焼肉屋で打ち合わせをして。
上坂 そう。転職しちゃうスタッフさんのお別れ会も兼ねて焼肉屋に行って……おなかいっぱいになりました。あの日、何が詰まったんですか?
佐野 「メイドの衣装にしよう」ということは決まりました。一歩進んだ感じ? その一歩があるのとないのとでは違うんですよ。ジャケットのメイド衣装と、アー写の黒い衣装の2パターンに決めたんですけど、フィッティングのときに「もう1着試してみよう」という話になって、結局3着になったんです。でもそれ香港ロケの出発2日前ですよ? 「中1日は怖いので、もう少し早めにしませんか?」って言ったんですけど「大丈夫ですよ」みたいな感じで。
上坂 すごいのんびりしてましたよね。香港のどこを回るかを決める打ち合わせ、資料は「an・an」でしたから(笑)。「an・an」の香港特集をみんなで読んで。
──女子旅気分で。
上坂 「an・an」片手に「いいっすねー。これ食べたいっすねー」って。
Especiaのラ・ムー風味
──前回のインタビュー(参照:上坂すみれ「地獄でホットケーキ」「祈りの星空」インタビュー)が3月で、あの時点では「まだ何も決まってない。とにかく海外に行きたい」ということをおっしゃってましたけど、蓋を開けてみれば全16曲の濃いアルバムになりましたね。
上坂 そうですね。無から産まれました。既存曲はキャッチーなアニメのタイアップ曲が多かったので、そのほかの曲は比較的自由に、私の近況から引っ張り出してきたみたいな内容になりました。最近猫を飼い始めたので「Hello my kitty」という猫の歌があったり、「よっぱらっぴ☆」は私が家で晩酌する歌だったり。あと「予感」(ライブのオープニングなどに使われるインストナンバー)も「beatmania」っぽく作り直してもらいました。
──これまでと違う新しい挑戦はありましたか?
上坂 「ノーフューチャーバカンス」は、だいぶ私のリクエストを反映してもらいました。Especiaというアイドルグループ(2017年3月に解散。脇田もなり、冨永悠香改めHALLCA、ミア・ナシメントはソロアーティストとして活動している。参照:Especia、11人の“Spice”で作った歴史に幕「サヨナラではなく“Gracias”を」)が私はすごく好きなので、Especiaのようにシティポップを現代に生き返らせたような曲調を、もうちょっとラ・ムー(菊池桃子が1988年に結成したバンド。4枚のシングルと1枚のアルバムを残した)寄りにしてもらって。仮の歌詞もあったんですけど、もうちょっとラ・ムーっぽくしたかったので、私が書きました。
──Especiaは解散前から聴いてたんですか?
上坂 はい。ライブには行けなかったんですけど、曲自体はほとんど持ってて。楽曲推しです。
──タイトルの「ノーフューチャーバカンス」がそのままアルバムタイトルにもなっていますが、これはどのようにして決めたんですか?
上坂 アルバムのタイトルを決めるときは、まだ新曲がほとんどそろってなかったのに「とにかくタイトルを付けなさい」と須藤さんに言われたんです。タイトルは全部できたあとで最後に付けたほうがいいんじゃないかと思ったんですけど、なんとか捻出して。平成最後のプチ世紀末みたいなイメージと、あと既存曲がゴキゲンだけど刹那的な曲が多かったので、そういう雰囲気が出せればいいなと思って考えたタイトルです。
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平成の終わりに
- 上坂すみれ「ノーフューチャーバカンス」
- 2018年8月1日発売 / KING RECORDS
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初回限定盤A
[CD+Blu-ray]
3888円 / KICS-93726 -
初回限定盤B
[CD+フォトブック]
3888円 / KICS-93727 -
通常盤 [CD]
3240円 / KICS-3726
- CD収録曲
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- 予感03 *Instrumental[作・編曲:R・O・N]
- POP TEAM EPIC[作詞・作曲・編曲:吟(BUSTED ROSE)]
- 恋する図形(cubic futurismo)[作詞・作曲・編曲:TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND]
- よっぱらっぴ☆[作詞・作曲・編曲:MUTEKI DEAD SNAKE]
- 地獄でホットケーキ[作詞:桑原永江 / 作・編曲:渡部チェル]
- リバーサイド・ラヴァーズ(奈落の恋)[作詞・作曲・編曲:TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND]
- 祈りの星空[作詞・作曲・編曲:AJURIKA]
- 平成生まれ[作詞:松永天馬 / 作・編曲:鎌田瑞輝(SLOTH MUSIC)]
- Hello my kitty[作詞:椎名可憐 / 作・編曲:広川恵一(MONACA)]
- チチキトク スグカエレ[作詞・作曲・編曲:掟ポルシェ]
- ヤバい◯◯[作詞・作曲:街角マチオ、SONE太郎(ザ・プーチンズ)/ 編曲:谷地村啓]
- 文豪でGO![作詞・作曲:街角マチオ(ザ・プーチンズ)/ 編曲:谷地村啓]
- どうして!ルイ先生[作詞・作曲・編曲:MOSAIC.WAV]
- アンチテーゼ・エスケイプ[作詞・作曲:ORESAMA / 編曲:小島英也]
- 踊れ!きゅーきょく哲学[作詞:上坂すみれ、月蝕會議 / 作・編曲:月蝕會議]
- ノーフューチャーバカンス[作詞:上坂すみれ / 作・編曲:東新レゾナント]
- 初回限定盤A Blu-ray収録内容
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MUSIC VIDEO
- 恋する図形(cubic futurismo)
- 踊れ!きゅーきょく哲学
- リバーサイド・ラヴァーズ(奈落の恋)
- POP TEAM EPIC
- ノーフューチャーバカンス
映像特典:ノーフューチャーバカンス MAKING
- 上坂すみれ(ウエサカスミレ)
- ソビエト社会主義共和国連邦が崩壊した1991年生まれの声優、アーティスト。2012年テレビアニメ「パパのいうことを聞きなさい!」の小鳥遊空役で本格的に声優デビューを果たす。以来、注目作に出演する一方でメディアやイベントなどを通じて、無類のロリータファッションマニア、ソ連・ロシアマニア、ミリタリーマニア、音楽マニアであることがファンの知るところに。そして2013年4月、その趣味の世界をダイレクトに反映したシングル「七つの海よりキミの海」でアーティストデビュー。その後も桃井はるこ作詞作曲の「げんし、女子は、たいようだった。」や、大槻ケンヂ作詞、NARASAKI作曲の「パララックス・ビュー」など話題作を立て続けにリリースし、2014年1月には1stアルバム「革命的ブロードウェイ主義者同盟」、2016年1月には2ndアルバム「20世紀の逆襲」を発表した。2016年2月には東京・中野サンプラザホールで初のバンド編成による2DAYSライブ「超中野大陸の逆襲」、12月には初のアリーナ会場となる東京・両国国技館でワンマンライブ「上坂すみれのひとり相撲2016~サイケデリック巡業」を行う。2017年4~6月にはTOKYO MXとBS11で初の冠テレビ番組「上坂すみれのヤバい○○」が放送され、9月には放送された全12話に未公開映像を加えたBlu-rayボックス「上坂すみれのヤバい○○ Blu-rayBOX」が発売された。2018年8月に通算3枚目となるオリジナルアルバム「ノーフューチャーバカンス」をリリース。
- 佐野夏水(サノナツミ)
- スタイリスト。2009年にフリーランスとして独立し、雑誌、ブランド、CDジャケット、ミュージックビデオ、アーティスト衣装などのスタイリング、衣装デザインを手がける。声優・上坂すみれのアーティスト活動におけるスタイリングは2013年4月のデビュー時よりすべて担当。2014年9月から2017年6月にかけて活動した清竜人の“一夫多妻制アイドルユニット”清 竜人25も全活動のスタイリングを担当した。