戸松遥|アスナと一緒に戦う歌

自分を追ってきた敵に心配される

──「Resolution」のミュージックビデオは戸松さんのアクションも見どころですね。

今まではタイアップ曲であっても、MVはMVで、どちらかというと作品から切り離すようにしていたんですね。でも今回は、逆に寄せないと変だなと。

──歌詞も「SAO」の世界とアスナの心情に寄っているから。

はい。なので、そのために自分がやれることで、なおかつ今までチャレンジしたことのない表現は何かと考えた結果、「剣殺陣がやりたいです」とリクエストさせてもらいました。やっぱり「SAO」はソード=剣が1つ大きなテーマになっているので。そしたらスタッフさんも、作中でアスナが使っていたような細剣を用意してくださったんですよ。その剣で正体不明の敵と戦うというMVになったんですけど、いつの間にか炎に囲まれていたりして(笑)。

──だいぶ派手に燃えてますよね。

「こんなに熱いの?」って思うくらい熱くて、スタッフさんからも「火傷しないでねー!」と何度も言われたんですけど、すごい楽しかったですね。でも私、この炎とはまったく関係ないところで、撮影開始早々に足を捻挫してしまい……。

──ええー。

敵に追われて走っているシーンを最初に撮ったんですけど、足場がけっこうボコボコしてて走りにくかったんですよ。で、カットがかかったときに油断して、グキっと。でも、その敵役の方が偶然スポーツトレーナーをなさっていて、だから自分を追ってきた敵に「大丈夫ですか?」と心配されるという(笑)。

戸松遥

──敵なのに優しい(笑)。

その方がすぐに冷やしてテーピングしてくださったおかげで、撮影を乗り切ることができました。それも含めていい経験になりましたね。今回は私にとって人生初のアクションだったので、当然、殺陣の先生に素人でもそれっぽく見える剣の振り方を教えていただいたりして。

──その経験もどこかで生きるといいですね。

殺陣ができる声優として(笑)。さっきも言ったように「Resolution」は20枚目のシングルで、アルバムのリード曲も含めたら20本以上のMVを撮っているのに、まだまだやれることはいっぱいあるんだなと思いました。ちなみに、フルで観ていただくとわかるんですけど、MVの最後にキリト(「SAO」シリーズの主人公キャラクター)っぽい人が出てきて……。

──キリトっぽい人(笑)。

そこで、私がなんのために戦っていたかを匂わすという、そんな仕上がりになっております。

これ、20代最後のシングルになるのか!

──カップリングの「ラスタート」は、「Resolution」とは対照的な、アイドルソング的なポップなナンバーです。詞は戸松さんと加藤有加利さんの共作になっていますが、これは戸松さんご自身の希望で?

そうです。実はタイアップ曲は動き出しがものすごく早いので、カップリングのことを考える余裕がありすぎて。ディレクターさんから「戸松は何かやりたいことある?」と聞かれたとき、今回は時間もたっぷりあるし、カップリングでしかできないことや、今の自分は何を表現したいのかということをじっくり考えてみたんです。そのとき、シングルのリリースが11月20日なので、ふと「私、リリースして2カ月半経ったら30歳になるんだな」と(笑)。

──2月4日が戸松さんのお誕生日ですからね。

そこで「じゃあこれ、20代最後のシングルになるのか!」ということに思い至り、このタイミングしかないと“20代の歌”を作ってみたくなったんです。そのときは自分で作詞するつもりはなかったんですけど、かといって男性の作詞家さんにお願いするのも違う気がするし、自分と歳が離れた作詞家さんでも……と考えた結果「自分で書けばいいんだ」と。ただ、私はスフィアで作詞に関わったことはあるものの(参照:スフィア「10s」インタビュー)、1人で1曲丸ごと歌詞を書くのは初めてなので、プロの作家である加藤有加利さんにサポートしていただきました。

戸松遥

──加藤さんとは具体的にどんなやりとりを?

最初に加藤さんと打ち合わせをしたときに、私の20代の思い出を箇条書きでブワーっと書いたお手紙をお渡ししました。まず何をどこまで書いていいのかわからなかったので、いっそ全部さらけ出す感じで。それをほかの人に見られるのが恥ずかしかったので、封筒に入れて「あとで、お一人になったときに読んでください」と(笑)。

──お二人だけで秘密を共有されたわけですね。

そのあとは往復書簡みたいなやりとりをさせていただいたんですけど、何しろ私はボキャブラリーが乏しいうえに説明がヘタクソなので「私はこういうことが言いたいんですけど、伝わります?」みたいな。それに対して、加藤さんは私の言わんとしていることを察してアドバイスをくださったり、適切な言葉を見つけてくださったりして、本当に感謝しています。

──自己肯定感のある、清々しい歌詞だと思いました。

ありがとうございます。私は歳を重ねることは別に悪いことじゃないと思っていて、20代が終わるからといっても自虐的な歌にはしたくなかったんです。というより、なんだかんだでこれから訪れる30代を楽しみにしてるんですよね。

──冒頭の「丸のつけ場所 1つズレたことで」という歌詞は……。

よくアンケートで、“20代・女性”とか丸を付けるところがあるじゃないですか。これが、来年になったら“30代・女性”に丸を付けるんだなって。“20代の歌”を考えたときに最初に浮かんだのがそれで、最後までそこから離れられなかったんですよ。実際、加藤さんにお渡ししたお手紙にもそのことを書きましたし、さかのぼれば10代から20代に切り替わるときも同じことを思ったので「これだけはどうしても入れたいんです!」と。

──面白い視点ですよね。音楽ナタリーの編集部にちょうど29歳の女性がいるのですが、彼女も「これ、めっちゃわかる!」と感動していました。

おお、うれしい! 実はこの歌詞には、最初は“私”という一人称がけっこう入っていたんですけど、それだと女性的になりすぎて、男性の方にあんまり共感されなくなっちゃうかもしれないと思って全部なくしたんですよ。でも、やっぱり同い年の女性に共感してもらえるとうれしいですね。

終わりがあるからまた次の始まりがある

──2番Bメロの「進んだ先で 彩り増す出会いが 待ってる」という歌詞も戸松さんらしいですね。「COLORFUL GIFT」(2018年5月発売の4thアルバム)リリース時のインタビューで、戸松さんは「楽曲の色に染まることで歌声が変わるのが自分の個性」であり「今後もいろいろな出会いの中で自分自身も変わっていく」とおっしゃっていたので(参照:戸松遥「COLORFUL GIFT」インタビュー)。

戸松遥

ああー。確かに“彩り”というワードは「COLORFUL GIFT」にも通じる素敵な言葉だなと思っていて。私は一方的に自分のパーソナルカラーをオレンジ色にしているんですけど。

──一方的に(笑)。

別に事務所に決められたわけでもお客さんに選んでもらったわけでもなく、私がオレンジにしたかっただけで(笑)。でも、仮にオレンジじゃないとしたら、レインボーがいいなと思うんです。欲張りかもしれないんですけど、色が増えていくことが好きというか、いろんな色を見てみたいんですよね。

──ちなみに曲名の「ラスタート」はどういう意味ですか?

「ラスタート」は造語なんです。この歌を言い表せる言葉がいくら考えても浮かんでこなくて。そこで悩みすぎたのか、「20代の終わりから30代の始まりへ」というテーマから、ぽろっと「ラストとスタート」が出てきて……。

──あ、やっぱりそうだったんですね。

そう。最初は「はい却下」と思ったんですけど、口に出して言っていたら「ラストとスタート……ラストスタート……ラスタート!?」みたいな(笑)。

──合体した(笑)。

その時点でも「いやいやいや、どう考えてもないでしょ」と自分でも呆れて笑ってたんですけど、じわじわと「意外といけるかも?」と思い始めてしまい。そういう合体系の造語をタイトル案としていくつか出しつつ「私の推しは『ラスタート』です」とディレクターさんにお伝えして。その表記の仕方も、英語にしたり星や矢印を付けたり、いろいろ試したんですよ。

──「LASTART」「ラス☆タート」「ラスタ→ト」……。

でも余計なことをするともっと意味がわからない、アホっぽいタイトルになっちゃうんで、シンプルにカタカナにしましょうと。結果的に、終わりがあるからまた次の始まりがあるわけだし、そのうえでラストよりもスタートのほうが強調されているように見えるので、いい着地点だったかなと。「ラスタート」には“スタート”の4文字が全部入っているじゃないですか(笑)。

──ラストとスタートだったらスタートに重きを置くというのも戸松さんらしいですね。

うれしいです。歌詞の大半は20代の振り返りで占められているんですけど、気持ち的には未来のほうを向きたかったので。

──「COLORFUL GIFT」に収録された「色彩日記」も、アーティストデビュー10周年のタイミングで「今までありがとう」と「これからもよろしくね」を伝える歌でしたが、どちらかといえば後者を大事にしたいとおっしゃっていました。

ああ、そうでした! その経験があったから、自分でも歌詞を書きたくなったと思うんですよ。「色彩日記」では、私が10年間のアーティスト活動の中で印象に残った出来事を書き出したものを、作詞家の古屋真さんが素晴らしい歌詞に仕上げてくださったんですよね。そのとき、自分自身のエピソードが歌になるうれしさを知ったし、「私のとりとめのない文章が、歌詞という枠組みの中でこんなに素敵な言葉で表現されるんだ!」と感動して。うん、もしそれがなかったから、今回「自分で書いてみたらどうなるんだろう?」という発想には至らなかったでしょうね。