高橋洋子「Final Call」インタビュー|エヴァンゲリオンと共に歩んだ26年「ありがとう」を、君に (2/2)

「エヴァ」ロスに浸っている場合じゃない

──よく「生きているうちに『エヴァ』が完結するとは思わなかった」という声も耳にしましたが、26年という歳月はそれくらい長いもので、テレビシリーズや最初の劇場版をリアルタイムで楽しんだ方の多くが親世代になり、親子2、3世代で「エヴァ」を楽しんでいる方もいるかもしれない。そんな長寿作品の楽曲を今も歌っている心境は、どのようなものなんでしょうか?

正直うれしいですよね。「エヴァンゲリオン」という作品と最初に出会ったときは、アニメがまだ制作段階にあったということもあり、私はストーリーも知らなければ絵も観ていない。だけどスタジオミュージシャンの1人として譜面を見ながら参加させてもらって。そのあと社会現象になると、今度は世の中では「エヴァンゲリオンの人」と呼ばれるようになった。バラードシンガーでデビューしたのもあり、アップテンポでこんなに喉を駆使して歌い続ける人生になるとは思っていなかったし、帳尻を合わせるのが困難な時期や、情報処理をするのが難しい時期もありました。だけど月日が流れていくと関わり方も変わっていき、2世代にわたって「好きだ」と言ってくださる方々が増えてくると、私の立ち位置も母性というところに集約して、自分の歌のポジションを明確にすることができたというのもひとつあります。

高橋洋子

高橋洋子

──「残酷な天使のテーゼ」や「魂のルフラン」などの作詞を手がけた及川眠子さんも、母性を意識して歌詞を書いたとおっしゃっていましたし。

はい。だから、自分がそこに着目しなくても自然と着地していたのかもしれません。それに自分も歳を重ねて、いつのまにかお母さんの眼差しでシンジくんたちを見るようになったことともリンクしますし。

──そういう楽曲が20年以上にわたり、日本のみならず海外でもいまだに愛されている。

海外では、日本語で歌うと毎回大合唱になるんですよ。先日もどなたかがおっしゃっていましたけど、「ドラゴンボール」の「CHA-LA HEAD-CHA-LA」と「エヴァンゲリオン」の「残酷な天使のテーゼ」はどこの国の人も日本語で歌えると聞いて、なるほどなと思いました。中国に行ったときも、アニメは知らないけどこの曲は知っているという方も多くて、それにもびっくりしましたし。日本でもいまだにカラオケのランキング上位にいて、カラオケが好きな海外の方々も「チャートインしているんだ」ということで注目してくださる現象もありましたし、本当にすごいなと思います。

──「エヴァンゲリオン」は26年経ってひと区切りつきましたが、作品自体や楽曲はこの先も残っていきます。ここから先、高橋さんの中でこれまで歌ってきた「エヴァ」の楽曲との向き合い方は変わっていくんでしょうか?

私はこの「Final Call」が新しいスタートだと思っていて。私自身の音楽人生においてがむしゃらにやる時期はもう過ぎていて、ここから先は世の中に還元していくタームだと思っているんです。年齢とともにいつか歌えなくなる日も来るでしょうし、そうなるまでに皆さんにどこまで恩返しができるかが重要になると思っています。特にこの2年間は海外に行く予定もすべてなくなったけど、一度も行けていない国もまだまだたくさんあって、世界中に「エヴァンゲリオン」を好きな方がいてくださって、世界中でこの歌を日本語で歌ってくださる方がいる。そういう場所に行って、さらに音楽的にもつながっていく活動をしたいと思っているので、ロスに浸っている場合じゃないんです(笑)。

高橋洋子

高橋洋子

ターニングポイント26年間続きっぱなし

──高橋さん自身、今年でソロアーティストとしてデビュー30周年を迎えました。「エヴァ」との出会いを含め、この30年いろんなターニングポイントがあったかと思います。

この業界に入ったのが19歳のとき。久保田利伸さんのバックコーラスのオーディションを受けたことがきっかけで、その翌年からは松任谷由実さんのコーラスを5年間やらせていただいて、その5年目のタイミングにソロデビューをさせていただいたんです。でもソロデビューの6年前からこの業界でお仕事をしていたわけで、コーラスをやっていた頃は「ソロで人に見られるなんて……」という思いが強くて。音楽が好きで、みんなと一緒に演奏することが好きで、コーラスが天職だと思っていたんです。

──そう考えると、ソロデビューのタイミングがすでにターニングポイントだったわけですね。

そうなんです。これは久保田利伸さんがおっしゃってくださったことなんですが、「コーラスはね、ボーカリストやソリストより下手だからやるんじゃない。コーラスのほうが難しいんだよ」という言葉が自分にとってはすごくうれしくて。ところが、とあることから急にデビューが決まり、1991年に中山美穂さんと大鶴義丹さんが主演の「逢いたい時にあなたはいない…」という遠距離恋愛ドラマのイメージソングを歌うことになったんですが、ジャケットに私の写真が間に合わず、時計の写真を当時縦長のCDジャケットにプリントして工場に出したら、「テレビでは流しません」と言われてしまって(笑)。それがデビューシングルだったので、まずそこで「デビューってなんだろう?」というのが1回ありました。

──「コーラスでもよかったじゃん!」と。

はい(笑)。そんなに売れていたわけではなかったけど、翌年に「日本有線大賞」と「日本レコード大賞」でそれぞれ新人賞をいただくというチャンスにも恵まれて。それでも私は誰にも気付かれることがないような歌手のままでした。そこからバブルが弾けて、1年間にレコード会社の社長が4人も変わるという時期もソリストとして音楽と向き合い続けて、1995年にはロサンゼルスに音楽留学して、帰ってきたら仕事がなくて。そんな中「エヴァンゲリオン」の楽曲を歌うことになった。だから私のターニングポイントは最初にコーラスをやったこと、ソロでデビューしたこと、「エヴァンゲリオン」の曲を歌わせてもらったこと。この3つが私の中でのハンマーで殴られたような衝撃で、「あなたは自分の人生をどう思っているんですか?」と問われるような出来事だったんです。特に、楽曲制作タイミングの都合上、「エヴァンゲリオン」がどういう作品かを知らないで歌い始めたので、取材で「どういう作品ですか?」と聞かれたとき「何も知らないで歌うことは、仕事として無責任なことなんだ」と気付かされた現場でもあって。そこから「エヴァンゲリオン」にハマっていき、「その作品を歌うということはどういうことなんだろう?」「作品と関わるってどういうことなんだろう?」と常に向き合い続けてきた。だから私の中では「エヴァンゲリオン」に携わってから、そのターニングポイントが26年間続いている感覚なんです。

高橋洋子

高橋洋子

──ターニングポイントが26年間、ずっと続きっぱなしですか……。

だからそういう学びの中で歌い手として、または作品を作る側として「どう生きていくか?」をいつもテストされている感覚です。中間試験があって期末試験があって、進級できるかどうかという感じで今日まで過ごしてきたんだと思います。

──コーラスでこの世界に入り、最初の10年でそんなにも大きなターニングポイントを複数経験してきたんですから、それ以降はどんなことが起きても乗り越えていけるような耐性も多少は付いたんじゃないでしょうか。

そうですね。そこに関しては人に恵まれていたことも大きくて。「エヴァンゲリオン」という存在とこんなに長くご一緒させていただいていることもありがたいし、関わっているクリエイターさんたちが現在もなお第一線で活躍されていることもうれしいし、誇りに思えます。それでも苦しくてくじけそうになったこともありましたけど、「エヴァンゲリオン」の現場で自分と向き合う作業を常にしてきた結果、自分で自分を覚醒させるということ以外に抜け道はないとわかったんですよね。結局自分からは逃げられないし、嫌でも自分を見ないと乗り越えられないし、先に進めない。「歌が難しいから」「音が高いから」といくら言い訳を言おうが歌う日はやってくるので、結局は毎日練習するしかないんです。その結果、昔より今のほうが練習するようになりました。練習は裏切らないので、昔よりも音域が広くなったし、できることが増えたというのも実際あるんです。だから自分に必要なことを見極めて、コツコツとルーティンを繰り返すしかない。それをやったらどんな人でも必ず向上することができるという、確固たる本質だと思います。

──となると、高橋さんにとって「エヴァンゲリオン」との出会いって……。

天からのギフトですね。

高橋洋子

高橋洋子

プロフィール

高橋洋子(タカハシヨウコ)

東京都出身の歌手。2歳からピアノを習い始め、8歳で少年少女合唱団に入団するなど、幼い頃から音楽に囲まれた環境に育つ。1987年に久保田利伸のコンサートツアーのサポートメンバーとしてステージに立ち、その後は松任谷由実をはじめとする数々のアーティストのコンサートツアーやレコーディングに参加。1991年にはソロデビューシングル「P.S. I miss you」で日本レコード大賞新人賞ほか多数の新人賞を受賞した。1995年にはテレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の主題歌「残酷な天使のテーゼ」を歌い、ロングヒットとなる。2019年7月に日本の祭りをイメージして和太鼓アレンジされた「残酷な天使のテーゼ MATSURI SPIRIT」、2020年10月には「エヴァンゲリオン」シリーズのボーカル楽曲セレクション「EVANGELION FINALLY」を発売。2021年8月に映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」劇伴曲のボーカルリアレンジバージョン「鷺巣詩郎 what if? 高橋洋子ver. 通常版」を配信リリースした。同年12月に「Final Call」を配信リリース。