ナタリー PowerPush - tacica

スタッフが語る、tacicaの5年間とこれから

2007年6月27日に初の全国流通音源となるミニアルバム「Human Orchestra」をリリースしたtacica。その後彼らは瞬く間に全国的な人気を博し、精力的な音源リリースとライブ活動を展開していく。2008年のメジャー移籍後もその勢いは続くが、メンバーの病気療養による全国ツアー中止、活動休止、さらに東日本大震災を受けての復帰公演中止など、数々の試練にも見舞われてきた。

「Human Orchestra」のリリースからちょうど5年となる今年6月27日、tacicaは節目となる新作ミニアルバム「jibun」を発表する。この5年間の道のりはどんなものだったのか、tacicaはどのような変化と成長を遂げたのかを掘り下げるべく、ナタリーでは彼らをよく知るスタッフによる座談会を行った。参加メンバーは北海道時代からtacicaのライブPAを担当する高橋史律、所属レーベル・SME Recordsでtacicaを担当しているマネージャー兼A&Rの石川大、2010年よりバンドに関わっているレコーディングプロデューサーの湯浅篤の3人。さらに、猪狩翔一(Vo, G)へのメールインタビューも実施し、新作「jibun」とtacicaの現在の姿について語ってもらった。

取材・文 / 高橋美穂 インタビュー撮影 / 高田梓

スタッフ3名による座談会

常に技術の向上を意識しているバンド

──この中で、tacicaと最も古い付き合いなのは、どなたですか?

インタビュー写真

高橋史律 僕ですね。まだお互い、札幌に居る時に知り合ったので。僕は札幌のベッシーホールで働いていたんですけど、そこに結成してすぐのtacicaが出ていたんです。

──その頃の彼らの印象はいかがでしたか?

高橋 いきなりビガーンってインパクトを受ける感じではなかったですね。でも、メロディや個々のフレーズは、ライブが終わった後も頭に残っていたりして。他のバンドとは何かちょっと違うのかな?っていうのは、何回か続けて観て思うようになりましたね。

──そこから交流が始まったんですか?

高橋 そうですね。ピッチ高くしようかとか、ギターの音こうしようかとか、そういう話はしていました。他のバンドと同じような感じでしたけど。

──それから、東京やほかの地方のライブでもタッグを組むようになっていったんですね。

高橋 僕は十何年ベッシーにいたんですけど、東京に出ていこうとした頃に、tacicaと同じ時期にサカナクションも上京して、その2つと一緒に動き始めたのが最初だと思います。自然な感じでしたね。その頃(石川)大さんと知り合って、一緒にツアーを回ろうぜっていう話になって。

石川大 彼らのホームであるベッシーホールでライブを見たときに、単純に出音が良かったから。それで高橋さんに「東京にいつ出てくるの?」って訊いたら引っ越しの日にちがtacicaのにとって初めての東京ワンマンライブの2週間後だったんですよ。それで「時期ずらせない?」って言って、早く出てきてもらいました(笑)。

──そんな逸話が(笑)。でも、それだけ昔から観ていると、今の成長もより感じられるのでは?

高橋 技術的にも楽曲も、厚くなったりうまくなったり、止まらないで来てるかな。メンバーが常に技術の向上を意識して、貪欲に続けてきた結果が、少しずつ形になっている気がしますね。

──コツコツ型なんですね。

高橋 俊くん(坂井俊彦 / Dr)とかはめっちゃわかりやすいけど、疲れているときでも、機材車でずっと練習していたりしていますね。やり方はそれぞれ違うけど、みんな同じ意識だと思います。

音が良かったからとしか言いようがない

──高橋さんの次にバンドと出会ったのは、石川さんですか?

石川 そうですね。初めて出会ったのは2005年の12月。それこそベッシーホールのライブで、お客さんは10人くらいしかいませんでしたね。うちの会社の新人発掘グループが見つけてきて、会議でデモテープを聴いて、「おっ!」って思って。そこでライブを見に行ったんです。そうしたら、客は全然いないし、下手くそだったけど、すごくカッコよかったんですよね、最初から。客がいないのに良いライブって、一番グッとくるんですよ(笑)。

──そこで、すぐに一緒にやっていこうと決めた、と。

石川 はい。当時僕がいたのはインディーズ部門で、メジャーと契約できなくても、才能があって有機的にやっていけば可能性を感じるバンドと、より多く関わろうっていう部署だったんです。なので、すぐに「一緒にやろうよ」って話に行きましたよ。

──インディーズの時点から話題になるスピードが速かった印象があるんですが、当時はどんな状況だったんでしょうか?

インタビュー写真

石川 それこそ5年前に出した「Human Orchestra」は、お店に対して送る新譜案内っていう資料について、当時の流通の担当者と話して「tacicaは音で勝負だから、プロフィールも書かずに写真も載っていない受注案内を作ろう」と決めて。抽象的な言葉だけを書いた1ページだけの資料を作ったんです。そうしたら、タワーレコードの7店が反応してくれて、そこからスタートしたんですね。だから、一番理想的でしたね。誰かが作為的に何かやったわけではなく、音だけが勝手に伝わっていったっていう。なぜこんなスピードで伝わったかと言われたら、音が良かったからとしか言いようがない。伝わる自信は最初からあったけど、まさかここまでとは思わなかったので、すごくうれしかったですね。

──そんな状況で、何かバンドに変化は生まれましたか?

石川 いや、そのときも今も、tacicaって最初からやってることが変わらないんですよ。書いている曲のテーマから、物事に対する向き合い方まで、ずーっと一緒なんです。それが不器用に映ったりする部分もありますけど、こんなに誠実に音楽と向き合って、音楽だけやってこれたバンドは、日本にはいないんじゃないかなって思います。当時は特にプロモーションをしたわけでもないし、担当もインディーズで僕しかいなかったですし、出会う人が限りなく少なかったんです。だから、刺激も外から入ってこなかったし、生活も変わらなかった。急にブランド物の服を着始めたりとかも全くなかったです(笑)。

ニューアルバム「jibun」/ 2012年6月27日発売 / SME Records

CD収録曲
  1. CAFFEINE 咖啡涅
  2. RAINMAN 雨人
  3. HUMMINGBIRD 蜂鳥
  4. ANIMAL 動物
  5. SUN 太陽
初回限定盤 DVD収録内容
  1. 黄色いカラス
  2. 人間1/2
  3. HERO
  4. 人鳥哀歌
  5. メトロ
  6. アトリエ
  7. 神様の椅子
  8. 命の更新
  9. ドラマチック生命体
  10. 不死身のうた
tacica(たしか)

005年に札幌で結成されたスリーピースバンド。メンバーは猪狩翔一(Vo, G)、小西悠太(B)、坂井俊彦(Dr)の3人。札幌を拠点としてライブ活動をスタートさせ、叙情的な世界観と骨太のロックサウンドが絡み合うステージで、着実にファンを増やしていく。2007年6月発売の初音源「Human Orchestra」は各種インディーズチャートで1位を記録した。2008年10月に所属レーベルをSME Recordsに移し、さらに活動を充実させる。2009年には2ndフルアルバム「jacaranda」をリリース。バンド史上最大規模の全国ツアー「パズルの遊び方」も大成功のうちに終了した。2010年4月、全国ツアーと初の日比谷野外大音楽堂ワンマン公演を目前に控えて、坂井の急病により予定していた全公演を休止する。その後同年9月に坂井が退院してバンドに復帰。2011年3月に約1年ぶりとなるシングル「命の更新」を発売し、4月には約2年ぶりのオリジナルアルバム「sheeptown ALASCA」をリリースした。2012年6月、デビュー5周年を記念したミニアルバム「jibun」を発売する。