上原ひろみ|光はすぐそこ コロナ禍の気持ちをノンフィクションで表した「シルヴァー・ライニング・スイート」

私の曲はノンフィクション

──「One Minute Portrait」でやった曲をアルバム用に作り直したわけですね。どの曲もストリングスと調和するように編曲されていますが、「サムデイ」ではピアノの軽やかなタッチとストリングスのゆったりとした音色のコントラストが際立っています。

「サムデイ」はベーシストのアヴィシャイ・コーエンと一緒にやるために書いた曲です。ベーシストに書いた曲ということもあって、チェロがメロディをとるパートが多いですね。

──「リベラ・デル・ドゥエロ」は民族音楽っぽい旋律が印象的です。

この曲はハープ奏者のエドマール・カスタネーダと演奏した曲です。路上でミュージシャンが楽器を弾き出したら、みんながそこに集まってくる、みたいなイメージ。曲名はスペインの赤ワインなのですが、エドマールとのデュオツアーでサンセバスチャンに行ったときに一緒に飲みました(笑)。

──そのときの思い出も曲に込められているんですね。

エドマールとスロヴェニアに行ったとき、食堂で周りにいたミュージシャンたちと夜通しセッションしていました。観客はいないのに、みんなで一緒に飲んでいるうちに誰かが楽器を弾きだして、それがセッションになっていった感じです。ミュージシャンってお酒を飲むと弾きたくなるところがあって(笑)。またそんなふうにみんなで楽しくセッションしたいという思いも曲に込められています。この曲だけはバイオリンは立って弾いているイメージです。

上原ひろみ

──躍動感に満ちた楽しい曲ですよね。その一方で、アルバムの中盤にある「アンサーテンティ」はピアノソロで聴かせる繊細なバラードです。内省的で胸に沁みる曲ですね。

この曲を書いたときは実は絶望的な気持ちでした。予定していたライブが緊急事態宣言で延期になってしまって、その日のためにコンディションを整えてきたのにエネルギーを発散する場所がなくなってしまった。その行き場のない気持ちを曲にしました。曲を書いているときは「暗い曲だな」と思っていたのですが、曲を聴いた人の反応を聞くと「曲を聴いて気持ちが安らかになった」と言ってくれることが多くて。私の中で曲を書くことが希望になっているので、それが曲に表れているのかなと思いました。

──「シルヴァー・ライニング・スイート」という重量感のある組曲の後に配置されているので、この曲を聴いてひと息つけるというのもあるかもしれませんね。

途中休憩って感じですよね(笑)。アナログだと片面に「シルヴァー・ライニング・スイート」の全曲は入りきらないのですが、自分のイメージでは「フォーティチュード」でA面が終わって、気持ちを切り替えてB面がこの曲から始まるという感じです。実際にはアナログは2枚組で(※12月に海外盤のみリリース)、1枚目に「シルヴァー・ライニング・スイート」の曲が2曲ずつ入る予定です。

──「シルヴァー・ライニング・スイート」はアルバムの核になる組曲ですね。コロナ禍という特殊な状況に、上原さんがどんな気持ちで向き合ったのかが伝わってきます。

自分がコロナ禍で抱いてきた気持ちは、この4曲で表現できたと思います。曲順通り最後に「フォーティチュード」な気持ちで終われたらいいのですが、また「アイソレーション」になったり、「ドリフターズ」になったりしているんですよね。

──最近、また「アンノウン」な状況になってきていますし。

そう。だからまだ「フォーティチュード」で終われませんが、そこは希望的観測が入っています。

──「シルヴァー・ライニング・スイート」に限らず、アルバム全体が2020年から今年にかけての上原さんのドキュメンタリーになっているような印象を受けました。

普段から自分が感じたことを曲にしたり、感情が大きく動いたときに曲が生まれているので、私の曲は常にノンフィクションみたいなところがあります。でも今回は、これまでの作品よりも聴いてくれた人が共感しやすいのではないかなと思います。みんな同じような体験をしていますので。普通、同じ曲を聴いても人によって感じ方や見える風景は違うじゃないですか。聴いた人それぞれが、その曲に自分なりの意味合いを見付けていくので。それがインストゥルメンタルの面白いところだと思いますが、「シルヴァー・ライニング・スイート」を聴けば、東京の人もニューヨークの人もロンドンの人も、同じような情景が浮かんでくるような気がして。そういう作品を出せてよかったと思っています。

曲を書くことがエネルギーに

──「曲を書くことが希望だった」と先ほどおっしゃっていましたが、コロナ禍を通じて創作の大切さを実感されたんですね。

去年、3月にアメリカツアーをしていてカリフォルニアにいたときに、緊急事態宣言が出てそれ以降のライブが全部キャンセルになってしまいました。そして国境が閉まるかも、みたいな話になっていたので日本に戻って来たものの、最初は「このあとどうなるんだろう?」という気持ちが強かった。その頃日課として曲を書いていましたが、惰性というか。ごはんもとりあえず食べるときと「何を食べようかな!」って楽しんで食べるときがあるじゃないですか。私の中で作曲は、食べたり寝たりするのと同じことで、その頃は「とりあえず曲を書いておこう」というテンションでした。曲を書くということが、こんなにも自分のエネルギーになるとは思っていなかったです。

上原ひろみ

──そのことに気付いたきっかけはなんだったんでしょう?

Zoom飲みが流行ったとき、いろいろな職種の友人と2週間に1回ぐらい集まって、励まし合ったり情報交換したりしていました。そこで「みんなで曲を書こう」と思い立ったんですよね。ミュージシャン仲間ではなく、みんな一般の人たちでしたが、「今のこの気持ちを曲にしよう」と言って、歌詞はみんなで1行ずつ書いて、私は打ち込みとかして小さな曲を作りました。それができたときにみんなすごく喜んでくれて。自分も曲を書くことでこんなに気持ちがアガって、救われるんだなって強く感じたので、オンラインの仲間たちには感謝しています。

──完成した曲を発表する予定は?

いやいや、それは世の中に発表できるようなものではないです。でも、仕事でなくても何かを作るのが自分にとってすごくパッションだということがわかったし、みんなの気持ちがひとつになった。何かを作るというのはすごく重要なことだと実感しました。コロナが収束して、みんなで集まれるようになったらレコーディングしてみようって話しています。

──まさに「シルヴァー・ライニング」な曲ですね。この言葉をこのアルバムで初めて知ったのですが、太陽を隠している雲の縁が輝いている様子を表していて、「希望の兆し」という意味だとか。

そう。今は雲で見えないだけで、光はすぐそこにあるんです。