ナタリー PowerPush - トリツカレ男

原田郁子が舞台初挑戦! いしいしんじ&郁子が語る「トリツカレ男」の本質

「トリツカレ男」は抽象的な実話

──それにしても郁子さんは舞台初挑戦ですが。そのあたりは大丈夫ですか?

郁子 まだまだ全っ然大丈夫じゃないっす(笑)。うーん、でも、ペチカっていう女の子のことは、私なりには理解できるから。自分にも彼女みたいなとこがあって、上手く人とコミュニケーション取れないんだけど、本当はいろんなことを考えてるとか。そもそもは、アトリエ・ダンカンの方が去年、オーチャードホールでやったソロライブを観に来られたんですね。そこで私は、偶然、原作のペチカと同じ「黄色いワンピース」をきて、裸足でステージをピョンピョン跳ね回っていたと。それを観てもう「あっ! ペチカだ!」と思ったと。「原田さんには芝居じゃなくて、音楽をやりにきてほしい」と言われまして。それを聞いたときに、原作に対する愛情も感じたし、大きく何かがずれているというふうには思わなかったんですね。去年、あの時点で自分のやれるすべてがあのステージには確かにあって。それを観てペチカと重なったのであれば、何か自分にもできることがあるかもしれないって。すごい時間をかけてそう思ったんです(笑)。

いしい うん、郁子ちゃんはお願いされたからといってすぐに「じゃあお芝居やりますわ」って絶対言ってないよなっていうのは俺も思った。すごい何回も、どうやろうかっていろいろ考えた結果、やるって決めたわけでしょ。あとなんかね、俺が感じてるのは、郁子ちゃんがペチカになるんじゃなくて、ペチカが郁子ちゃんになるっていうことなんじゃないかって。

郁子 おぉー。

いしい あのね、「トリツカレ男」っていうのは、実話なんですよ。抽象的な実話みたいなところがあって、いろんな人達が「あれは実話だな」って思えるようにしてる。つまりペチカっていうのは、いろんな人が使える目鼻のない人形みたいなもの。それが郁子ちゃんになって動くっていう感じのほうが、俺にとってはなんか近くて。郁子ちゃんが無理にペチカになって縮こまるんじゃなくて、ペチカが自然に郁子ちゃんになって動いてるっていうのがいいと思うし、ペチカよりも郁子ちゃんのほうが実際に命を持って生まれて、何十年か経ったら死ぬ人間だからね。その意味は大きいですよ。だから、郁子ちゃんの中にあるペチカみたいなものをペチカにちょっと分け与えて、舞台の上でそれが生きてるっていうくらいの感覚かなと思ってる。俺は芝居とかやったことないから、なんか上手く言えへんねんけど、最近歌舞伎とかを観てて本当にそう思うのよ。いろんな有名な役があるけど、歌舞伎役者の人はその役になろうっていうふうには思ってなくて、それよりも自分が生きてるっていうことのほうが大事なのよ。だから郁子ちゃんがやるペチカは郁子ちゃんになるんです。

インタビュー写真

──じゃあ演技力とかそういうことではなく……。

いしい 生きてる力やね。演技する力っていうことじゃなくて、生きてる力があるから、アトリエ・ダンカンの人も「あっ、これだ!」っていうふうに思ったんやろうしね。

郁子 いしいさんは私がやるのが決まったときに「郁子ちゃんがトリツカレ女だから大丈夫だよ」ってメールをくれて。それを励みに、今がんばってます。

いしい うん、でもだからといって、そういう人だったら誰でもできるっていうことではないよ。取り憑かれてるだけじゃなくて、郁子ちゃんの場合は音楽だけれども、自分ですごくもがいて必死で闘ってて。しかも音楽に寄っかかってないところがいいと思うし、自分が自分以外の世の中と向き合って、それを破って前に進んでいこうとしてるから。だから俺は郁子ちゃんがペチカをやるって聞いたときに、意外だとはまったく思わなかった。「あっ、そうか」と思って、それに気づいたアトリエ・ダンカンの人達がすごいなと思った。

郁子 なんかね、今はとにかく目の前のことを全力でやらなきゃっていう、日々そういう状態なんですね。周りの役者のみなさんは、休憩時間も次のシーンのセリフを、こう、口でぶつぶつって言っていたり、身振り手振りでやっていたり。本当にみんな必死でやってるんですよね。その状態がなんというか、実に美しいなぁと。一生懸命やってる姿ってなんて美しいんだろうと。だから自分も悔いのないように、できることをやらなくては、って思って。余裕なんてまったくないんだけど(笑)。

いしい 役者の人がセリフ覚えてる姿って、なんか餌食べてる動物みたいよね。

郁子 あははは(笑)。

いしい セリフが栄養なんやで、きっと。

郁子 ふふ、話しかけられないもん。

いしい 食べてはんねん。食べてるときっていうのは話しかけたら悪いもんな(笑)。

原田郁子がいればすべてが音楽になる

フライヤー

──今回は郁子さんが出演する音楽劇ということで、音楽ファンの人も注目していると思うんですが、そのあたりいかがですか?

郁子 うん、私のようになかなか舞台を観る機会のなかった人にこそ、観にきてほしいですね。たくさんの人がかかわって、稽古と本番を含めて2カ月かな、やりきるぞっていう、このエネルギーと集中力は、すごいものがあります。本当に他のことが何もできない(笑)。幕が開いて終わってしまえば、「あれは夢だったのかな」っていうくらいあっという間なのかもしれないけど。そこにこれだけ全力をかけられるっていうのはきっと何かがあるんだと思うし。“究極の生”ですよね。そういう意味では音楽のライブと同じだから。

──ライブと芝居では、取り組むときの気持ちは違いますか?

郁子 それはもう全然違うよね。同じって言いたいですけど、いやー、全然違いますね(笑)。楽器がないだけで、いきなり手持ち無沙汰になっちゃいますから。ただ立ってるだけ、歩くだけでも、役者のみなさんって違うんですよね、全然。だから今まで使ったことなかった体の使い方をしてるなーって思いますね、今。音楽だったらある程度「勘」とか「感覚」に委ねられるんですけど、それすらわからない(笑)。とにかくやってみては「あっ、そうか」ってやり直して、もうその繰り返し。

いしい でも、郁子ちゃんが音楽で表現しようとしていることの意味は、本気で芝居をやってる人ならわかると思う、たぶん。音楽と演劇っていうような世の中的な区別があったとしても、そんなの取っ払ったところで本気でやってるってところは同じやから。もしかしたら周りのベテランの人達も郁子ちゃんといっしょにやることで「そうか! 俺らは芝居をやってるって思ってたけど、それだけじゃないんや」って気づいてるかもしれん。もしそうやとしたら、その人たちにとってもすごくいいことやし。

──音楽ファンの人もこの記事をきっかけにして、ぜひ劇場に足を運んでほしいですね。

いしい いや、もうそれは、君らは音楽っていうものをどういうものやと思うてんねんって話ですよ。原田郁子がそこに立ってんねんから、それは音楽ですよ! そういうもんなんです。こんなに音楽やってる人いないですからね。

インタビュー写真

アトリエ・ダンカン プロデュース 音楽劇「トリツカレ男」

あらすじ

ジュゼッペのあだ名は「トリツカレ男」。何かに夢中になると、寝ても覚めてもそればかり。オペラ、三段跳び、サングラス集め、潮干狩り、刺繍、ハツカネズミetc. そんな彼が、寒い国からやってきた風船売りに恋をした。無口な少女の名は「ペチカ」。悲しみに凍りついた彼女の心を、ジュゼッペは、もてる技のすべてを使ってあたためようとするのだが……。

公演情報
東京公演
2009年9月4日(金)~13日(日)
天王洲銀河劇場
料金:一般7000円/カジュアルシート5000円/学生券4000円(全席指定)
4日(金)19:00
5日(土)14:00/18:00
6日(日)14:00/18:00
7日(月)19:00
8日(火)19:00
9日(水)14:00/19:00
10日(木)19:00
11日(金)19:00
12日(土)14:00/18:00
13日(日)14:00
福岡公演
2009年9月16日(水)19:00
Zepp Fukuoka
料金:7000円(全席指定)
名古屋公演
2009年9月19日(土)13:00/17:30
名鉄ホール
料金:7000円(全席指定)
大阪公演
2009年9月22日(火・祝)13:00/17:30
シアタードラマシティ
料金:S席7000円/A席4000円(全席指定)
キャスト&スタッフ
  • 原作:いしいしんじ(新潮社刊)
  • 脚本:倉持裕
  • 演出:土田英生
  • 振付:小野寺修二
  • 音楽:青柳拓次・原田郁子
  • 出演:坂元健児、原田郁子(クラムボン)、浦嶋りんこ、小林正寛、尾方宣久、尾藤イサオ、江戸川卍丸、大熊隆太郎、榊原毅、鈴木美奈子、中村蓉、藤田桃子