音楽ナタリー PowerPush - 土岐麻子

ソロ10周年で向き合った“ジャズ”と自分自身

“ポップス脳”からの解放

──そういうきっかけで生まれた「STANDARDS」シリーズですけど、やはり過去3作と今作でニュアンスが違うように感じるのですが、それはご自身でもそう感じますか?

うん、歌っていて構えなくなったというか。当時はそれがやりたくてもできなかったんですよ。ポップスとジャズ、聴く側にジャンル分けなんていらないとは思ってるんだけど、歌うときにはやっぱり切り替えるスイッチが絶対にあって。例えばボサノバではあまりモタらないというか、リズムよりフレーズが後ろに行くとボサノバのノリが崩れておかしくなるとか、そういう黄金律があるんです。

──ポップスの場合は違う?

ポップスは実際の曲の長さよりも長い時間の構築が必要になるものだと思うんですよ。あらかじめセッションしたり、あらかじめアレンジをして詰めていく。歌も箇所箇所録りだったりとか、サビで大きく世界を変えてみたりという構築作業が必要なのがポップスだと私は思っていて。ジャズの場合は曲の長さと等しい構築しかないというか。要するに瞬発的な構築のみが存在していて、あらかじめ大きな流れは決めているけれどもそれはガイドブックみたいなもので、どういうニュアンスに寄せるかというのは実際せーのでやってみて出てくるもので変わっていくから、歌をああしようこうしようと考えていったものは絶対合わないんです。本当はメロディなんかないんだぐらいの気持ちで歌う。もちろんメロディはあるし、崩すのはあまり好きじゃないんですけど、そのぐらいの気持ちで歌うと細かいニュアンスに自由さが出るんですよ。それは前の3枚でも頭ではわかってたんです。でもできなかった。ポップス脳だったから。

──ポップス脳。そこが変わってできるようになったと。

できたかもしれないという程度のものですけど、明らかに違ったのは、歌っているときに緊張感がなかったんですよね。前までは歌っているときも緊張していて、そのおかげで独特な歌が録れていたかもしれないですけど(笑)。緊張ってある意味余計な情報だから、今回は純粋に、曲の瞬間瞬間に何が起こっているのかを客観的に判断できた気がします。だから何が大きく違うかと言うと……落ち着いてるんじゃないですかね(笑)。

──そんなざっくりと(笑)。

あとはやっぱり、言い訳感がなくなりましたね。「土岐麻子ジャズを歌う」はシリーズだから付けているけど、今回なくてもいいやと思って。

──そうですね。ポップスシンガーがジャズを歌うのではなく、ジャズシンガー側からのアプローチのように感じるんですよ。そうじゃなかったらこんな選曲とアレンジにはならなかったんじゃないかと。もっとポップス的、クラブミュージック的にキャッチーなアレンジを加えてたんじゃないかなって。

ジャズシンガーですかと聞かれたら絶対に違うと答えますけど(笑)、今はなんと思われても、どういうふうに聴かれてもいいって思ってるんですよね。

「これじゃ伝わらない」

──ご自身の中で、そのあたりの考え方が大きく変わった瞬間ってありますか? 「How Beautiful」(2008年10月にリリースされたシングル)を境に、それまでと何か変わってきたような印象があるのですが。

「How Beautiful」は曲のムードを決定するときにすごく話し合って。アレンジの方向性はわりとすぐに決まったんですけど、歌詞をどうするかですごく悩んだんです。Cymbalsのときからのクセというか、曲と歌っている人の距離を遠くすることがカッコいいと思っていたんですよね。熱を持った音楽が苦手で、それが正義に思えなかったんですよ。でもジャズを歌うにあたって、その距離感はあまりよくないなと思って。ポップスを歌うときも最初は恋愛の歌じゃなく、皮肉めいた歌とかどうとでも取れるトリプルミーニングみたいな曲だったり(笑)、ひねくれて考えていたんだけど、女の子の友達に「これじゃ伝わらない」って言われたんですよ。長文で。

──長文で(笑)。

土岐麻子(撮影:佐藤類)

普段そんなこと言わない子なんですけど、とあるアルバムを出したときに「批判してるわけじゃないけど、共感ができなかった」って。「女の子が聴きたいのって、ラブソングじゃん?」って書いてあったんですよ。「……そうか!」って(笑)。それまで進んでラブソングを聴きたいと思ったことはなかったけど、私もユーミンとか聴いているし、私もそうかもしれないって。だけど、当時だと例えば古内東子さんみたいなラブソングは私には大人すぎるし、大塚愛さんのラブソングではかわいすぎる。自分の身の丈にぴったりなラブソングがなかっただけで、それを作ればいいんじゃないかって気付いたんです。そこから生まれたのがあの「How Beautiful」で。自分の中だけの恋愛を切り取ると自分にしかわかんない感覚になるから、それをポップスとしてできるだけ広く共感してもらえるものにするにはどう書いたらいいんだろうって試行錯誤して。そうすると歌も変わってくるんですよね。歌が熱っぽくなってきたというか。

「STANDARDS」でようやく怖い夢を見なくなった

──今回のアルバムは、そうやってソロアーティストとして変化してきた10年に区切りのハンコを押すような作品だなと感じたし、大げさに言うと土岐さんのこれまでを総括するような作品だとも感じたんですよ。

あははは(笑)。10周年の重みみたいなことを考えたときに、自分で集大成みたいなことはできないなあと思ったんですけど……振り返ってみると最初の「STANDARDS」を作ったときから、ようやく怖い夢を見なくなったんですね。

──怖い夢? 何か大きな不安を抱えていたとか?

自分がやりたいことができなかったんですよね。バンドの中でやりたいことをやってます、3人イーブンでやってますとインタビューでは答えてたし、それが理想だったし、メンバーもそういうふうにしてくれていたけど、私の中ではどこか……1人後輩だったし遠慮もあって。言葉も知らないし、2人に比べたら音楽のこともわからないから、直感で思ったこと、何度考えてもそうだと思えることしか伝えられなくて。2人が音楽と言葉の引き出しに長けた人だったから、ミーティングやインタビューの場で何も言えないことが多かったんです。Cymbalsの作品には結果的に全部満足してるんですけど、完成に至るまでに「伝わらないんじゃないか、私がやりたいことはできないんじゃないか」みたいな思いが膨らんでか、銃を乱射する夢をよく見てました(笑)。

──ははははは(笑)。

それで一度ソロアルバムを作ってみようと思ったものの、私の言葉では伝わらなくてその案は却下されて。それを救ってくれたのは矢野(博康。Cymbalsのドラマーで現在はサウンドプロデューサーとしても活躍している)さんだったんですよ。矢野さんが「土岐が自分からそんなこと言うの珍しいから」って、数字を全部叩き出してくれて。「このぐらいの予算でこういうことやったら、このぐらいの期間で黒(字)になりますよ」って説得してくれて(笑)、それで実現したんです。

──矢野さんの助言がなかったら、その後のソロとしての活動もなかったかもしれない。

そうなんです。出すと決まってからは、父を口説くのもそうだし、アレンジを決めるのもそうですけど、自分の言葉で自分の感覚を伝えていくことが必要になってきて。それを初めてやった作品で、最初に当時のスタッフに言われた「これやって意味あるの?」という言葉がずっとのしかかっていて(笑)、どういう反応があるのか本当に不安だったんですよ。でもインストアライブにはたくさん来てくれたし、Cymbalsとは関係ないところから好きになってくれる人もいて。それが自信につながったんです。初めて自分が言い出しっぺで、1つも曲げずにできた作品なので。その感触だけですよ、そのあとの10年は。そこに一度戻りたかったというか。そのときに信じてくれたスタッフや、すんなり受け入れてくれたファンの人たち、父もそうですけど、あのとき受け入れてくれた人たちへの感謝を改めて形にしたくて。私の人生で一番大きなドラマがあったとしたらここだろうって(笑)。終わりじゃないから、始まりに立ち返るしかなかったんじゃないですかね。

カバーアルバム「STANDARDS in a sentimental mood ~土岐麻子ジャズを歌う~」 / 2014年11月19日発売 / 3240円 / rhythm zone / RZCD-59712
「STANDARDS in a sentimental mood ~土岐麻子ジャズを歌う~」ジャケット
収録曲
  1. In a Sentimental Mood
  2. Round Midnight
  3. Stardust
  4. Lady Traveler
  5. Misty
  6. The Look of Love
  7. Californication
  8. After Dark
  9. Smile
  10. Christmas in the City(Performed by 土岐麻子 & 細野晴臣)
  11. Cheek to Cheek

TOKI ASAKO 10th ODYSSEY
ソロデビュー10周年 感謝祭!!
どこにも省略なんてなかった 3952days

2014年12月6日(土)
大阪府 Billboard Live OSAKA
[1回目]OPEN 15:30 / START 16:30
[2回目]OPEN 18:30 / START 19:30
2014年12月11日(木)
愛知県 名古屋ブルーノート
[1回目]OPEN 17:30 / START 18:30
[2回目]OPEN 20:30 / START 21:15
2014年12月20日(土)
東京都 恵比寿ザ・ガーデンホール
OPEN 17:00 / START 18:00

出演者
土岐麻子 / 矢野博康 / 鹿島達也 / 奥田健介(NONA REEVES) / 伊澤一葉(the HIATUS、あっぱ)
東京公演ゲスト:土岐英史

土岐麻子(トキアサコ)

1976年東京生まれ。1997年にCymbalsのリードボーカルとして、インディーズから2枚のミニアルバムを発表する。1999年にはメジャーデビューを果たし、数々の名作を生み出すも、2004年1月のライブをもってバンドは惜しまれつつ解散。同年2月には実父にして日本屈指のサックス奏者・土岐英史との共同プロデュースで初のソロアルバム「STANDARDS ~土岐麻子ジャズを歌う~」をリリースし、ソロ活動をスタートさせた。2011年12月に初のオールタイムベストアルバム「BEST! 2004-2011」を発表。ソロデビュー10周年を迎えた2014年11月に「STANDARDS」最新作となる「STANDARDS in a sentimental mood ~土岐麻子ジャズを歌う~」をリリースした。