「EVANGELION FINALLY」発売記念 高橋洋子×林原めぐみ|戦友同士が語る「エヴァ」の25年

「エヴァンゲリオン」シリーズのボーカル曲を集めた「EVANGELION FINALLY」と、「新世紀エヴァンゲリオン」シリーズのサウンドトラック5作品をコンパイルしたサントラ集「NEON GENESIS EVANGELION SOUNDTRACK 25th ANNIVERSARY BOX」が同時リリースされた。

音楽ナタリーではこれら2作品の発売を記念して、「新世紀エヴァンゲリオン」のオープニングテーマ「残酷な天使のテーゼ」を歌唱した高橋洋子と、綾波レイ役を演じる林原めぐみの対談を企画。同い年でもある2人は主題歌アーティストと声優という異なる立場にいながらもお互いにシンパシーを感じ、テレビシリーズの「新世紀エヴァンゲリオン」放送以降の25年でゆっくりと交流を深めてきたという。本稿では音楽を切り口に、「エヴァ」と共に歩んできた25年を振り返ってもらった。

取材・文 / 流星さとる

骨は高橋洋子、肉はエヴァ

高橋洋子 「エヴァ」25周年ということで……あれから25年が経ったわけだよ?

林原めぐみ 個人的に25年経ってうれしいことは、私の中で「高橋洋子さん」だった人が「洋子ちゃん」になっていき、今ではツッコミも入れられるような距離感になれたこと。

高橋 そうだね。私も今は「めぐちゃん」って呼んでるし。私たち同学年だもんね。

林原 同学年だから人生の先輩でも後輩でもないんだけど、最初は距離感があったよね。出会いそのものは実は「エヴァ」よりももっと前で、洋子ちゃんがコーラスや仮歌のお仕事をしていた頃からご縁があったんだけど、それぞれ歌手と声優というまったく違う世界で活動していたから、お互いにすごく遠慮があった。でも私のラジオ番組にゲストで来てくれたり、いろいろ話をしたりする中で、人として共感し合えるところがあったから、本当にゆっくりと「さん」が取れていって。クラスメイトですらこんなに時間はかからないでしょ(笑)。

テレビシリーズ「新世紀エヴァンゲリオン」オープニング映像より

高橋 お仕事の場で出会ったから、そこは仕方ないよね。今日、私が言いたかったのは、この間の「アニソン総選挙」(9月にテレビ朝日系で放送されたテレビ番組「国民13万人がガチ投票! アニメソング総選挙」)で「残酷な天使のテーゼ」が1位に選ばれたけど、それは「エヴァンゲリオン」という作品があって、スタッフや演者の人たち全員がいたからこその受賞だったということなの。私は自分が受賞したつもりはまったくなくて、「『みんなの代表』として歌わせていただきます」ということをMCで話したのに、番組ではそこがカットされていたので(笑)。

林原 そういう話はカットされがちだよね(笑)。

高橋 「アニソン総選挙」のとき、私は何か1つ荷が下りた気がして。

林原 洋子ちゃんは何かあるたびにそう言ってるよね。

高橋 でも、今回の置き方は、ちょっと山口百恵さんチックというか、(「さよならの向う側」の一節を口ずさんで)「Thank you for your everything♪」みたいな感じで(笑)。本当に節目みたいな感覚が自分の中であったの。そういうこともあったから、「エヴァ」関係者の皆さんにも、自分が受賞したものだとは思っていないことをちゃんとお伝えしたくて。

林原 心配しなくても、みんなわかってるよ。別にこれは悪い意味でもなんでもないけど、洋子ちゃんは最初「エヴァ」のことを何も知らない状態で楽譜と歌詞を渡されて、「残酷な天使のテーゼ」を歌って。その作品がとんでもない走り方をして、いつの間にか伝説になってしまった。そこからずっと「『残テ』の高橋洋子さん」と言われ続けているけど、洋子ちゃんが実働したのはレコーディングの1日だけだったわけじゃない。それが洋子ちゃんにとっての足かせや呪縛になってしまって、「そんなに背負わされても困ります!」という気持ちは絶対にあるだろうなと、傍で見ていてずっと思っていたの。でもあるところを超えたら、それをひっくるめて高橋洋子の役目なんだなと思って。もう本人の意志じゃないところにあるっていう。

高橋 でもそれは私だけじゃなくて、めぐちゃんもそうだよ。

林原 そうかも。世の中の人はそれをうらやましいと思うかもしれないけど、私はちょっとかわいそうだなと思うぐらいのときもあったのね。洋子ちゃんも何年かは悶々としていたと思うけど、あるとき洋子ちゃんはそれを吹っ切って、なんなら作品に曲を捧げるぐらいの気持ちになっていた。

高橋 めぐちゃんは、その軌跡はずっと見ていてくれていたもんね。私の変動する25年を見ていた唯一の人だと思う。ほかの人とはそんな話はしないけど、めぐちゃんとはわりと話すし、私が言わないこと、言えないこともわかってる。

林原 そうだね。洋子ちゃんは遠慮して言わないけど、私が言ってあげることがある(笑)。

高橋 そういうのはあるよね(笑)。私の場合は、本当に作品と関係ないところにいるのに、「エヴァ」の質問を私が受けるという悩みもあったし、「エヴァ」の曲を歌っていることで受けられなかったお仕事もある。それは別に悪いことではなく、運命として普通ではない経験をしてきたということなんだけど、めぐちゃんはそれがどういうことだったのか、すごくよくわかってくれているから。

テレビシリーズ「新世紀エヴァンゲリオン」オープニング映像より

林原 例えば私が綾波レイで大ヒットして、レイ以外の役をやることを許されなくなったと仮定したときに、レイがみんなから愛されていたとしても、果たしてそれは幸せなのかと考えたら、難しいじゃないですか。だからヒットどうこうではなくて、この歌が与えた影響というものは、高橋洋子の意志を遥かに超えたところにあるから、それはもう捧げざるを得ないところにいっちゃったねっていう。

高橋 本当にそう。「アニソン総選挙」のときに、「もし25年前に私とは別のちゃんと歌える人が『残酷な天使のテーゼ』を歌っていたら、その人がここに立っていたと思う」とも語ったんだけど、そこもカットされてた(笑)。だけど実際には私がここにいるわけだし、それはどういうことなのか?ということもずっと考えながら生きてきた。

林原 そうだよね。

高橋 「アニソン総選挙」で「残酷な天使のテーゼ」が1位に選ばれたことで、仲良くしてくれている人から「真面目に歌ってきた人がちゃんと認められたことがうれしい」と言ってもらえたし、ほかにも「『エヴァ』が1位じゃなくちゃいけないと思っていた」とか、本当にいろんな意見をいただいて。それが全部、私の今の姿、自分の立ち位置なんだなと思ったの。

林原 骨は高橋洋子なんだけど、肉は「エヴァンゲリオン」なのよ。拘束具がバーン!と取れましたけど、何か?みたいな(笑)。でも、骨が強くないと、その肉は背負えないから。それが洋子ちゃんのすごいところなんじゃないかな。

洋子とめぐみは戦友

林原 ちょっと話は変わるけど、クラシックのコンサート(2017年3月に開催された「シン・ゴジラ対エヴァンゲリオン交響楽」)で「Who will know」を歌うときに、洋子ちゃんはいちからボイトレをし直したじゃない。あそこに行きつくために鍛錬してきたのを見て、やっぱりすごい人だと思った。

高橋 あの曲はクラシックの発声法じゃないと歌えないから、今まで培ってきたものを1回全部バラしたんです。

林原 ここではあえて「私は歌手ではない」という言い方をしますけど、私の場合はクラシックだとか、演歌やポップス、アイドルっぽい歌も、役によってコロコロ変えてそれらしく歌うわけですよ。だけど、それを本当に勉強してきた人、なんならポップスで生きていく覚悟を決めたときに一度はクラシックを捨てた人が、身に付いている歌を一度取っ払って、自分の心の中でもう一度クラシックに頭を下げているわけですよ。そのうえでクラシック大全開で歌ったとき、もう「涙が出ました」という言葉すら言いたくないくらい感動して。

高橋 あれは本当に大変だったの。コンサートの日程は決まっている中で、別のレコーディングの期日もあったし、クラシックの発声法でたくさん歌っていると、ポップスの発声が違う声になってしまう。その折り合いをつけるのが大変で。

林原 それが高橋洋子ボイスなんですよ。ポップスを歌っていてもどこかクラシックの匂いがするし。その声が「エヴァ」にマッチしたんだと思う。仮にもっとポップス寄りの歌い方でも「残酷な天使のテーゼ」は伝説の曲になったかもしれないけど、その後の劇場版とかまで担うことにはならなかったかもね。

映画「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に」より

高橋 私も新劇場版(「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」)でめぐちゃんの「今日の日はさようなら」を聴いて泣いたよ。ブックレットのインタビューに「ちゃんとレコーディングしたテイクじゃなくて、試しに歌ったテイクが採用されて驚いた」と書いてあって、きっといろんな思いがあると思うけど、庵野さんにとっては“その声”じゃなくちゃいけなかったんじゃないかな。ということで、そういう歌ものをピックアップしたのが、今回のボーカル集「EVANGELION FINALLY」になります。

林原 うまい! やっぱり場数を踏んでるね。このボーカル集、取材の前に通して聴いてみたんだけど、なんだか気持ち悪くなっちゃったな(笑)。

高橋 あはは(笑)、本当に大変な25年だったもんね。

林原 聴いているとどの曲でも景色が見えてくるから、ただのヒーリング音楽みたいな感覚では聴けないんだよ。「エヴァ」のディープなファンの人には、その気持ち悪さを味わってほしいねえ。音楽が景色と結び付いているので、「エヴァ」を一度も観たことのない人にこのアルバムを聴かせるのと「エヴァ」を追いかけてきた人が聴いたのではたぶん脳波の動きがまったく違うと思う(笑)。音楽って少し孤独な作業で生まれるものなんだけど、形になったとたんに、手放して、人々のものになっていくんだよね。

高橋 そうね。作品を観たその人の背景も全部プラスされる。それが音楽の力だと思うから、そういう意味では改めて聴いてほしいな。それと、個人的にめぐちゃんは本当に戦友だと思っていて。

林原 ありがとうございます。その通りでございます。

高橋 お互いここまで来るのは並大抵のことじゃなかったし、25年って子供が成人する年月で、独身だった人が結婚したり、お母さんになったり、いろいろあるわけですよ。そういう年月があっての今だから、この対談でお話できることは、自分の中で伝えたいことの表層の一片ぐらいのことかもしれない。でもそういう話をわかっている相手と話すのと、それが全然ない相手と話すのでは全然違っていて。戦友と話せる喜びや安心感がすごくあるので、実はこの取材をすごく楽しみにしていたんです。

林原 長い前置きでしたが、今日はよろしくお願いします(笑)。