シリーズ屈指のカタルシス!人体発火事件を描いた「劇場版モノノ怪 第二章 火鼠」をアニメ評論家・藤津亮太が深掘り

テレビアニメ「モノノ怪」から生まれた映画シリーズ第2弾「劇場版モノノ怪 第二章 火鼠」のBlu-ray & DVDが9月10日にリリースされる。

「モノノ怪」は謎の男・薬売りが、人の情念や怨念が取り憑いた“モノノ怪”によって引き起こされる怪異を鎮める物語だ。大奥を舞台にした劇場版は全三章で展開。第二章にあたる「火鼠」では世継ぎをめぐって家同士が衝突する中、人が突如燃え上がり消し炭と化す人体発火事件が起こる。

映画ナタリーでは、アニメ評論家・藤津亮太によるコラムで「火鼠」を深掘り。テレビシリーズから続く「モノノ怪」の密室構造、劇場版ならではのインパクト抜群な画、主軸となる女性2人の共通点から見えるテーマなど、本作の魅力を紐解いていく。

「劇場版モノノ怪 第二章 火鼠」予告編公開中

主要キャラクター紹介

薬売り(CV:神谷浩史)

薬売り(CV:神谷浩史)

モノノ怪を斬りはらう力を持つ退魔の剣を携えた、謎多き存在。怪異に悩まされる人々の前に現れ、モノノ怪となった情念に寄り添いつつもそれらに立ち向かう。

神儀(CV:神谷浩史)

神儀(CV:神谷浩史)

退魔の剣の封印を解くことで切り替わる、薬売りの戦闘用の体。

時田フキ(CV:日笠陽子)

時田フキ(CV:日笠陽子)

町人出身で、天子に見初められ御中臈おちゅうろうとなった。天子の寵愛を一身に受けており、規律を重んじるボタンとの関係には深い溝がある。

大友ボタン(CV:戸松遥)

大友ボタン(CV:戸松遥)

老中大友の娘であり、大奥の最高職位・御年寄を任されている。規律と均衡を保つため、厳格な采配を振るう。

「劇場版モノノ怪 第二章 火鼠」登場人物相関図

「家と個人」が絡み合う中で生まれた“火鼠”

文 / 藤津亮太

「劇場版モノノ怪」は社会をまるごと「密室」に押し込めた箱庭

「劇場版モノノ怪 第二章 火鼠」場面写真

「劇場版モノノ怪 第二章 火鼠」場面写真

「モノノ怪」シリーズは、2006年に放送された「怪 ~ayakashi~」の一編「化猫」のときから、常に「密室」を舞台としてきた。閉ざされた空間の中で様々な感情が圧縮され、それがモノノ怪を呼ぶ。「密室」は情念を閉じ込めた鳥籠であり、薬売りはモノノ怪が生まれるに至った因果を断ち切って秩序を回復するデウス・エクス・マキナである。このシリーズが2024年から劇場版シリーズとして帰ってきた。9月10日には「劇場版モノノ怪 第二章 火鼠」のBlu-ray & DVDが発売される。

「劇場版モノノ怪」で「密室」として選ばれたのは“大奥”だ。この大奥は、実際の徳川幕府の大奥とは似て非なる場所で、“御水様信仰”が支配し、“天子様”を中心とした女たちの空間である。そこには「建前と本音」「勘定と感情」「愛情と憎悪」のような相反する感情たちが蠢いている。つまり、大奥という「密室」には、この社会の諸相が詰め込まれているのだ。

過去の「モノノ怪」シリーズは、社会の一部を切り取ってこの「密室」に詰め込んできた。しかし「劇場版モノノ怪」は少し異なる。大奥という空間を通じて、社会という「密室」を描き出そうとしているのだ。つまり「劇場版モノノ怪」が描く“大奥”とは、観客が生きているこの社会をまるごと「密室」に押し込めた、いわば社会の箱庭、ミニチュアなのである。

平面的な画面が立体的に動き出す瞬間のインパクト

火鼠に対峙する薬売り

火鼠に対峙する薬売り

「モノノ怪」シリーズを象徴する「密室」。そこをデジタル技術を駆使して、視覚的スペクタクルに満ちた空間として表現しているのも本シリーズの特徴だ。強い印象を残すビジュアルは、カナダのファンタジア国際映画祭でも高い評価を受け、「唐傘」は最優秀長編アニメーション賞である今敏賞と観客賞銅賞をダブル受賞。続いて、「火鼠」も観客賞銅賞を獲得した。

「劇場版モノノ怪」シリーズのビジュアルは、およそ次のように組み立てられている。まず3DCGで舞台となる空間を構築する。この立体空間を構築する作業がそもそも非常に「箱庭」的である。そして出来上がった3DCG空間に、華やかできらびやかな背景画が配置される。大奥の襖絵などには、そのシーンの内容に合った様々な題材が描かれており、そこを丁寧に観直していくのもBlu-rayならではの楽しみ方といえる。その背景の上に、個性的なデザインのキャラクターが重ねられ、そして画面全体に和紙の質感が乗せられる。こうして「モノノ怪」ならではの画面が完成する。

通常、アニメでは、キャラクターが背景に馴染みすぎるのを避ける。だが、本作ではむしろ背景とキャラクターが一体となった“一枚絵”に見えることを狙っている。和紙の質感を画面全体に乗せていく際に、シーンごとに細かい調整を行い、一枚絵の中でも背景にキャラクターが埋没しない工夫がなされた。背景と一体に見えたキャラクターが動き出すおもしろさ。浮世絵のような平面的な画面に見えながら、カメラが立体的に動き出す瞬間のインパクト。これもまた「劇場版モノノ怪」を観る楽しさのひとつといえる。

ファンタジア国際映画祭が「唐傘」のビジュアルについて「2Dアニメーションというメディアを新たな可能性へと押し進め、アートフォームのさらなる進化への扉を大きく開いた」と絶賛のコメントを発表したのも納得だ。

秩序を守るボタン、出世に貪欲なフキの共通点とは?

大奥の秩序を守ろうとするボタン

大奥の秩序を守ろうとするボタン

お家のため、出世を果たそうとするフキ

お家のため、出世を果たそうとするフキ

「火鼠」は、御中臈の大友ボタンが、大奥を取り仕切る総取締役に就任するところから始まる。ボタンの父も、幕府の利権を取り仕切る老中として権勢を振るっている。このボタンと対立するのが、天子の寵愛を一身に受ける御中臈の時田フキ。フキはもともと町人だったが、彼女が大奥に取り立てられ、出世したことで、彼女の父と弟も武家の仲間入りを果たしていた。

大奥の秩序を守るボタンと、自分の出世に貪欲なフキは、正面から対立する。しかし2人には共通点もあった。それはどちらにとっても父親の存在が大きいという点だ。

ボタンは大奥の秩序──それは幕府にとって都合のいい秩序である──を守ることを老中の父から期待されている。彼にとって娘のボタンは、自らの権力を構成する重要なコマのひとつなのである。一方、フキは誰よりも家族思い。だからこそ貧乏長屋ぐらしだった父が「時田家は天下を取るのだ」と、自分を大奥に送り出したときの、その思いを受け止め、御中臈として人生を歩む。父の言葉はフキの人生の「動機」として、彼女を縛っているのだ。この2人の共通点から、第二章の「家と個人」という主題が浮かび上がってくる。

総監督の中村健治は「劇場版モノノ怪」三部作の主題を「合成の誤謬ごびゅう」と説明する。「合成の誤謬」とは「個々人にとっては正しい行動であっても、全体として集まると、意図しなかった悪い結果を生み出してしまう現象」のことを指す。「唐傘」で描かれた「組織と個人」も、「火鼠」の「家と個人」も、この「合成の誤謬」をそれぞれの側面から切り取ったものだ。

やがてフキの妊娠が発覚する。これが大奥の秩序を大きく揺るがす事件へと繋がり、モノノ怪・火鼠の登場を促すことになる。火鼠もまた「家と個人」が絡み合う関係の中から生まれたモノノ怪なのだ。火鼠の真実。ボタンとフキの関係性の変化。このふたつが「モノノ怪」シリーズの中でも屈指のカタルシスを感じさせるクライマックスへと繋がっていく。

特典のドラマCDで増すキャラクターたちの魅力

「劇場版モノノ怪」三部作は、舞台や一部の登場人物は共通しているものの、物語そのものはそれぞれ独立している。大奥に現れる“モノノ怪”を、謎の男・薬売りが斬る──という基本構造さえ知っていれば、順番にこだわらなくても十分楽しめる。

そのうえで、「劇場版モノノ怪」に多数登場する個性的なキャラクターにもぜひ注目してほしい。中でも印象的だった男性キャラクターたちを、もっと深掘りしようという企画が、Blu-ray & DVD封入特典の「小噺 ドラマCD」だ。これを聞けば本編では光が当てられなかった男たちの人生がぐっと身近に感じられるはずだ。

収録されたドラマは2本。どちらも「唐傘」と「火鼠」の間の出来事という設定で、2月に発表された短編小説を音声ドラマ化したものだ。

1作目は「並の友」。薬売りの行方を探す若侍、時田三郎丸(CV:梶裕貴)、嵯峨平基(CV:福山潤)が、居酒屋で過ごすひと時が描かれる。真面目な三郎丸と飄々とした平基の会話から、2人の関係性が見えてくる。

2作目は「七つ口の待ち人」。大奥のため鍛錬を積む若手広敷番の浅沼(CV:宮﨑雅也)と須藤(CV:野田航弥)。2人の稽古を見守っていた先輩の木村(CV:高橋伸也)が、坂下(CV:細見大輔)の過去を語り始める。このエピソードを知ったうえで、改めて「火鼠」の坂下の行動を見れば、誰もがさらに坂下のことを好きになるはずだ。

フキの弟・時田三郎丸

フキの弟・時田三郎丸

大奥の警備を司る広敷番の坂下

大奥の警備を司る広敷番の坂下