ナタリー PowerPush - the pillows
理想の先に抱える矛盾 山中さわおの憂鬱
自分の音楽なんだから、世界で一番聴きたい音で鳴っててほしい
──山中さんが資料に寄せていたコメントに「レコーディングにこんなに時間がかかったのは初めてだ」とありましたが、それは気分的な問題ですか? それともほかに何か理由があったのでしょうか。
いや、それは単純にオーディオ的な理由ですね。プレイのテイク数なんかはいつもどおり。録り終わった後にすることっていっぱいあるんですよ。おそらく誰にもわかってもらえないレベルの、正直メンバーにすらわかってもらえないぐらい細かい作業をしつこくしつこくやってたんです。
──今まで以上に時間をかけたのはなぜなんでしょうか?
うーん……もちろんいつだってベストを尽くして、その時点で100点と思うものを作ってるんですけど、にもかかわらず結構短いタームで反省点が出てくるんですよ、いつも。それが嫌で。録った後に反省点が出ないものにしたいとは前から思ってるんだけど、思ってても出てしまうってのを繰り返してたんですね。具体的なマイクや機材のプロセスもゆっくり学んできて、この作戦は良かった、この作戦は意味がなかったとかいろいろ自分の中で整理をするのに時間がかかって、それが今回一番しつこかったっていうことかな。オッケー、と思って家に帰って、自分のいつも使っているオーディオで聴くと、またちょっと「うーん」って思って。翌日「ごめん、もう1回やり直したい」というようなことを何度も繰り返してた。まあ自己満足な話なんですよ。他人の音楽じゃなくて自分の音楽なんだから、世界で一番聴きたい音で鳴っててほしいというか。
──ひたすら楽曲の精度を上げていたと。
うん。それに、その時点ではよしと思っても、月日が経てばマイブームだって変わるからね。去年はギターアンプ直の歪みで録ってオールドスタイルな音を目指してたけど、今年はエフェクターでもうちょっといかがわしい音を作るのに時間をかけた。そのときどきで勝手な気分はあるけど、とにかく納得いくものが作りたいんですよ。
MP3との戦い
──サウンドプロデューサーとしての山中さんについて、以前カミナリグモにインタビューをしたときに訊いた話が興味深かったです。ミニアルバムの「SCRAP SHORT SUMMER」ではサウンド面だけでなく、歌詞のストーリー展開にもかなり深くアドバイスがあったとか。
「SCRAP SHORT SUMMER」は歌詞が長すぎたんですよ、絶対に(笑)。Aメロ何回歌うんだっていう感じで。そこはケースバイケースで、曲によって全然違うかかわり方をしますよ。バンドによっても。そこはトータルで考えてるかな。
──なるほど。
カミナリグモの場合は、生々しいところも含めた今のポジション、予算とか、チャンスもそんなにもらえないであろう立場で、彼らの才能をいかに最大限に生かしていくかという。チャンスを生かしてこそ次のステップが待ってるんだから、俺がかかわったからには、ちゃんとセールスとしてもステップアップさせなきゃいけないっていうとこまで踏まえた上での意見であって。フルアルバムの中の1曲だったら、またちょっと話は変わったとは思いますけど。
──オーディオ的なこだわりが強くなったのは、やはり若いバンドからのプロデュース依頼が増えたからなのでしょうか。
いや、多分ゼロではないけど、それよりもMP3のせいですね。CDで音楽を聴く機会が減ったから。ほとんどの人が、圧縮して明らかに音を劣化させた状態で、スピーカーではなくイヤホンで聴くのが当たり前という状況になったと思うし、自分も完全にそうなので。CDが持ってる周波数をベストとしてマスタリングしたものは、MP3にしてしまうとベストじゃないんですよ。狙いとは違う歪みを起こしたりして、僕が狙って作ってたローファイサウンドも、一歩間違ったら本当にただの悪い音になっちゃう。だからといってMP3のほうに歩み寄ってもいいのかっていう躊躇もあって。おっさんバンドだからすぐ対応できないんですよ(笑)。ゆっくりと対応していかないと。
CD収録曲
- Revival
- Rescue
- Comic Sonic
- Flashback Story
- エネルギヤ
- ポラリスの輝き 拾わなかった夢現
- Minority Whisper
- 持ち主のないギター
- トライアル
- Ready Steady Go!
DVD収録内容
- トライアル [Music Video]
the pillows(ぴろうず)
山中さわお(Vo, G)、真鍋吉明(G)、佐藤シンイチロウ(Dr)の3人からなるロックバンド。1989年に結成され、当初は上田ケンジ(B)を含む4人編成で活動していた。1991年にシングル「雨にうたえば」でメジャーデビュー。初期はポップでソウルフルなサウンドで好評を博すが、上田脱退後の1994年以降は徐々にオルタナ色を取り入れたサウンドへと変化していく。一時は低迷するが、精力的なライブ活動を続ける中で固定ファンを獲得。2005年には結成15周年を記念して、ELLEGARDEN、BUMP OF CHICKEN、ストレイテナー、Mr.Childrenなどが参加したトリビュート盤を制作。the pillowsの存在を知らなかった若年層にもアピールすることに成功する。また、2005年にはアメリカ、2006年にはアメリカ/メキシコでツアーを敢行。海外での人気と知名度も獲得する。結成20周年を迎えた2009年9月には初の日本武道館公演を行い、大成功を収めた。キャリアを重ねるごとに勢いと力強さを増し、今や日本のロックシーンには欠かせないバンドとしてリスペクトされている。2012年1月18日に通算18枚目のオリジナルアルバム「トライアル」をリリース。