音楽ナタリー Power Push - 戸渡陽太

スカパラ茂木欣一がインタビュー初挑戦!“若きギター侍”の素顔に迫る

凛とした佇まいと、シンプルな楽器編成ながら躍動感のあるパフォーマンスで、“若きギター侍”とも呼ばれる福岡出身のシンガーソングライター・戸渡陽太。彼が初のフルアルバム「I wanna be 戸渡陽太」をリリースし、東京スカパラダイスオーケストラ主宰のエイベックス内レーベル・JUSTA RECORDからメジャーデビューした。この作品では深沼元昭(PLAGUES、Mellowhead、GHEEE)、mabanua、高桑圭(Curly Giraffe)、阿部芙蓉美が曲ごとにサウンドプロデュースを手がけ、茂木欣一(東京スカパラダイスオーケストラ、フィッシュマンズ、So many tears)、白根賢一(GREAT3) 、渡辺シュンスケ(Schroeder-Headz)といったプレイヤー陣が演奏に参加。戸渡の美しくもエモーショナルな歌声に、手練れのアーティストたちがさらなる魅力を与えている。

今回の特集では、JUSTA RECORDを主宰するスカパラのドラマーであり、アルバム収録曲「Sydney」のレコーディングに参加している茂木欣一がインタビュアーとなって戸渡を取材した。茂木はこれまで、ラジオ番組などで聞き手を務めたことはあるものの、インタビューを担当したのは今回が初めて。しかし取材がスタートすると現場の雰囲気は次第に熱を帯びていき、トークの内容は2人それぞれの本質に迫るものとなった。

取材 / 茂木欣一 文 / 橋本尚平 撮影 / 上山陽介

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校舎に灰皿が置いてある学校だったから、音楽しか選択肢がなかった

──インタビューってどうすればいいんだろ(笑)。じゃあ、まずは子供の頃のことから聞きたいな。

戸渡陽太。手前はインタビュアーの茂木欣一。

戸渡 わんぱくな少年でした。小学校1年生からサッカーやってて。

──戸渡くんは何年生まれなの?

戸渡 1992年です。

──うわ、もう俺フィッシュマンズでデビューしてたな(笑)。やっぱりあの頃は野球よりサッカーだったんだね。

戸渡 そうですね。僕が生まれた翌年にJリーグが誕生したので。友達がサッカーやってて楽しそうだったから小学校1年生のときに始めたんですけど、そこからサガン鳥栖っていうチームのユースまでいって。でも高校に入ったら上下関係が理不尽でサッカーやめちゃったんです。

──うわあ、あの時期の上下関係って嫌だよね。わかる(笑)。

戸渡 でもサッカーで挫折した経験は音楽活動にすごく生きてる気がするんです。壁にぶち当たっても「なんかサッカーやってたときもこういう場面に出会ったことあるな」みたいに感じて、もっと我慢強く続けようと思えたり。

──小1から高校までって言ったらけっこう長いよね。じゃあ、その頃はサッカー選手になりたかった?

戸渡 みたいな感じだったんですけど、ユースに入ったら各地から猛者たちが集まってくるんですよ。対戦相手もJリーグのチームのユースとか、その後に日本代表になってるような人たちで。「全然レベル違うな、これは無理だ」っていう現実を突き付けられました。で、しばらく何もしてなかったんだけど、高校3年生ぐらいのときに「曲を書きたいな」ってふと思って。その頃コブクロさんとかHYさん、BUMP OF CHICKENさんとかが流行ってて、自分でもそういうのを作ってみようかなって気持ちになったんです。

──初めて手にした楽器はギター?

戸渡 はい。初めてバイトでもらったお金で、三味線みたいな音がするギターを買って。「月刊歌謡曲」みたいな本を見ながらコード進行を流用して、その上に自分の言葉とメロディを乗せて曲を作る、みたいなことをやってました。

──あ、最初からオリジナルを作るんだ。

戸渡陽太

戸渡 コピーバンドをやりたいとかライブをしたいとかじゃなくて、曲を作りたいからギターを持ったんです。「人前でやりたい」っていう気持ちもなくて自己完結してて。地元にある、夜中になると真っ暗になる誰もいない橋の下で、1人でずっと歌ってたんですよ。ライブをやるようになったのは、バイト先の大学生の先輩に「曲作ってるんだったらライブやればいいじゃん?」って言われて、ライブハウスを紹介してもらったのがきっかけです。最初のライブがすごい悲惨で、緊張しすぎて声が出なかったんですよ(笑)。めちゃくちゃ悔しくて「またやらせてください!」って感じで、それ以来コンスタントにライブをするようになりました。

──その頃のオリジナル曲は、さっき話してたような日本のアーティストの曲をヒントにして作ってたの? それとも全然関係なく、ただただふつふつと湧いてきた感じなの?

戸渡 ふつふつと湧いてました。なんて言うんだろう、鬱憤みたいなのがすごいあって。家族とか学校とか、すごく狭いなりに見てた世の中に対して。その鬱憤を言葉にするために曲を作ってたから、当時は詞のほうが先にバンバン出てきてました。言葉にできると、なんか気持ちよかったりもしたんですよね。今だに曲を作ってて感じるんですけど、アウトプットしきれたときって達成感があるし、「自分の中にこういうものがあったのか」ってわかるから。それは今と比べたら当時のほうがめちゃくちゃあったと思います。その頃は0だったんで。0から1を知れて、2を知れてみたいな感覚で。

──その時点でもう、将来ずっと音楽でやっていこうっていう気持ちになってた?

戸渡 僕が通ってた高校ってガラが悪いところだったんですよ。「ビー・バップ・ハイスクール」のモデルって言われてて、みんなボンタン履いて、リーゼントで、マスクにバッテン印。校舎に灰皿が置いてあって、体育館に「禁煙」って書いてある、みたいな。だから僕には音楽しか選択肢がなかったんです。どうせその学校の系列の大学に行ったって一緒だろうし、だったら音楽の道に進むのが正しいと思ってました。

前衛ミュージシャンにどうしたらライブで勝てるのか考えた

──福岡って井上陽水さんだったりSHEENA & THE ROKKETSさんだったり、昔から重要なアーティストがたくさん出てきてるよね。だから東京に暮らしてる僕から見て、福岡はライブハウスとか音楽シーンがすごく充実してて、強力な人がいっぱいいるんだろうなって印象なんだけど、やっぱバンドは多いの?

戸渡 そうかもしれないですね。だからバンドの中で僕だけ弾き語りでぽつんとブッキングされることが多くて、「4人で出してるサウンドを相手に1人で勝つにはどうしたらいいんだろう」ってずっと考えてました。それで「リフっぽく弾きながら歌ったら面白いんじゃないかな?」みたいにギターの弾き方を工夫したり、1人の演奏でも飽きさせないためにいろんなジャンルの要素を曲の中に取り入れたり。「1人でバンドに勝つ」みたいな目標が僕の原点だったかもしれないです。

左から戸渡陽太、茂木欣一。

──なるほどね。

戸渡 そういう意味では、実験音楽のイベントとかに出てたことも大きいなと思います。そのイベントはジャンルを問わず「響くか響かないか」にしか重点を置いてないんですよ。前衛ミュージシャンがセーラー服を着て包丁でギターを弾いたりしてて。音楽は勝ち負けじゃないと思うんですけど、僕が「けっこういいライブしたなー」と思ったあとにそういう人に全部塗り替えられちゃうのが悔しくて。

──わはは(笑)。

戸渡 それに勝つにはどうしたらいいんだろうってめっちゃ考えて、3分間叫び続ける曲を作ったりしてました。すごいと思ったものは見境なく全部吸収したし。そういう福岡での経験が間違いなく僕の血肉になってるなって思います。福岡にはボギーさんっていう人を中心にしたシーンがあって、僕はそのシーンで鍛え上げられてきたんですよ。

──ああっ! ボギーさんって知ってる。福岡で「フィッシュマンズ・ナイト」とかを主催してる人だよね。彼にいろいろ助けられてたの?

戸渡 そうですね。ボギーさんが「戸渡くんはいろんなところでライブをして、めっちゃいい歌ものと、タガが外れたような音楽をどっちもやったほうがいい」って言って、いろんなところにブッキングしてくれたんです。あと、会場のBGMで気になった曲があったらボギーさんに「これ、なんて音楽ですか?」って聞きに行ってました。「これはSlapp Happyというバンドの『Casablanca Moon』って曲だよ。昔イギリスの地方都市にへんてこな曲ばかり作ってるカンタベリーロックっていうシーンがあったんだけど、そこの音楽だよ」って教えてもらって、「CD買います!」って言ってすぐタワーレコードに問い合わせたり。まだ高校生の自分に夜中まで付き添っていろいろ熱心に教えてくれたので、おかげでいろんな音楽を知ることができたんです。

──そうかー、それは今の戸渡くんにとって財産になってるんだろうね。その後、福岡から東京に出てきたのはどうして?

戸渡 なんだかんだ言って、音楽シーンの最先端って今後も東京なんじゃないかなと僕は思うんです。面白いカルチャーが集まるのはいつも東京だし。そういう空気に触れていたいなという気持ちは、音楽を始めて間もないときからずっとあって。始めてまだ10回もライブやってないうちに夜行バスに乗って東京にライブしに行ってましたね。

戸渡陽太

──福岡から東京までバスで!? けっこう長旅だよね?

戸渡 13時間くらいですね。東京から福岡に来てた弾き語りの人に「東京でライブできるところ教えてください」って言って、教えてもらった幡ヶ谷のライブバーに行ったんです。

──戸渡くんって怖いもの知らずでしょ、絶対(笑)。

戸渡 その店は今でもときどき飲みに行ったりしてすごいお世話になってるし、そこで会った人とはいまだに一緒に音楽の話とかしてるから、思いきって行ってみてよかったです。

ニューアルバム「I wanna be 戸渡陽太」2016年6月15日発売 / cutting edge / JUSTA RECORD
CD+DVD / 3564円 / CTCR-14911
CD / 3024円 / CTCR-14910
CD収録曲
  1. Beautiful Day
  2. Sydney
  3. SOS
  4. Nobody Cares
  5. ギシンアンキ
  6. Nora
  7. さよならサッドネス
  8. 青い人達
  9. 木と森
  10. すべては風の中に
  11. 世界は時々美しい
  12. グッデイ
DVD収録内容
  • Beautiful Day
  • Sydney
  • すべては風の中に

ほか全5曲のミュージックビデオ収録予定

戸渡陽太(トワタリヨウタ)
戸渡陽太

福岡出身のシンガーソングライター。2014年にロッキング・オン主催のコンテスト「RO69JACK」で入賞し、同年11月に初の全国流通盤となるミニアルバム「プリズムの起点」をリリースする。2015年にはiTunesが注目すべきアーティストを紹介する企画「NEW ARTIST スポットライト」に選出され、全国各地の大型イベントに次々に出演。“若きギター侍”と呼ばれ、凛とした佇まいとシンプルな楽器編成ながら躍動感のあるパフォーマンスで注目を集める。6月に初のフルアルバム「I wanna be 戸渡陽太」をリリースし、2016年に東京スカパラダイスオーケストラ主宰のエイベックス内レーベル・JUSTA RECORDからメジャーデビューを果たした。

茂木欣一(モテギキンイチ)

1967年生まれのドラマー。明治学院大学在学中の1987年にフィッシュマンズを結成し、同バンドで1991年にメジャーデビューする。1999年にボーカルの佐藤伸治が逝去したためフィッシュマンズは活動を休止。2001年に東京スカパラダイスオーケストラに加入し、ドラムのみならず「銀河と迷路」「世界地図」などの曲でメインボーカルも務めている。2010年からは加藤隆志(東京スカパラダイスオーケストラ、LOSALIOS)、柏原譲(フィッシュマンズ、Polaris、OTOUTA)とともにSo many tearsとしても活動している。